第35話「戦争」

 第三十五話「戦争」


 「どう見ても東外とが 真理奈まりなには見えねぇなぁ?えぇ?色男さんよぉっ!」


 ドスのきいた声で俺の顔をめ回す柄の悪い男。


 学園の裏庭に俺を呼び出した男は、確かに不機嫌に、しかしそれでいて欲しい玩具を与えられる前の子供のように愉しげな瞳で俺を値踏みしてくる。


 こんな時間に……暗くなってから呼び出したのは、無論、人目に付かない為にだろう。


 つまり俺は、ほぼ確実に荒事になると予想していた。


 「一人じゃないのか……?」


 柄の悪い男の問いかけに、質問で返す俺。


 天都原あまつはら学園の裏庭、指定された場所には先に柄の悪い男、永伏ながふし 剛士たけしと……あと二人ばかり、男の後ろに男女二人の学生を引き連れていた。


 学園の制服を着た男女二人……そのどちらもが、左手に布袋に包まれた長物ながものを携えている。


 ーー波紫野はしの姉弟きょうだい……か


 無論、俺はどちらの人物とも面識がある。


 「…………はは」


 「…………っ!」


 チラリと目が合った二人、男の方は苦笑いを返し、女の方は恨めしそうに睨んでくる。


 ーー波紫野はしの けんは……あんな状況で置いてきぼりを喰らわせた俺にも全く敵意が無いようだ。


 ーー波紫野はしの 嬰美えいみは……再三釘を刺したにも拘わらず、永伏ながふしの呼び出しに応じた俺に腹を立てているのだろうか?……彼女に俺の心配をする必要があるとは思わないが、面倒見の良い性格だな……


 「その……持ち主になにをした?」


 永伏ながふしはジロリと俺の手の中にある、男が持つには可愛らし過ぎるスマホに視線を向けていた。


 「…………」


 「……てめぇ、脅して無理矢理命令してんじゃねぇのかっ!」


 「真理奈まりなちゃんは自身の判断で朔ちゃんと共闘したんですよ、永伏ながふしさん」


 答えない俺に声を荒げる男。

 それをなだめるように、男の後ろに控える男子学生……波紫野はしの けんが代わりに答えていた。


 「……波紫野はしの……弟」


 「ここに来るまで……ていうか六神道ろくしんどうの会合でも散々説明したでしょ?岩ちゃんと御端みはし会長の件で、さくちゃんには協力して貰ったって……」


 「……東外とが折山こいつに何も弱みは握られていないって事かよっ?」


 「えっと……それは……弱みって言うか……どっちかというと惚れた弱み……かなぁ」


 俺をチラチラと見ながら若干楽しそうに、話をややこしくする。


 「はぁ?なんだそりゃ」


 永伏ながふしが露骨に顔を歪め、波紫野はしの けんの横に立つ黒髪少女が整った眉の間に影を落とした。


 「けっ!どっちみち関係ねぇよ!折山こいつは俺が仕切った異端の排除しごとを邪魔したんだろうがっ!」


 「だからそれが浅慮だって言っているでしょ!今はそんな事よりも御端みはし 來斗らいとをどうにかするのが六神道ろくしんどうとしての最優先課題で……」


 堪りかねたのか、黒髪少女……波紫野はしの 嬰美えいみが結構な剣幕で割って入る!


 柄の悪い男は、ジロリと自身の背後に視線を移す。


 「ほざいてんじゃねぇよ波紫野はしの姉、てめえら波紫野はしの六神道ろくしんどうの会合で横やりを入れたのを忘れたわけじゃねぇぞ!」


 「は?横やり?何言っているのよ、天都原あまつはら市を治める六神道ろくしんどうの家ともあろう者があんなならず者共を使うなんて……外道も良いところだわ!」


 「……てめぇ……嬰美えいみ


 「呼び捨てにしないでもらえるかしら、馴れ馴れしい」


 ーー確か俺とそこの柄の悪い男、永伏ながふしのもめ事だった気がするが……


 なんだか事態は意外な方向で、ピリピリと緊張する。


 ーーとはいえ、嬰美えいみ救出の手助けをした見返り……俺の出した条件を律儀に守ってくれた訳か……波紫野はしのは……


 「……六神道ろくしんどう?ふん……綺麗事並べてやがるが、嬰美えいみ、お前もそこの折山バカにやられちまった口かよ」


 「なっ!」


 嬰美えいみの白い頬がボッと朱く染まった。


 「まぁ……意外と解りやすいよね、嬰美えいみちゃんは……てか朔ちゃんは中々の”たらし”だよ、あーあ、さくちゃんは俺が先に目をつけていたのになぁぁ」


 ーー”たらし”ってお前がいうなお前が……てか、気持ち悪いことも付け足しやがって


 「ふん、図星かよ……女はやっぱり使えねぇなぁ……こんな弱そうな男のどこが……ん?」


 そこまで言いかけて、俺を見る永伏ながふしの視線が不意に止まった。


 ーーなんだ?


 「…………お前……折山おりやま なんとか太郎……」


 ーー今更なんだ……俺の顔をジロジロ見やがって、まさかコイツもその気が?


 「波紫野はしの弟……てめぇ何て呼んでた?コイツのこと」


 「?さくちゃんだけど……朔太郎さくたろうだからさくちゃん」


 「…………」


 ーーなんだ……急に固まって……?


 「…………おい、用がないなら俺は……」


 「あーーー!てめぇ!折山おりやま折山おりやま 朔太郎さくたろうっっ!てめぇなんか見た顔だと思ったら、一世会いっせいかい西島にしじま かおるのところのガキ!SEPIAに居たボーイかよっ!」


 ーーおそっ!


 ーー今気づいたのかよ……


 「ちっ……」


 相当にいらついた様子の男は、何時しかコキコキと首の関節を鳴らしながら腕をブンブン振り回してウォーミングアップを始めていた。


 「…………」


 ーーやっぱりか……どうやら話し合う余地ははなから無いようだ


 「いいぜ、なんとか太郎改め朔太郎さくたろう、かかってこいよ!」


 永伏ながふしはそう叫んで、右手の平を上に向けて、こいこいとジェスチャーする。


 「……」


 俺の方は構えずに、その相手をもう一度確認した。


 「どうした?どっちにしろ俺は守居 蛍あのおんながこの学園に居続けるのなら、排除するぜ、力尽ちからづくでもな!」


 「やはり問答無用か……」


 俺は呆れたように呟く。


 「なんだぁ?不満かよ……それとも今更ビビったか?」


 いやらしく、本当に愉しそうに拳を構える柄の悪い男……


 ーーほんと……”ひとを殴り尽くした”良い拳だよ


 俺はその男の両拳を眺めてニヤリと笑った。


 「テメェ!なに余裕こいてやがるっ雑魚がっ!!」


 ーーしかし、想像以上の脳筋のうきんだな、岩家いわいえが可愛く見える……


 俺は詰め襟の上着を脱いで脇に放り投げた。


 ーー!


 一瞬!ほんの一瞬だけ視線をそらした俺の目前に瞬時に詰め寄って来る男!


 「オラよ!」


 センスの欠片も無い叫び声と同時に、男は俺の顔面に縦に握った古武術特有のこぶしを突き出した。


 ーーちっ、古式の武術相手に、この距離はやり難くそうだな……


 顔を右にそらせて何とかそれを躱した俺は、そのまま体を前方に傾けて体当たりを試みる。


 スッーー


 体当たりで相手との距離を潰そうとしたが、永伏ながふしはそのまま後方に飛び退いてそれをきれいに躱す。


 バキッ!


 「くっ!」


 永伏ながふしは空振りの影響で前のめりによろめく俺の体をサッカーボールの様に蹴り上げた。


 「てめぇっ!?」


 だが、永伏ながふしの蹴り足をうつむいいた自身の顔面前で両腕を使いがっちりガードした俺は、片足立ちになった不安定な相手の軸足の方、地面との接点をを足払いする!


 「うおっ」


 ーードサッ!


 ぐらりとバランスを崩し、豪快に倒れる男。


 「……」


 地面に尻餅をついた無防備な相手に、直ぐに追い打ちをかけようとする俺!


 ーーっ!


 しかし、絶好の機会のはずが、俺は地面に転がった無防備な相手から飛び退いて、数歩後ろに下がっていた。


 はたから見れば一見意味不明の行動。


 絶好の機会を自らふいにする愚行……だが


 「…………」


 当の俺は一歩引いたその場で、視線を正面上方に移動させていた。


 「驚いたな……お前何者だ……その身のこなし……」


 そんな俺を見ながら、ゆっくりと立ち上がる永伏ながふし


 「!おまえ……?」


 そして、俺の視線に気づいた永伏ながふしは、俺の視線を追うように、自身の背後の上方に振り返った。


 「……ま、まさか、気づいたのか?」


 「……」


 俺は間抜けな顔をした永伏ながふしには答えない。


 ただ、最大限の注意を払って、その”なにか”に備える。


 ーー

 ー


 「すごいな……さくちゃん、これはさすがに驚愕だよ!」


 ギャラリーと化していた、波紫野はしの けんは素直に驚いた顔をする。


 「永伏ながふしさん……最初から凛子りんこさんを……」


 けんの隣に立つ嬰美えいみも、俺の一連の動作から永伏ながふしが仕込んだ”なにか”を察したようだ。


 ーーシュオ!


 風切り音!ほぼ同時に”なにか”が俺の頬を掠めるように通過する!


 「…………」


 僅かに遅れて俺の髪が踊り、左頬がジワリと熱くなった。

 熱を帯びた頬から流れる一筋の赤い液体。


 「朔太郎さくたろうっ!」


 流血に気づいた嬰美えいみが思わずだろう……叫んでいた。


 カミソリで切ったような鋭利な傷……

 俺の頬を切りつけたそれは、遙か遠方から飛来した”なにか”だ。


 「弓……か?」


 確信までは持てない。


 ーーいや、普通ならあり得ないだろう……


 俺から正面には校庭を挟んで茂み、数メートルのコンクリート製の壁……そして大通りを挟んで大小様々な雑居ビル群……


 さらにその向こうにチラホラと高層ビルがあるが……


 外界から遮蔽物の多いこの場所は狙撃には向かないだろう……また光量、風……など多分条件もかなり悪い。


 そして……極めつけは……


 俺の感覚が確かなら……初撃は……あの方向……


 高層ビル群の……あの辺り、ここからはおよそ三キロから四キロ……


 ーーいや……あり得ないだろう


 この環境では、最新スナイパーライフルを装備した超のつく凄腕狙撃手でも不可能な芸当だ。


 「凛子りんこの野郎……頭か心臓ぶち抜けって言ってあっただろうが……ビビリやがって」


 永伏ながふしは忌々しげに呟いていた。


 「な、永伏ながふしさん!これはいったい!」


 堪らずといった顔で波紫野はしの 嬰美えいみが抗議の声をあげる。


 「はあ?凛子りんこに狙わせたんだろうが?見てりゃわかるだろ」


 「なっ!」


 平然と答える男に、嬰美えいみは絶句した。


 「ひ、卑怯な!」


 「卑怯?なに言ってんだおまえ……これは戦争だろ?」


 「ぐっ……」


 咄嗟に反論できない嬰美えいみ


 永伏ながふしの言葉は確かに尤もな意見だが、波紫野はしの 嬰美えいみという人物の性格上、このやり方は納得いかないんだろうな……そんな顔だ。


 「なぁ、なんとか太郎よ……俺は言ってないよな……はなから”一対一タイマン”だなんてな」


 俺の方を向いた男は、すこぶる愉しそうに笑っていた。


 ーーあり得ない……”普通”ならな


 俺の頭の中には一つの可能性……”天孫てんそん”という反則技チートが浮かんでいた。


 「…………」


 俺はそれには答えず、そのまま少し腰を落として次に備える。


 「ひゅー!見ろよ嬰美えいみ、こいつの方がよっぽど理解してるぜ、敵に出来て勿体ないくらい楽しみな男だぜ!」


 永伏ながふしは口の端を上げて満足そうに笑い、そして再び拳を縦に構えた。


  第三十五話「戦争」END

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