第52話「滅神、そして……」

 第五十二話「滅神、そして……」


 「ウゴォォォォッ!!」


 へし折れて外側に跳上がった右腕をそのままに、うずくまったままの巨体が大きく震える!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 直後にまたもや大地は大きく波打ち始めていた。


 「……芸が無いな神様、また地震か?」


 激しい揺れも、安定しない足元も……まとに動くことも出来ない相手を目の前にしては大した脅威では無い。


 だが、俺の蔑んだ軽口を受けても、無事な左腕の掌を大地にベッタリと着け、地の底から響いてくるようなうめき声を絞り出して巨神”禍津神まがつかみ”はそれを続ける。


 「…………」


 ーーもう終わらそう……


 多少名残惜しい気もしないでも無いが……


 いつも通り、何度も繰り返してきた俺の闘争、茶番の一幕……しかし……


 ーー今回は確かに得るものがあった


 俺は安定しない足元を確かめつつ構える。


 ーーもう三度目ともなるとあれだ……まぁ、なんとかなる


 「すぅ……」


 息を吸い込み、膝を良い加減に脱力させ、揺れに対応させてから上半身の安定を図る。


 「終わりだ神様……」


 ーーボコッ……


 「っ!?」


 ーーボコボコボコボコッ!!


 見る間に地面が二カ所……いや三カ所も……

 土が盛り上がってーー


 ーーなんだ?いや……とにかく……


 俺は握っていた拳を下げて慌てて後方へ飛び退いーー!?


 ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!


 三カ所同時に……不自然な地面の盛り上がりから巨大な岩の塊が地中から突き出て、瞬く間に校庭に三本の柱となってそびえ立つ!


 これは……表面は岩肌そのままの粗野な造形だが……見ようによっては、まるでギリシャのパルテノン神殿に林立する立派な石柱が如き代物……


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 「くっ!?」


 思わず間抜け面でそれを見上げていた俺に向けーー


 それは”破裂”したっ!


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!

 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


 そしてそれは幾つものっ!卵ほどの小さな!ボウリング玉ほどの大きな!


 ザラついて尖った石柱の破片が、俺の視界一帯の景色をドス黒く埋め尽くすっ!!


 「くっ!!」


 その事象はまるで、木の実が腐敗しきり、内部のガス圧に耐えきれず破裂したことで飛び散る種の様であった。


 一息にまき散らされる殺人的破壊力を持った凶器の群れ!


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!

 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


 ーーちぃっ!


 飛び退きかけていた俺は咄嗟に後ろ足を大きく後方に踏みとどまらせ、足裏を地に留め置こうと躍起に抵抗する。


 ザシャァァーー!


 たちまち、引きずられた俺の足底からは砂煙が巻き上がり、摩擦で靴底が熱くなる。


 ーーちぃぃっ!なんとか……っ!?


 踏みとどまらなくては!……空中に浮いてしまっては……


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!

 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


 ーー俺の周囲を……空間を埋め尽くす”アレ”の餌食だっ!!


 「うっ!?」


 ガコォォーーン!


 だが、紙一重……なんとか踏みとどまる事が出来たと思いきや……

 次の瞬間には、俺の顔面を結構な大きさの岩石が撃ち抜いていたのだった。


 ザシャァァーー


 ーードッ!……ガスッ!…………ドサリッ!!


 俺の浮いた体は顔面に衝突した破片の威力で”逆のくの字”に反り返り、そのまま大きく後方へ弾き飛ばされて二度ほど地面で跳ねた後、無様に大地に投げ出されていた。


 「さ……朔太郎さくたろうっ!」


 「ちょっちょっと!」


 「朔太郎さくたろうくんっ!」


 その光景を目の当たりにしていた嬰美えいみ真理奈まりな……さらにてるが悲鳴を上げてちらに走り寄ろうとする。


 「騒いでんじゃねぇ!さばいてんだろうがっ!」


 しかし直後に女達は、ベンチに横柄にふんぞり返った柄の悪い男に一喝された。


 「さ、さばいたって!?……あんな無差別乱射された大砲みたいな不意打ちをっ!」


 東外とが 真理奈まりなが、無責任な事を言うなとばかりに西島 かおるを睨んでいた。


 「ああ……そ……うだね……大砲並みの一撃で尚且つ機関銃並の乱射だ……それをさくちゃんは……あの反射神経は既に”天孫てんそん”並だよ」


 割り込んだ波紫野はしの けんの顔は、苦笑いというよりも、最早引きつっていただろう。


 「え?……”天孫てんそん”並?え……えぇっ!」


 「さ、朔太郎さくたろうくんっ!!」


 嬰美えいみが弟の言葉の意味を察して目を丸くした時、てるが歓喜の声を上げた。


 「…………」


 そうだ……


 俺は無様に転がっていた大地から、ゆっくりと立ち上がっていたのだ。


 「な……んで……あの攻撃で無傷なの……よ……」


 睨み合っていた男から視線を俺に戻して呟く、真理奈まりな


 ーー!?


 安堵する反面、信じられないような顔で俺を見る面々だが……


 「…………」


 立ち上がった俺は腰を落として構えた。


 ーー残念ながら流石に無傷じゃない……


 ツツゥと額から鮮血が顎まで流れ、俺の顔面は見る間に赤く染まる。


 「ちょっ!駄目よ!やっぱり大怪我を……」


 俺は構える……血の湧き出す額の傷や、それが伝う頬や顎先には勿論興味が無い。

 ズキリズキリと頭部を鈍器で殴打された様な痛みも全く興味が無い。


 ーー俺にあるのは目の前の敵がまだ”る気”だってことだ!


 「うるせえなぁ……姉ちゃん、頭が乗っかってるだけマシだろうが……」


 森永はそう言って、心配して駆け寄ろうとする嬰美えいみを面倒臭そうに見て吐き捨てていた。


 俺は要らないと、観衆ギャラリーに左手を一度だけ振り、直ぐにまた構え直す。


 「……ちっ、往生際悪いな神様……」


 捌いた?捌けた?……ああ、何割かは……多分、あの大きさのつぶてをあの速度でまとに顔面に受ければ俺の首から上は今頃どっかに飛んでいって、西すい割りの西すいより非道い状態だったろう……


 「グゥオォォォォオォォォォーーーーーー」


 ーー吠えるなよ神様……そうだよ、喧嘩ってのはトコトンだ!一度本気で始めてしまえば、どちらかの身体、精神を削り合って、そのどちらか、或いは両方が破壊されるまで続く……終着点はいつも……


 「ははっ!大悪神”大禍津神おおまがつかみ”!群れなす邪神”八十禍津神やそまがつかみ”!……二柱にちゅうの災厄神をもっれは”禍津神まがつかみ”……”いにしえの邪神”へといたらしめるんだよっ!思い知れっ!ばぁぁかっ!!」


 相も変わらず情けない腰砕け体勢で唾を飛ばす蜂蜜金髪ハニーブロンドの優男。


 「…………」


 ーーうっとうしいな、御端あいつ……やっぱ、仕留めときゃ良かったか?


 「ウゴォォォォッ!!」


 ーーボコッ……


 再び大地を陵辱し始める巨神。


 ーーボコボコボコボコッ!!


 見る間に地面が三カ所、いや今度は五カ所も土が盛り上がってーー


 ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!ドドォォーーーーン!!


 先ほどと全く同じ、五カ所同時に巨大な岩の塊が地中から出現し、瞬く間に校庭に五本の柱となってそびえ立つ!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 パァァァァァァーーーーーーンッ!!


 そして”破裂”するっ!


 ーー無数の凶弾……群れなす邪神”八十禍津神やそまがつかみ”……


 「駄目ださくちゃん!正面からはっ!」


 波紫野はしの けんの忠告も……


 「別にどうって事無い……今までだってそうしてきた」


 ーーいや、誰の言葉も常識も……俺には必要ない関係ない!


 「…………」


 と心の中でうそぶいてみたが……実際この距離は上手くない。


 ちらの攻撃がことごとくあの”あまのいわ”とやらで無効化される上に、飛び道具による攻撃範囲リーチの差で圧倒的に手も足も出ない距離だ。


 ーーそうだ!俺にとっては怪物の懐中……あの”死地”こそが断然、闘いやすい!


 俺は、額から伝って流れ込み赤く染まる視界のままーー伏せる。


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!

 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


 またも空間を埋め尽くす黒き凶器の群れ。


 ーーっ!!


 俺は両掌をペッタリ地面に貼り合わせ、低く低く……

 気合い万端で挑む力士の仕切りよりも低く、顎を地表に擦りつけそうなくらい、ぐものように低く構えて……


 ーーダッ!


 後は一気に駆けるっ!


 「ばぁーかっ!そんなのが……!?」


 ビュオンッ!ビシュッ!!


 頭上を行き過ぎ、飛び交う多種多様で”直死”のつぶて”の数々……


 「朔太郎さくたろうっ!!」


 「さくちゃんっ!!」


 御端みはしの罵倒も、波紫野はしの姉弟と東外とが 真理奈まりなの声も……俺を心配するてるの悲鳴さえ……

 意識から追いやってそれに集中する!


 ビシュッ!!シュォォーーン!ズバッ!


 ーーっ!!


 紙一重の数々……いや、格好を付けても仕方が無い……

 実際は何発か掠った……太ももと、脇腹と……あと何カ所か……


 だが問題ない!


 直撃で無ければ問題ない。


 肉が裂け血が噴き出しても突進を継続し、接触した衝撃でふらついた重心も逆に利用して、ターゲットへの到達速度に加算する!


 「ガァァッ!!」


 そんなこんなで、再び巨神の死地ふところまで辿り着いた俺に、奴は明らかに苛立った咆哮を上げて残った左腕を振り上げてきた。


 ーーそれだよっ!待ってた!


 ーーダダッ!


 俺は両腕が……この巨神、最大にして最強の矛が無効になった瞬間を見逃さない!


 ガスゥゥッ!!


 相手の鼻先から直ぐさま大地を蹴り、低空姿勢から一気に巨躯の顎に狙いを絞る。


 「グギャァァッァッッ!!」


 俺の飛び膝蹴りを受けて悲鳴を上げ、同時に完全に天を仰ぐ邪神の顔面!


 ーーガツッ!


 だが俺の攻撃は単発それでは止まない!


 跳び上がった勢いのまま上昇する自身の体を、目一杯両手を伸ばして相手の耳を掴むことで阻み……


 ブワァッ


 そのまま邪神の頭上で逆立ちになる身体からだの反動を利用して今度は上空からーー


 ーーガスゥゥゥゥッッ!!


 無防備な脳天に……特大な踵落としをお見舞いしてやった!


 「ガッ…………フゥゥッ…………ゥゥ………………」


 ドドォォーーーーン!!


 額をパックリと割り、血と砂埃をまき散らし、地響きと共に垂直に崩れ落ちる巨体。


 その姿は……様相は……既に”死に体”であった。


 「”振り子”だっ!前のめった相手に出会い頭のカウンター、さらにその勢いを上乗せ利用した再撃のカウンター!ひゃはっ!ありゃあ、さく十八番オハコだよっ!」


 わざを放って地面に落下する俺の耳には、森永の自慢げに叫ぶ声が聞こえていた。


 ドサリッ!


 無理に無理を重ねた、運動法則を半ば無視した様な業による当然の報い。

 俺は受け身も取れる訳も無い体勢で落下して無様に地面に潰れた生卵の様に張り付いたが、直ぐに何事も無かったかのように立ち上がる。


 「…………」


 それはコレが命のやり取りをする闘いだから……

 その理由だけで俺の身体からだはそう反応する、そう西島 かおるに骨の髄まで染みこまされてきた。


 ズズズッ……ズッ……


 ーーっ!?


 ボロボロで構える俺の目前で、立ち上がってくる巨体……右腕から肩までをあらぬ方向へ捲り上げられた無惨な右半身、そしてさっきの俺の一撃で、首にしこたま衝撃うけて、どこか妙な角度にかしげられた顔面……蓄積されたダメージが明らかな巨躯。


 「ガガ……ガ…………」


 


 「まだ……やるの……これ以上は……」


 嬰美えいみがもう、いい加減にしてという表情で呟いていた。


 「……だね、けど……もう勝負は決着いたよ、後は……」


 それにけんが応える。


 それはつまり……死。


 殺し合いである以上、それを始めてしまった以上、結末はそれ以外あり得ない。


 「そ、そこまでしなくても……」


 真理奈まりなが弱々しく声を上げるが……


 「そこまでしなくちゃならないんだよ、そうしないとガンちゃ……禍津神まがつかみは止まらない」


 波紫野はしの けんから出そうになった”ガンちゃん”……岩家いわいえと言う呼び名に、全員の顔が沈む。


 「…………」


 虫の息の……かつて岩家いわいえ 禮雄れおだった男……


 「ガガ……ガ…………」


 ーーそうか……”禍津神おまえ”も俺と同じか……それが染みこんでいるんだな……


 俺は改めて認識する……俺はいつを殺すんだ……と


 「…………」


 そして俺は”死に体”の怪物を前に、ふと、無意識に視線を、”ある娘”に移していた……


 ーーそして同時に思い出す


 何故だかこんな時に……あの奇妙な夜のことを……思い出す。


 あの男のことを……あの事を……


 ここに来る前夜に出会った、ミイラ男の如き奇妙な輩のことを……


 第五十二話「滅神、そして……」END

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