第35話「戦争」
第三十五話「戦争」
「どう見ても
ドスのきいた声で俺の顔を
学園の裏庭に俺を呼び出した男は、確かに不機嫌に、しかしそれでいて欲しい玩具を与えられる前の子供のように愉しげな瞳で俺を値踏みしてくる。
こんな時間に……暗くなってから呼び出したのは、無論、人目に付かない為にだろう。
つまり俺は、ほぼ確実に荒事になると予想していた。
「一人じゃないのか……?」
柄の悪い男の問いかけに、質問で返す俺。
学園の制服を着た男女二人……そのどちらもが、左手に布袋に包まれた
ーー
無論、俺はどちらの人物とも面識がある。
「…………はは」
「…………っ!」
チラリと目が合った二人、男の方は苦笑いを返し、女の方は恨めしそうに睨んでくる。
ーー
ーー
「その……持ち主になにをした?」
「…………」
「……てめぇ、脅して無理矢理命令してんじゃねぇのかっ!」
「
答えない俺に声を荒げる男。
それをなだめるように、男の後ろに控える男子学生……
「……
「ここに来るまで……ていうか
「……
「えっと……それは……弱みって言うか……どっちかというと惚れた弱み……かなぁ」
俺をチラチラと見ながら若干楽しそうに、話をややこしくする。
「はぁ?なんだそりゃ」
「けっ!どっちみち関係ねぇよ!
「だからそれが浅慮だって言っているでしょ!今はそんな事よりも
堪りかねたのか、黒髪少女……
柄の悪い男は、ジロリと自身の背後に視線を移す。
「ほざいてんじゃねぇよ
「は?横やり?何言っているのよ、
「……てめぇ……
「呼び捨てにしないでもらえるかしら、馴れ馴れしい」
ーー確か俺とそこの柄の悪い男、
なんだか事態は意外な方向で、ピリピリと緊張する。
ーーとはいえ、
「……
「なっ!」
「まぁ……意外と解りやすいよね、
ーー”たらし”ってお前がいうなお前が……てか、気持ち悪いことも付け足しやがって
「ふん、図星かよ……女はやっぱり使えねぇなぁ……こんな弱そうな男のどこが……ん?」
そこまで言いかけて、俺を見る
ーーなんだ?
「…………お前……
ーー今更なんだ……俺の顔をジロジロ見やがって、まさかコイツもその気が?
「
「?
「…………」
ーーなんだ……急に固まって……?
「…………おい、用がないなら俺は……」
「あーーー!てめぇ!
ーーおそっ!
ーー今気づいたのかよ……
「ちっ……」
相当にいらついた様子の男は、何時しかコキコキと首の関節を鳴らしながら腕をブンブン振り回してウォーミングアップを始めていた。
「…………」
ーーやっぱりか……どうやら話し合う余地は
「いいぜ、なんとか太郎改め
「……」
俺の方は構えずに、その相手をもう一度確認した。
「どうした?どっちにしろ俺は
「やはり問答無用か……」
俺は呆れたように呟く。
「なんだぁ?不満かよ……それとも今更ビビったか?」
いやらしく、本当に愉しそうに拳を構える柄の悪い男……
ーーほんと……”ひとを殴り尽くした”良い拳だよ
俺はその男の両拳を眺めてニヤリと笑った。
「テメェ!なに余裕こいてやがるっ雑魚がっ!!」
ーーしかし、想像以上の
俺は詰め襟の上着を脱いで脇に放り投げた。
ーー!
一瞬!ほんの一瞬だけ視線をそらした俺の目前に瞬時に詰め寄って来る男!
「オラよ!」
センスの欠片も無い叫び声と同時に、男は俺の顔面に縦に握った古武術特有の
ーーちっ、古式の武術相手に、この距離はやり難くそうだな……
顔を右にそらせて何とかそれを躱した俺は、そのまま体を前方に傾けて体当たりを試みる。
スッーー
体当たりで相手との距離を潰そうとしたが、
バキッ!
「くっ!」
「てめぇっ!?」
だが、
「うおっ」
ーードサッ!
ぐらりとバランスを崩し、豪快に倒れる男。
「……」
地面に尻餅をついた無防備な相手に、直ぐに追い打ちをかけようとする俺!
ーーっ!
しかし、絶好の機会のはずが、俺は地面に転がった無防備な相手から飛び退いて、数歩後ろに下がっていた。
絶好の機会を自らふいにする愚行……だが
「…………」
当の俺は一歩引いたその場で、視線を正面上方に移動させていた。
「驚いたな……お前何者だ……その身のこなし……」
そんな俺を見ながら、ゆっくりと立ち上がる
「!おまえ……?」
そして、俺の視線に気づいた
「……ま、まさか、気づいたのか?」
「……」
俺は間抜けな顔をした
ただ、最大限の注意を払って、その”なにか”に備える。
ーー
ー
「すごいな……
ギャラリーと化していた、
「
ーーシュオ!
風切り音!ほぼ同時に”なにか”が俺の頬を掠めるように通過する!
「…………」
僅かに遅れて俺の髪が踊り、左頬がジワリと熱くなった。
熱を帯びた頬から流れる一筋の赤い液体。
「
流血に気づいた
カミソリで切ったような鋭利な傷……
俺の頬を切りつけたそれは、遙か遠方から飛来した”なにか”だ。
「弓……か?」
確信までは持てない。
ーーいや、普通ならあり得ないだろう……
俺から正面には校庭を挟んで茂み、数メートルのコンクリート製の壁……そして大通りを挟んで大小様々な雑居ビル群……
さらにその向こうにチラホラと高層ビルがあるが……
外界から遮蔽物の多いこの場所は狙撃には向かないだろう……また光量、風……など多分条件もかなり悪い。
そして……極めつけは……
俺の感覚が確かなら……初撃は……あの方向……
高層ビル群の……あの辺り、ここからはおよそ三キロから四キロ……
ーーいや……あり得ないだろう
この環境では、最新スナイパーライフルを装備した超のつく凄腕狙撃手でも不可能な芸当だ。
「
「な、
堪らずといった顔で
「はあ?
「なっ!」
平然と答える男に、
「ひ、卑怯な!」
「卑怯?なに言ってんだおまえ……これは戦争だろ?」
「ぐっ……」
咄嗟に反論できない
「なぁ、なんとか太郎よ……俺は言ってないよな……
俺の方を向いた男は、すこぶる愉しそうに笑っていた。
ーーあり得ない……”普通”ならな
俺の頭の中には一つの可能性……”
「…………」
俺はそれには答えず、そのまま少し腰を落として次に備える。
「ひゅー!見ろよ
第三十五話「戦争」END
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