第55M話「真理奈と偽装と本当の……」前編

 第五十五M話「真理奈まりなと偽装と本当の……」前編


 ーーカラーーンカラーーン


 午前の授業終了を告げる鐘が鳴り、俺は同時に席を立つ。


 ーー”二人の今後について重要なお話があります、昼休みに屋上で待っています”


 ーー”東外とが 真理奈まりな


 「……」


 今朝方俺の机に放り込まれていた手紙を見返して俺は軽く溜息をついた。


 ーーガララッ


 そして俺は、そのまま薄い鞄を担いで教室を出る。


 スタスタ……


 月日が経つのは速いもので、あの闘いから既に数ヶ月の時間が流れていた。


 例の一件から今に至るまで殆どコンタクトを取ってこなかった女が今更何を?

 いや、そもそもあの六神道事件は既に俺の仲では終わったことだ。


 俺から六神道等あいつらに用が在るわけも無し、六神道等あいつらが俺に用が在るという事でも、俺にはそれほど興味があるわけも無い。


 「…………」


 スタスタ……


 だが……


 折山 朔太郎おれは……現在いま天都原学園ここに在籍している。


 「ふぅ……」


 歩きながら軽く溜息を吐く俺。


 俺が未だこの場違いな学園に居る理由……それは……


 学園に来た時に西島 かおるから受けた命令が未だ取り消されていないから……


 ただそれだけ……


 何のことは無い……俺は現在いまも生きる屍だ。


 「……ちっ」


 舌打ちを一つ吐き捨てて、屍は屋上へと続く所々錆びた金属製の扉を開く。


 ギィィーーーー


 ガッチャン!


 耳障りな金属音を響かせた鉄扉から俺はそこに出る。


 「待っていたよ折山おりやま 朔太郎さくたろうくん!初めましてと言った方が良いかな?僕は……」


 ひらけた空とぐるりと眼下に天都原あまつはら市を見渡せる屋上で、五人の……明らかに学生では無い男達と、さるぐつわを噛まされ、両手を後ろ手に縛られた制服姿の少女がそこにいた。


 前髪を横に流した肩までのミディアムヘア、利発そうで静かな瞳と控えめな薄い唇の清潔で生真面目な印象を受ける、黙っていれば文句なしの美少女。


 淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織った下は薄いグレーのセーラー服と膝までの清楚なプリーツスカート。

 胸元で風に閃くパールブルーのタイは一年生女子のカラー、つまり俺と同学年の女子だ。


 「…………」


 「え……と、キミは折山おりやま 朔太郎さくたろうくんで良いのだろうね?少し反応が薄いようだが……」


 拘束された制服少女の傍に立つ、リーダー格らしき男が自己紹介を中断し、怪訝そうに俺の顔を凝視しながら確認してきた。


 「…………」


 ギィィーーーー


 ガッチャン!


 俺は来た時の動作を逆再生するかのようにその場を後に……


 「いっ!いや待ちたまえ!なんで帰るんだ!?ちょっと!」


 「むぐっ!……むっ……うぅ!……」


 慌てる男と、猿轡越しに何やら非難の声を上げているらしい少女。


 「…………はぁぁ」


 俺は心底面倒臭いという仕草で、半ば校舎に入りかけていた身体からだを再び屋上側に向けた。


 「そ、そうだろう!そうだろう!恋人を人質に取られてはどうすることも出来まい、さっきのはきっと、あまりにショッキングな光景を目の当たりにしたため気が動転して……」


 「東外とが 真理奈まりな、俺は忙しい……これが悪質な”ごっこ”でないとしても救出役ヒーローは他を当たれ」


 そう言い残し、俺は再び金属製のドアノブを……


 「むぐっ!……うぅうぅぅ!!」


 「ちょっと待てって!おかしいだろっアンタ!この光景を見てなんとかしようと思わないのか!?それで人として心が痛まないのかっ!」


 ーーあぁ……うるさいなぁ……


 俺は再びドアノブから手を放して振り返った。


 「拉致犯が偉そうに人の道説いてんじゃねぇよ……たく……解ったよ」


 俺は渋々と右手で拳を構え、左手の掌を上に向けて”こいこい”と指を数回曲げる。


 「おお、流石余裕だね、折山おりやま 朔太郎さくたろうくん……けどキミは未だ状況が飲み込めていないんじゃ無いかな?」


 「…………」


 五人の如何にも不審な男達、その中のリーダー格らしき男……


 スラリとした長身でくせっ毛で垂れ目、年齢は二十二、三ってとこだろうか。


 表面上は丁寧な口調で理性的な人物を装っているが……多分いつはあの御端みはし 來斗らいとと同種の人間だろうなぁ。


 「どうした?怖い顔して……ふふふ、なにそう警戒する事も無い、ほんの少し、そう、ちょっとだけハンデを貰おうってだけだよ」


 そう言ってくせっ毛男は俺に向けて親指を下にクイクイとジェスチャーする。


 「膝立ちになって両手を前に出せ!」


 如何にも自分はこの場の支配者だと言わんばかりのニヤけ面で、そいつは俺に命令した。


 ーーやっぱりな……間違い無かった、結構見た目で解るもんだなぁ


 俺はうんうんと納得しながら固いコンクリートの屋上に両膝を着いてから、左右の腕を”前にならえ”っとばかりに勢いよく突き出す。


 「むっ!うむぅぅ!!」


 途端に虜囚の女が何やら必死に叫ぼうとするが如何せんさるぐつわ越しでうめき声が空しく漏れるだけだ……


 ーーはぁ、そう取り乱すなって、不本意ながら真理奈おまえのためにやってんだからな、俺は……


 ガチャン!


 そして直ぐに部下の男達によって、突き出した俺の両腕はゴツい金属の手錠に拘束される。


 「はははっ!自己紹介がまだだったね、僕は”弐宇羅にうら 太一たいち”、六神道ろくしんどう東外とが家の……まぁ遠縁にあたる分家の小倅だよ」


 そう言いながら、くせっ毛男は膝立ちで拘束された俺の眼前に歩み寄って来た。


 「単刀直入に言うけど、真理奈まりなを譲ってくれよ朔太郎さくたろうくん、僕は将来彼女を手に入れて本家、東外とが家を乗っ取る算段だったんだ、ね?良いだろ朔太郎さくたろうくん」


 薄っぺらい笑顔で俺を見下ろすくせっ毛男、弐宇羅にうら 太一たいち


 「本当に単刀直入だな……というかそんな計画、本人の前で暴露して良いのか?」


 奴を見上げ、尋ねる俺に弐宇羅にうら 太一たいちはニヤリと口端を歪めて上げた。


 「問題ないね、キミさえ排除すれば後は家同士で話は大体進んでいるんだ、そもそも禍津神事件あんなことが起こる前までは僕が彼女の婿第一候補だったんだ……はは、なんにせよ真理奈まりなはこの後、ちからくで言うことを聞くように躾ければいい」


 「…………」


 下卑た視線を向こうで拘束されている少女に向けた男……その視線を追った俺の視界に入った少女の瞳は一瞬だけ絡んでから伏せる。


 「女なんてな……躾け次第でどうとでもなるんだよ、覚えておくといい折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」


 そう言いながら、くせっ毛男は……ポケットに両手を突っ込んだまま……


 俺の頭上に高らかに片足を上げていた。


 「……むぅっ!!うぅっ!!」


 瞳を伏せたままの少女の顔が上がり、俺の方へ向けてなにかを叫び……


 ガスゥゥッ!!


 俺はそこまで確認したが、後はコンクリートに視界を占拠された。


 「ハハハァァーーッ!色ぼけの頭はいい音が鳴るなぁっ!おい!折山おりやま……っ!?」


 ご機嫌にそう叫んだ弐宇羅にうら 太一たいちだったが、俺はその男を見上げうんうんと頷いていた。


 「全くだ……いい音だったな」


 突然の上からの打撃に、一度は潰れてコンクリートの地面とかかととのサンドウィッチ状態になった俺の頭は、直後にそのまま馬鹿笑いをしようとした男の顔を相も変わらず両膝を着いた最初の体勢のまま見上げていた。


 蹴り潰される前とそのまんま同じ状態……いや、少しばかり視界が赤いか?


 「くせっ毛くん、俺は真理奈まりなと恋人なのか?」


 「むぐっ!むぅーー!!」


 「な、なにをいまさら……」


 ミディアムヘアの美少女が顔を真っ赤に染めながら、利発そうな瞳を開いてさるぐつわ越しになにやら声を上げ、くせっ毛男が呆れたのか首を左右に振っていた。


 「そうか……」


 「?」


 「なら……無関係じゃ無いか……」


 「は?何を言って……」


 「いや、だから……どうも俺自身に憶えが無いのが玉に瑕だが是非も無し……”恋人それ”ならやるしか無いだろ?」


 そう言って俺は、前で揃えて繋がれた両腕を上げながらゆっくりと立ち上がった。


 「キミは何を言っている……」


 「そうだな……具体的にはお前等を叩きのめす?話だとか?」


 「は?馬鹿なのかいキミは……抵抗できる立場じゃ無いって解ら……」


 「真理奈まりなっ!」


 くせっ毛男の反論を最後まで聞く義理の無い俺は、叫んで囚われの少女に目配せする!


 「っ!?」


 そして俺はそのまま突進してーー


 「このっ!野良犬がっ…………あ?」


 咄嗟に、迫る俺から後方へ飛び退こうとした、くせっ毛男の身体からだが不自然に突っ張って、男の視線は自身の足元を確認していた。


 「救い難いなぁ素人っ!」


 ドカァァッ!


 「ぐはぁぁっ!」


 敵を至近に置いて余所見する馬鹿……たとえそのつま先が俺に踏み潰されて動けなかったとしてもだ!


 馬鹿の鳩尾みぞおちに頭突きを入れた俺は、九の字に折れ曲がった弐宇羅にうら 太一たいちなる男に追い打ちの体当たりタックルをブチ込んでいた!


 「あっ?」


 「へっ!?」


 ガラガラガシャァアーーン!!


 前後不覚となった弐宇羅にうら 太一たいち身体からだが吹き飛んで、拘束された真理奈まりなを両脇から挟んでいた二人の男達に激突し、もろとも折り重なって背後の金網にめり込む。


 「こ、このっガキッ!」


 俺を囲んで警戒していた二人のうち、一人が慌てて俺に跳びかかるが……


 ガスッ!


 それを俺は難なく、またもや頭突きのカウンターを顎先にぶち込んで返り討ちに仕留めた。


 ーーおぉ、楽だなこれは……


 先ずリーダーを頭突きで仕留め、その身体からだを使って後ろの二人を潰し……残りの二人はどうしたモノかと考えていたが……わざわざとご足労頂き感謝の言葉も無い。


 「頭は使いようってな……違うか?……まあいい、で、あと一人……」


 俺はそのまま残りの一人を片付けるためいつの居た方向に視線を向けたが……


 「グギャッ……は……ぁ……」


 バタリッ!


 コンクリートの地面に伏していた少女にのし掛かろうとしていたらしい男は、その少女の白い膝に股間を蹴り上げられ、悶絶して倒れていた。


 「相変わらず容赦無いな……東外とが 真理奈まりな


 俺は思わず腰の辺りを……気持ち股間を彼女から遠ざけながら?地面に伏したままの少女に近づいて……少女の口を占拠していたさるぐつわと拘束された縄を解いてやった。


 「ぅ……はぁぁっ……はぁ……はぁ……危ないでしょ朔太郎さくたろうっ!私が下敷きになってたらどうするのよっ!」


 そして開口一番に聞けたのは、俺への感謝の言葉では無くて抗議の苦情クレームだった。


 「いや……ちゃんと合図しただろ?」


 「っ!!」


 そう応えた俺の目の前……未だコンクリートに半ば横たわった少女の頬が朱に染まる。


 「あんなのが合図?!解る人間がどれだけいるって……」


 「いや、お前ちゃんと避けたじゃ無いか」


 「うっ!」


 そうだ、東外とが 真理奈まりなは俺の視線アイコンタクトだけでそれを察し、瞬時に地面に転がって避けた。


 「あれは……その……咄嗟にっていうか……その……て、あなた手錠は?」


 今さっきとは違った感じで、何故か頬を赤らめる真理奈まりなだったが、他の些末ごとに気がついて丸く瞳を見開く。


 「体当たりタックルの時にな、掠め取った」


 そう言って俺は自由になった手に持つ、小さい金属片を陽光にキラリと光らせる。


 それは弐宇羅にうら 太一たいちなる男、その上着ジャケットのポケットに入っていた鍵だった。


 「…………」


 なにか色々と言いたそうな感じで表情が固まる東外とが 真理奈まりな


 「ふぅ……取りあえず……俺が言いたいのは二つだ」


 しかし俺は彼女の都合には付き合わずにそのまま話を進めた。


 第五十五M話「真理奈まりなと偽装と本当の……」前編END 

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