第54M話「半端者の闇」

 第五十四M話「半端者の闇」


 ボロボロで構える俺の目前に木偶のようにそびえる巨神……


 右腕から肩までをあらぬ方向へ捲り上げられた無惨な右半身、そしてさっきの俺の一撃で、首にしこたま衝撃を受けてどこか妙な角度にかしげられた顔面……


 怪物の蓄積されたダメージは俺の比じゃ無い。


 「ガガ……ガ…………」


 虫の息の……かつて岩家いわいえ 禮雄れおという男だった瀕死の怪物。


 「…………」


 既に”死に体”とはいえ、脅威でなくなったとは言い難い相手……

 俺やてる六神道ろくしんどうの前に依然と立ちはだかる大きな障害。


 しかし、その怪物を前にしても俺は……違う壁に直面していた。


 ”殺し合い”である以上、”それ”を始めてしまった以上……結末はそれ以外あり得ない。


 「ガガ……ガ…………」


 虫の息の……かつて岩家いわいえ 禮雄れおだった男。


 約束した、てるの為に出来ること……

 この失敗作の神を……在ってはならない存在を無かったことにすること。


 ーーこれで明日からてるはやり直せるだろうか?


 いや、それは……その先は彼女の人生だ、俺の干渉するべき事では無い。


 何故なら俺は……てると違って俺は……その手段を取る俺はやはり……


 ーーこの先も変われないだろうから……


 改めて俺の人生の行き着く先は”闇世界そこ”にしか繋がっていないと思い知らされる。


 色々と得るものがあったとしても……奥底にどんなにか焦がれたものが在ると気づいても……


 結局、クソったれの折山 朔太郎バカはそれしか選ばない。


 「そうだよ……ははっ」


 ここにきて自嘲する愚かな男は……


 ーー俺は岩家こいつを殺すんだ、と


 正道を成すために悪に手を染める……そして染まった手は、その先の闇の中で、やがて、いつかそれに疲れ果てて尽きた後で……赤く、赤黒く朽ちて腐り落ちるまで解放されることは無いと知っている。


 「ふふ……はは……」


 今日やっと光を得たかに見えた俺がそれほど時間を置かずにそれを手放すという……僅かばかりの希望に気づいたばかりに絶望を知る事になった滑稽さに……


 俺はわらいが止まらない。


 「さ、朔太郎さくたろう?」


 「朔太郎さくたろう……あなた……」


 「……さくたろうくん」


 俺を見る者たちは一様に眉の間に影を落としたなんとも怪訝な表情だ。


 ーーそういえば忘れていたな……既にあの時から俺の人生は中身の無いものだった


 子供の俺には”絶望”という言葉は難しすぎて、かといって、どんなに手を伸ばしても……与えられることしか知らなかった子供には、そこから抜け出す方法も手段も手に入れようが無かった。


 ーーそこに居れば何も考えなくていい


 借金に追われて日々の生活を過ごすのが精一杯、過去に何があったとか、未来に何があるかとか関係ない。


 ーーで、案外居心地良いかもしれない世界だなぁ……だって?……はっ!


 過去の恨みも現在いまの不満も無い世界が?スカスカの”現在いま”が?


 俺は現在いまに至るまでの自分に……その為体ていたらくに自問する。


 ーーそこには何も無い

 ーーあるのは生きることだけに執着する”現在いま”だけ


 日々の生活を過ごすのが精一杯の、生きることだけに執着する”現在いま”は……


 未来きぼうの糧にならない”現在いま”は……


 ーー無いのと同じだ


 「…………」


 初めて未来を欲しいと思った俺は、きっと気づきつつあったのだろう。


 今回の一連の出来事で……”六神道ろくしんどう”とやらと関わって……


 彼らの矛盾と、それでもその中で何かを見いだそうと足掻く奴等から……


 ーーは……は……そうだ、六神道ろくしんどうといえば……あの、気が強くて面倒くさい女は、なぜこんな死地ばしょに来たんだ?


 他人なんてどうでも良い俺が、珍しく他人に、あの女にわざわざ電話までして……狙われているって忠告してやったのに。


 小知恵の回る真理奈あいつなら、自分が大した戦力にもならないのが解っているくせに……なんでノコノコこんな危険な場所に出歩いて来た?


 「ウッ……ウガァァァァァァァァァァッッ!!!!」


 ーーっ!!


 戦場で、あろう事か戦闘それ以外に思考を巡らせ続ける俺の前で、断末魔を先取りしたかのような怪物の咆哮が響いた。


 「…………ふふ……はは……」


 ーーなるほど……”珍しく?”“他人に?””忠告してやった?”……ははは……


 ーーそうか……俺は……俺って奴は……


 俺は今になって初めて、自身の不可解な行動に納得いっていた。


 ーー東外とが 真理奈まりな……か


 ーーはは……意外にも、自分が思っていたよりも、俺の”趣味このみ”って偏ってんだな……


 手負いの巨神を見上げながら俺の口元は歪んであがる。


 「…………」


 そして……もう一度だけ。


 前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの利発そうな少女を……


 静かな瞳と控えめな薄い唇の、清潔で生真面目な印象を受ける少女。

 清潔はともかく、ある意味で中身は詐欺的な少女を……


 「…………」


 「……さく……たろう……?」


 最後に一度だけ視界に収めてから、今度こそ目前の怪物に向き合っていた。


 「ウガァァッ!!」


 「…………」


 ーーやはり俺は……いつも”破壊こんなに”することでしか物事を処理できない


 ザッザッザッ……


 その時にはもう、諦めを肯定していた俺は、巨神にごく普通に歩み寄る。


 「いくら相手が瀕死だからって、あの化け物に無防備に歩み寄る?それが当たり前に出来るなんて、ほんとにさくちゃんは化け物だよ」


 俺の大胆な行動に、後方から波紫野はしの けんの呆れた様な声が聞こえてくる。


 そして俺は怪物の懐まで到達し、見上げるほどの巨躯の鍛えられた腹筋にそっと左手の掌を添えた。


 「…………」


 高さを揃えるように後方の虚空へ引き絞った右手の拳と、対象に向け半身に開いた俺の身体からだ


 極限まで引き絞った弓を引く様な構えから俺は……


 「崩拳ほうけん?……確かにあのわざなら確実に息の根を止められる」


 言いながらも、口端の上がった波紫野はしの けんの頬をつぅと汗が伝う。


 「……本当に……そうするの?……朔太郎さくたろう……」


 東外とが 真理奈まりながそれを言葉にするがーー


 「…………」


 「…………」


 そこには最早誰も異論を挟む者はいない。


 行動目的は正しい。


 しかし手段は人道に悖る。


 それを知って尚、他の誰もが”それ”しかこの馬鹿げた事件の終焉を望むことは出来ないと……これを解決できる、現状唯一の存在、折山おりやま 朔太郎さくたろうはそれしか出来ない輩だと……


 それが出来る人間が”他の誰か”だったならどんなに良かっただろうかと……諦めている。


 「ウゴォォーーッ!!」


 途端に、火の付いたような怒りのオーラを纏い、無事な左腕を天高く振り上げる巨人!


 ーーっ!!


 「さくちゃん!」


 「朔太郎さくたろうっ!!」


 「っ!!」


 心配する皆をよそに俺は……腰を落とし拳をーー


 「っ!!」


 ーー真理奈あいつ、なんて顔だ……そんなに心配か?


 同輩の岩家いわいえが?それとも倫理的ななにかか?……それとも……


 普段は理性的で、しかし敵対者には中々容赦が無く、年相応の脆いところもあるが確固たる芯を持っている少女。


 その真理奈かのじょの不安で情けない顔が一瞬視界に入った俺は……それでも構わず構える!


 高さを揃えるように後方の虚空へ引き絞った右手の拳、極限まで引き絞った弓を引く様な構えから俺は創造イメージする。


 敵中の掌……手の平の面から感じ取る到達点。


 後方の虚空で握り込む拳……楔を打ち込む起爆点。


 二点の間は水平で、その二点を繋いで創造するのは発射台だ。


 そしてその発射台に一本筋の通った芯を……更に創造イメージした屈強な鉄柱の如き頑強な芯を装填する。



 ーー俺はやはりそこには至れなかった……俺みたいな輩には未来は望むことができない


 ーー六神道ろくしんどう岩家いわいえ 禮雄れお


 理由はどうあれ、六神道やつらもそれは理解しているとは言え……


 真理奈あいつの前でその六神道あいつの仲間をぶっ殺す!


 戦場にあって俺の意識は……初めてそんな”殺し合いひつぜん”以外の存在が纏わり付いていた。


 「…………」


 拳が重い……関節が油ぎれの古機械のようにかみ合わない……


 「ウゴォォーーッ!!」


 目前で動きを止めて構えるエモノに、巨神の振り上げられた左拳が照準を合わせて降下するっ!


 ブオォォォォーーーーンッ!!


 頭上に唸りを上げて迫る、恐らく最後になるだろう邪神の鉄槌!


 だが、それでも俺が成すべき事は矢張り変わらない!


 ーーすうっ!


 息を吸い込んだ俺は……相手を貫かぬよう、芯が決してブレぬよう……


 「お笑い種だ、俺が……今更そんな事を気にするなんて……なっ!」


 ーーズドンッ!!


 頑強な鉄柱を”巨神の腹筋とうたつてん”で押しつぶすっ!!


 左手と右手を結ぶ直線上に頑強な鉄柱……それを解き放つ起爆点みぎこぶし


 しかしその拳は、決して相手の腹部に打ち込むのでは無い。


 そうだ!想像イメージはあくまで”打ち込む”のでは無く”打ち着ける”!


 打ち込んだのでは剣や槍と同じ……それではただの打突、串刺しだ。


 目指す事象は……通した芯の威力を全て敵人体内で解放すること!


 「ガッ!?…………ハァァァッ!!」


 一瞬で!一撃で!俺が向けたてのひらの先、数センチにある巨神の腹部が拳大に窪み、直後、巨神の巨躯が弾けるように数センチ後方へブレていた。


 「……ガ……ガ……」


 禍々しい古神いにしえがみの巨神はそのまま静かに……


 「…………ガ……」


 今度こそ間違い無く……


 「…………」


 創り出された化物……古の邪神”禍津神まがつかみ”は……


 ーーズッズゥゥゥゥーーーーンッ!!


 六神道ろくしんどうの……天都原あまつはら学園三年柔道部主将、学生連の岩家いわいえ 禮雄れおは砂煙を巻き上げて崩れ落ちーー


 そして……


 「…………」


 今後二度と目を覚ますことは無かった。


 ーー

 ー



 「…………」


 ほんの数秒程その場に留まっていた俺だったが……

 直ぐにきびすを返して中庭の隅にあるベンチの方へ足を向ける。


 「あ、あの……朔太郎さくたろう……」


 「さ……くたろう……くん、その……」


 嬰美えいみてるが恐る恐る声をかけてくるが……


 「…………」


 最早、俺にはどうでもいい事だ……俺のやるべき事は終わった。

 未来を手に入れた、希望のある者たちと俺との道はもう交わることは無いだろう。


 俺はその者達に一瞥だけくれただけで、そのまま無言でベンチにふんぞり返る柄の悪い二人組の前まで歩いて行く。


 「…………すみません、かおるさん……バイト少し遅れました」


 ふんぞり返るベンチの男に深々と頭を下げ、俺は許しを請う。


 旧校舎に設置された時計の針は、既に「SEPIAセピア」でのバイトの時間を三十分ほど超過していた。


 「…………」


 無言で俺のつむじを睨む眼光鋭い西島 かおるという男。


 「…………」


 俺はその男から”なんらか”の言葉がかかるまで頭を下げ続けるつもりだ。


 「…………」


 「…………」


 「ま、まぁ、あれだっ!その、さくの野郎もこんな有様だし、兄貴、今回だけは勘弁してやろうじゃないですか……」


 張り詰めた重い空気と沈黙に堪りかねたのか、西島 かおるの隣に立つ小太り男、森永が柄にも無いフォローを入れる。


 「…………半端が……ちっ……いくぞ」


 そして西島 かおるはいつも通り、何事も無かったかのように、不機嫌にそう吐き捨てて立ち上がる。


 「…………」


 そして俺は……


 「おうっ!さくっ!特別に”職場セピア”まで乗せてってやるから来いや」


 既に校外へ歩き始めた西島の後を慌てて追っていた小太り男は振り返り、誰もいなくなったベンチに未だ頭を下げたままの俺に声をかけて促してくる。


 「……はい、森永さん、ありがとうございます」


 そうして俺は、そこで初めて頭を上げてから、二人に続いて……


 「朔太郎さくたろうっ!」


 ーー!


 聞き慣れた声に振り返る。


 「その……あの……あのね……べ、別にこれは貴方のせいじゃないから……仕方無いっていうか……だから」


 歯切れ悪く、だが必死に何かを訴えかける、前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの利発そうな少女。


 「…………」


 制服をキッチリ着こなした清潔で生真面目な印象を受ける少女は、そう言葉を絞り出した後で、ぎごちなく……本当に”ぎこちなく”笑みを浮かべようと努力をしていた。


 「……………………ああ」


 けど俺は……それが非道くいたたまれなくて……


 結局、そんな感じに、ぶっきらぼうに応えて、その場を後にしたのだった。


 ーー

 ー


 ゴォォーー


 「SEPIAセピア」へ向かう車中で……


 「…………」


 俺は流れるネオンを心なく眺めていた。


 座っているだけでも節々に感じる軋みと痛み、ズキリズキリと疼く熱が半端ない。


 「…………」


 だが、なによりも……空虚な心にアスファルトを削る厳つい外国車のタイヤの音が響く。


 ゴォォーー


 やがて俺は意識すること無く……

 独り……ただ独り、俺の矮小な人生で、もう何千回も吐き出したか解らない……


 そんな、あの言葉を自然と呟いていた。


 「くだらねぇ……」


 第五十四M話「半端者の闇」END

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