第39話「茶番の結末」

 第三十九話「茶番の結末」


 「種明かしはもういいだろう?そろそろ続きを……それともあれか?俺の出した条件をのんで降参するか?」


 俺はいい加減、この柄の悪い男とのじゃれ合いにも飽きて、止めどころを探ってみた。


 ーーそもそも俺は、六神道ろくしんどうてるから手を引けば、別に個人的にはどうでも……っ!?


 遙か前方ーー


 殺気が完全に消えた……


 つまりそれは……あの厄介な弓の脅威が無くなったと……


 「怪我人が粋がってんじゃねぇよっ!」


 俺の言葉に逆上した六神道ろくしんどう永伏ながふし 剛士たけしが傷ついた腕をあげて構えをとって吠える。


 「…………」


 「なんだぁ?てめぇ!今更ビビってんじゃ……」


 無言の俺の反応を見て、そう勘違いした柄の悪い男はそのまま一歩、踏み込もうとする。


 「良いのか?永伏ながふしさんとやら……援護射撃はもう無いぞ」


 ーー!?


 そして、投げかけた俺の言葉に臨戦態勢の男は一旦踏みとどまる。


 「なに……言ってやがる……弾切れにはまだ二、三発はあるんだよっガキっ!!」


 「永伏ながふしさんっ!」


 「…………」


 ーーそうか、あと二、三発ね……もしもの時は参考にするか……


 自分から情報を提供する単細胞な男、永伏ながふし 剛士たけし……


 慌てて諫めようとした波紫野はしの けんの声が遅れて空しく響いたが、なんとも滑稽だ。


 「弾数のことじゃない、殺気が消えた。多分もう撃ってはこないだろう」


 「なっ!!適当こいてんじゃねぇ!まだテメェは生きてんだろうがっ!!止める訳が……んなことある訳がねぇだろうがっ!!」


 「さぁ?飽きて帰ったんじゃないか?へんな女だったし……」


 怒鳴り続けの五月蠅い男に、俺は適当に返答する。


 「…………」


 「…………」


 「…………ありえるわ」


 ーーは?


 勿論、俺は真剣に答えたわけじゃ無い。


 殺気の無くなった理由なんて解るはずがないし、そもそも答える義務も無いからだ。


 しかしーー


 そんな俺の言葉に二人の男はなんとも言えない表情で黙り込み、長い黒髪の少女が気まずそうにポロリと零す。


 「凛子りんこさんならあり得るね……」


 「凛子りんこの野郎!……ちっ!あの馬鹿女がっ!」


 そして二人の男も同意見に至ったようだった。


 ーーマジか?……本気マジでおかしい女だな……椎葉しいば 凛子りんこ


 「ちっ!元々あんな馬鹿女なんぞアテにはしてねぇよっ!!」


 ダダッ!!


 ーーっ!!


 柄の悪い男は忌忌しげに吐き捨てると同時に突進を再開する!


 ーーっ!両腕は多少痛めつけたが……この踏み込みは健在かよっ!


 バシッ!


 正面から突っ込んでくる男に俺の左ジャブが放たれるが……


 ーーズザァァ!


 ここまでの負傷で流石に動きの鈍くなった俺の初撃を、砂煙を上げながら直前で減速してスウェーする永伏ながふし


 柄の悪い男は、難なく躱してそのまま俺の懐へ入った。


 ーー近い!?この距離で……なにが……!?


 蹴りは勿論、拳や肘の距離としても近すぎる。


 投げ技や関節技の少ない古武術でこの距離の攻防を誘うなんて自殺行為だ。


 ーーニヤリ


 しかし俺は確信した。


 至近距離で鈍く光る男の両眼!


 それは、派手な見て呉れや、武道の”心・技・体”をおざなりにした殺合じっせんの予兆!


 例えるなら、多人数を雑に鏖殺する”重機関銃ヘヴィ・マシンガン”よりも確実に独りを滅殺する”対人戦闘用短剣タクティカル・ナイフ”!


 ーーそうだ!狙いはどうやら一撃必殺の”なにか”だろう


 ググッ!


 同時に男は、俺の胸に独特の握りである左の縦拳を宛がう。


 完全に破壊された右肘より、まだこっちの方がましだと永伏ながふしは判断したのだろうが……


 ーーなにか?”なにか”来るっ!


 俺はそれがなにか解らないが、その脅威だけは瞬時に理解していた。


 ガッ!


 「!」


 ーーだが、それで十分……俺にはその感覚だけで十分対策できる!


 永伏ヤツの要したその”なにか”よりも一瞬速く、俺の両手が相手の頭を両側から挟み込む。


 ーードンッ!


 「っ!」


 永伏ながふしが満を期して、尋常で無い衝撃と共に突き出したこぶしを上方に飛んで躱す俺!


 相手の頭を左右から挟み込むように掴んだ両手を基点にしてーー


 俺はその男の頭上に高々と倒立した。


 「わっ!」


 「さくっ……!」


 波紫野はしの姉弟が見上げて声を漏らし……


 「ぐぅぅ!!」


 永伏ながふし 剛士たけしが一撃必殺の代償として、壊れかけの肘を痙攣させる。


 「…………」


 永伏ながふしの頭上で逆さになった視界を一瞬だけ見た俺は、直ぐに次の一手を続行する。


 永伏ながふしも俺が”なにか”すると思ってはいただろうが……


 恐らくヤツも、自身の”なにか”に絶対の自信を持っていただろう。


 ”相打ちなら絶対に勝てる”と……そう考えていた。


 「て、てめぇっ!!」


 ーーガスッ!


 ーーしかし、それが永伏ながふしの命取りになった!


 頭上からの強烈な一撃。


 相手の頭上で倒立した体勢の俺はーー


 そのまま重力を味方に付け、柄の悪い男の顔面に思い切り頭突きをお見舞いしてやった。


 「ぐわっ!」


 もんどり打って倒れる永伏ながふし 剛士たけし


 ーー顔面への頭突きは効くだろう……


 一瞬で目の前に火花が散り、意識が暗転する。


 そして、その直後、激痛と燃えるような炎が来訪し、立っていることも出来なくなる。


 ーーふつうは、な……


 落下する俺の口元は、緩んでいたかもしれない。


 西島にしじま……かおるさんがその場に居れば、”油断してんじゃねぇ!”とどやされただろう。


 瞬時にそんなことを考えながらも、俺の身体からだは自然落下する。


 「!○*X▲X?!」


 地面に衝突間際の俺の視界には、俺の頭突きを喰らった男が、案の定、声にならない奇声をあげながら顔面を押さえて地べたを転げ回っているのが見えた。


 ーードシャッ!


 直ぐに俺の身体からだも……不自由な足と肩では受け身も取れない俺は、無様に地面に激突していた。


 「……」


 だが、砕けた生卵のように地べたに張り付いた俺は、次の瞬間には立ち上がって転げ回る男に馬乗りになる。


 「なっ!なんで動けるの!」


 「……」


 思わず叫ぶ嬰美えいみと目を見開いて状況を見極めようとするけん


 ーーなんで?……寝てたら殺れない、殺られるからに決まってるだろ


 勿論ダメージを受けていないわけでは無い、しかし即座にそれが出来るように俺は仕込まれてきた……ずっと。


 ガシッ!


 「うぉっ……て、てめぇ……」


 俺は暴れる相手を跨いで両足で強引に固定し、両の手のひらを相手の心臓付近に合わせた。


 ーーすぅ……


 そして一呼吸ーーーーのち


 ーードスッ!


 「!!!ーーーーーぁぁ……が…………」


 医療ドラマでよく見る心臓マッサージのような俺の動作の後、少し遅れて永伏ながふしの眼球が飛び出すほどに見開いた。


 「ガッ……ハッ……はっ……あ……ぁ…………」


 剥いた眼球で、大きく口を開けて苦しそうに息を吐き出す男。


 両手足はビクリビクリと小刻みに痙攣する。


 「ちょっと……ヤバいよこれは……」


 波紫野はしの けんが呟いた。


 「多分……両手を合わせた手のひら、下にした右手と上側の左手に少しだけ空間をつくって時間差の打撃を送り込む……」


 「なに?……それ……」


 嬰美えいみが視線を俺の方へ向けたまま応じた。


 「一瞬、衝撃で硬直した筋肉……そしてその反動で緩んだ筋肉にほぼ重なるような第二波の衝撃……それを喰らう筋肉っていうのは勿論、心臓だよ。心臓マッサージの逆、心臓を強引に一時停止させる……多分ほんの一瞬だけど……くらった相手の身体からだにはとんでもない負担だよ」


 「そんなことが……」


 波紫野はしの 嬰美えいみの表情は複雑そうだ。


 所謂、殺人技の一種。


 学園ではあまり裏の顔を見せてこなかった俺の、本質のごく一部を垣間見て”引いている”のだろうな……


 「必殺の近距離一撃必殺掌……折山おりやま版”雁鐘かりかね”ってとこ……か」


 そして、姉とは違い、波紫野はしの けんの口元はどこか嬉しそうであった。


 「……ぅ……ぁ……ぁ……」


 大きく口を開けたまま、息も絶え絶えに俺を見上げる死んだ魚の目。


 永伏ながふし 剛士たけしは最早死に体であった。


 「おわりだ」


 俺はそう呟いて再び心臓の上に両手を添える。


 「ちょっ!そこまでしなくても!」


 慌てる嬰美えいみとその横で黙って様子を見守るけん


 「…………」


 俺の両手に再び力が込められた瞬間だった。


 ピリリリリーー!


 ズボンのポケットからけたたましく電子音が鳴り響く。


 「……」


 俺は相手の息の根を止めようとした体制のままで停止していた。


 「…………」


 「…………」


 既にまな板の鯉である永伏ながふし

 殺す体勢の俺。


 そして、それの撤回を……息をのんで、縋るような瞳で訴えてくる嬰美えいみ……


 「…………でた方が良いんじゃ無い?さくちゃん」


 そんな中、波紫野はしの けんが持ち前である緊張感の無い声を発した。


 「…………」


 俺は内心ため息を、そして無言でそれを取り出し耳に当てる。


 「あ……でた、えっとね……折山おりやま 朔太郎さくたろう、ちょっと待ってもらえるかしら?それ」


 聞き覚えのある女の声……


 それもそうだろう、このスマホの持ち主である東外とが 真理奈まりなである。


 「…………」


 ーープツ


 ーーーーーーガシャ!


 俺は自然な動作で通話を切断し、そのままスマホを滑るように地面に落とした。


 「こらこらこらーー!、そこぉっ!なにしてるのよっ!」


 途端に、電話は切ったはずだが女の甲高い怒鳴り声が校庭に直に響き渡った。


 「折山おりやま 朔太郎さくたろう!あんた、ぜったい私を舐めてるでしょ!」


 学園指定の制服を着用した少女……


 その少女が利発そうな瞳を大きく開き、息を切らせながら、旧式の携帯電話であるガラケーを片手にこちらに小走りに近寄って来ていた。


 「あぁ……”面倒くさ娘めんどうくさこ”か……」


 俺は天を仰ぎ、心の中で呟いた。


 「なっ!なんですってーー!!」


 いや……声に出ていたのだった。


 第三十九話「茶番の結末」END

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