第66話 分かたれし者
──Side 幸希
「地上の皆はそのまま、僕達が殺(や)り損ねた敵の迎撃、及び、守りを主(しゅ)として構え!! 上空で頑張ってる子達は、死なない程度に奮闘しちゃってね!! さぁ、愛する子供達(世界)を全力で守るんだよー!!」
『外』から放たれる強大な力によって、激しい揺さぶりをかけられているエリュセード。
大地の震えは景色の輪郭を歪ませ、世界を巡る大気は本来の清らかさを失い、破滅の予感に荒れ狂っていた。
覚醒を迎えたエリュセードの神々は現在、二手に分かれて自分の役目を果たそうとしている。
地上を守る者。上空に配され、敵の軍勢に立ち向かう者。
彼らは、レヴェリィ様の可愛いけれど漢気に溢れたその雄々しさに惚れ惚れとしながら、負けじと大声で頼もしい応えを響かせる。
だけど……。
次にいつ、希望に満ち溢れた陽の光を見られるのだろうかと、内心で不安に怯えている神々が多い事は、それぞれの表情を見れば察する事が出来るだろう。
原初の神である十二神の方々とは違い、この現場に駆り出されている他の神々はエリュセード神族ばかり……。
ディオノアードの欠片を取り込み、その長き眠りから目覚めたエリュセードの神々は、準備運動なしで本番に放り込まれたも同然。
気概のある神々以外には、可哀想な仕打ちとしか言えない。
「おらぁあああああああああああああっ!」
「ハァアアアアアアアアアッ!」
おどろおどろしい、大口を開けている異形の魔物達の中心から放たれた眩い閃光。
最期の断末魔を響かせる慈悲だけを与えられた魔物達を鮮やかに消し去ったのは、抜群のコンビネーションで戦闘に参加しているルディーさんとロゼリアさんだ。
深紅の長い髪が荒風に弄ばれ、ロゼリアさんと手を打つその好戦的な闘争本能に燃える顔は、本来の姿である、大人のもの。
まだ本調子でないはずのロゼリアさんは、ルディーさんの補佐という形で参加しているけれど、……大丈夫。
ルディーさんはロゼリアさんの体力や状態を把握しながら、彼女を支えてくれている。
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
その二人から遠く離れた反対の方向では、美しい青を帯びた白銀の光が強大な神力を発しながら激しく輝いている。
サージェスさんの神としての存在を表す巨大な紋章が浮かんでいるその光が、一斉に無数の矢を思わせる形を纏って敵の軍勢を射抜き、各所で大爆発を起こしているみたいだけど……、まさに容赦なき滅殺の光景だ。
「ごめんねー。俺はソル様達みたいに滅茶苦茶強いってわけじゃないから、ふふ、ついつい数で勝負しちゃうんだよね」
「えげつねぇっ!!」
遠くから大声で素直な感想を叫んだルディーさんだけど、ルディーさんも、自分の神の紋章を発動させて激しい炎の奔流を纏い、一気に敵を飲み込み燃やし尽くしているから……、あまり変わらないと思う。
どちらも容赦なし!!
「どわああっ! サージェスぅううっ!! こっち撃ってくんなぁあっ!!」
──と思っていたら。
ルディーさんがサージェスさんからの神器による攻撃をギリギリで受けそうになったようで、とてもお怒りだ。だけど、サージェスさんがそんなミスをするわけがない。
一撃かと思われたその矢はルディーさんの腕ギリギリを通り抜けた直後、隠していた本性を表すかのように輝きを膨れ上がらせ、その背後に迫っていた魔物達を急回転しながら曲射し、一気に消し飛ばすに至った。
ルディーさん達の近くに飛んできたサージェスさんの表情は、まるで弟を心配する優しいお兄さんのようだ。
「駄目だよー、ルディー君。ロゼちゃんが心配で注意が色々大変なのはわかるけど、やっぱり隙が出来ちゃってるよ。すこぉーしだけね」
「ぐっ……! き、気を付けるっ。すまねーな、ロゼ」
「いえ。元々、私の我儘が悪いのですから。申し訳ありません、サージェスティン殿。足手纏いにならぬよう、このロゼリア、命を懸けて事に当たらせていただきます。」
「うん。努力と根性は大事だけど、ちょっと気を張りすぎかな。はい、深呼吸してー……、よし、余計な肩の力は抜いちゃおうね」
「は、……はい」
「おい! サージェス!! 熱烈なお出迎えのご登場だぜ」
その様子を見ていた私の方も、少しだけ和らいだ気配を感じほっとしていたのだけど、──事態は優しさなど与えてはくれない。
エリュセードという世界の外からは続々と魔物の軍勢達、災厄の化身達も混じって送り込まれて来ている。
ロゼリアさんを一旦、負担の少ない所まで下がらせると、ルディーさんとサージェスティンさんは互いに背中合わせになって武器を構え、対峙する異形の者達に向けて浮かべたのは、死の宣告を突き付けるかのような、挑戦的で勇ましい笑み。
ほんの一瞬。二人を中心に時が止まったかのような気配を感じた直後、凄まじい爆発の音が空中で弾け、魔物達の断末魔が響いた。
「十二神の奴らの方が何億倍もすげぇんだろうが……、あの二人もアレだよな」
こっそりと、二人の活躍に小さく拍手をしていた私の隣で、カインさんがげっそりとしながら感想を漏らす。
確かに……。十二神の方々と他の神々の力の差は比べるべくもない、と言われているけれど、ルディーさんとサージェスさんは、親神様の力がとても強大で、その子として生まれた者として、同等に、それ以上に、戦闘能力も潜在能力も非常に高いのだろう。
「ソルの言いつけ……、『自分が滅ぶ事あれば、それ以降、エリュセードへの立ち入りを禁ず』ってのを守ってる神々(奴ら)(奴ら)が大半だってのに、物好きだよなぁ、アイツらも」
「でも、そのお陰で今、頼もしい味方を得られています」
「だな。──行くぞ」
「はい」
お父様が張ってくださった強固な結界の中。
私とカインさんは互いに向き合い両手を組み合わせながら顔を近づけ、額同士をそっと触れ合わせる。
「フォローは俺に任せろ。いいな?」
「……はい」
意識を自分の奥底に眠る魂へと集中させ、衣の色を変えるが如く、私達は地上にて生を受けた器を光へと変換し、別の衣を纏う。
遥か古の時代に授かった、本来の器を──。
「その姿での貴方を見るのは、本当に久しぶりですね」
「お前もな。ま、中身がお前なら、俺はどっちでも好きなんだけどよ」
それが本音だと知っているから……。
その切なげな笑みを向けてくる、漆黒の闇と美しい青の色彩を抱く男神となったカインさんの頬のお肉をぷにっと掴み、少しだけ引っ張る。
「カインさんは、どっちの器でも、イケメンですね。 見ているだけで溶けちゃいそうですよ? ふふ」
「……ふんっ。落ちなかったくせによ」
「ふふ、ごめんなさい。さぁ、お仕事ですよ」
「へいへい。あんまり無理すんなよ?」
カインさんの瞳に映る、真紅の双眸と長くふわりとした黒髪の女神(私)
。
「大丈夫です。『先生』の許で力の扱い方はみっちり教わってますから」
災厄によって支配されていた本来の器だけど、浄化の力によってその穢れは払われ、戻っても問題はなくなっていた。
ただ……、私自身が抱えている問題の方が、少々厄介なのだけど。
「エリュセードの外……、まずはあの大口開けた災厄もどきを片付けるぞ」
二人で見上げたのは、曇天のその遥か先。
恐ろしいほどの永い永い時の中、はじまりの世界に取り残されていた災厄達は自分達の手で様々な存在を生み出していた。
そのひとつが、今、異形の魔物達をこのエリュセードに送り込んでいる『災厄の怪物』だ。
まるで母親のように魔物やそれに類する存在を生み出し続ける、災厄の意思を受けた存在。
あれがあそこに在る限り、エリュセードには絶えず魔物達が送り込まれてくる事だろう。
私とカインさんは手を繋ぎ、行く手に群れとなって立ち塞がる魔物達をど真ん中から光になって貫き、エリュセードの外を目指す。
「グガァアアアッ!!」
「ギィイイイイッ!!」
「二人の通行の邪魔だよ!! ハァアアアッ!!」
「お逝きなさい!! 汝が在るべき無の地獄へと!!」
数にものを言わせて分厚い壁を作った魔物達。
その壁をレヴェリィ様とトワイ・リーフェル様が協力技で打ち砕き、塵も残さず消し去ってくれた。
このまま一気に『災厄の怪物』を貫き、浄化できれば──。
「──お母さまぁ~、ばぁあっ!!」
「──っ!!」
あと少しでエリュセードと外の境目に飛び込めると確信していたのに、目の前に至近距離で現れた人影、女神ファンドレアーラの姿を象った災厄によって進路を阻まれる。
私とカインさんは災厄からの攻撃を防御するのと同時に地上へと向かって吹き飛ばされた!
「セレネ!!」
「カイン!!」
別々に飛ばされた私達を、トワイ・リーフェル様とお父様が受け止め支えてくれる。
私はトワイ・リーフェル様の腕の中でよろりとしながら瞼を押し上げ、攻撃を仕掛けてきた災厄を見上げた。
「ど、いて……っ」
「ふふ、健気で一生懸命なお母様。愚かでどうしようもない、弱いお母様……。外にある『道具』を壊しても、次はいくらでもあるのよぉ? はじまりの世界で退屈な時を持て余している間、いっぱい作った。い~っぱい。ふふ」
あの災厄達にどれだけの時間があったのか。
あまりに恐ろしすぎて数えたくもないけれど、……やっぱり、外にある『あれ』を浄化しても、作られたその全てを刈り尽くさないと意味がない!!
「セレネ、いえ、ユキさん……。あの災厄が語る茶番に付き合う必要はありませんよ」
「フェルお父様?」
普段浮かべている、ニコリとした笑顔ではなく、その真摯な光を宿すオッドアイの双眸が真剣に語りかけてくる。
「もうすぐ、俺達の故郷であるはじまりの世界が、このエリュセードに到達します。それまでの時間を凌げれば、この世界は、俺達の生きるこの時空は救われます」
その件に関しては聞いている。
十二神の力で作り上げた別空間を檻とし、はじまりの世界をそこに封じると……。
だけど、それが果たして……、可能な事なのかどうか。
封印という形を取ったとして、それで全てが終わるのか、実はずっと心の中で……、疑問を抱いていた。
「俺達では無理だと、心配だと、そういう顔をしていますね」
「ち、違います……っ。ただ」
私とカインさんが記憶と自分の役割を失ったせいで、この時空には把握出来ないほどの災厄の種が芽吹いているはずだ。
たとえ災厄の種にそれほどの危惧する力がないとは言っても……。
それに、心配な事はまだまだあって……。
「ねぇ、お母様! お母様は十二神達に守られて幸せでしょうけど、『他』が今どうなっているのか、少しは気にしたらどうかしら?」
ひらひらとドレスの裾を靡かせながら私の前へと降りてきた災厄。
その顔が絶望に染まる事はなく、艶やかな笑みで愉し気に語り続ける。フェルお父様の腕から離れ、自分の足で災厄の前に立とうとした私だったけど、前に出る事は出来なかった。
フェルお父様の手が私の左の手首を掴み、首を振る。
「災厄は余計な事しか語りません。ユキさん、貴女を絶望させる為に、自分達の目的を果たす為に、貴女を壊す事しか考えていない。相手など、する必要がない存在です」
「あらぁ~ん、決めつけちゃうのは駄目よ~? そ~れ~にぃ~、お母様には大事なお話を持って来てあげたのよぉ~」
「大事な、話……?」
それがろくな事でないのは聞かなくてもわかる。
だけど、私を絶望に落とそうと、自分達にとって都合の良い傀儡にしようとしているこの災厄達がまた何かしたのかと、不安で鼓動が逸る。
「言いなさい……っ。今度は何をしたの!?」
「あはははっ! 全部お母様のせいなのに、周りの命が破滅を辿るのは貴女のせいなのに、そんな怖い顔を見せないでほしいわぁ。ふふ、ふふふふふふ」
奥歯を強く、強く、噛み締めながら私は前を睨み据える。
暗雲を背に嗤う、 女神ファンドレアーラ……、大切なお母様の姿をしたそれ。
「用件だけ言って。誰に何をしたの!?」
「あら、強気な目ねぇ~。ふふ、──だけど、その前に」
災厄の指先が擦れ合い、鳴らされたひとつの音。
それは小さな音でしかないはずなのに、エリュセードの世界全体に響き渡るかのように大きく響いた気がした。
そして、それを合図に恐ろしい鳴動を始めた世界の異変。
「エリュセードの瘴気が……!!」
世界のあらゆる場所から瘴気の気配が穢れた煙のように立ち昇り、エリュセードの中心へと向かって渦を巻きながら急速に集まってくる!
「やはり、そう来ましたか」
「フェルお父様?」
「こちらとしては、的がひとつになって都合が良いですが……、ユキさん」
「は、はいっ」
私をその腕の中にしっかりと抱き込むと、フェルお父様が真剣な声音で私の耳元に囁きを落とした。
「行きますよ」
「へ?」
だからっ、そんな素晴らしい美声で囁かないでぇええっ!!
たとえ身内に対しても少女期の過剰反応は健在で、心臓が危険信号を大きく打ち鳴らした途端、フェルお父様は転移の術によって、何処かへと私を連れて飛んだ──。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──先手必勝!! 恨んじゃ駄目ですよ!!」
「え? えええええええっ!?!?」
光の先に待っていたのは、フェルお父様の問答無用の声と、『何か』に放たれた特大の雷撃音!!
一体何が起こったのかと瞼を開けた私は、まず一番に雷撃の激しい閃光に目を晦ませ、もう一度きつく瞼を閉じた。
「う~ん、やっぱりこの程度じゃ活動停止にはなりませんか……。しぶと過ぎて笑っちゃいますねぇ」
「な、何が……っ。それに、ここは」
神力で目の負荷を癒した私がもう一度瞼を押し開けると、辺り一面焼け野原になっている、かつての花畑の哀れな姿が瞳に映った。
遠い昔、はじまりの世界にて、十二神が集まる大神殿にあった美しい花畑を模した庭園。その場所が、まだ炎の荒ぶりによって嬲られ、残っている花々さえも……、呑み込んでいく。
それに、庭園の至る所に破壊の跡が見られ、瓦礫の山も幾つか積み重なっているようだ。
「あ……」
私の目の端を、白い花びらが……、焼け焦げながら宙の間で散って……。
「俺の施した封じさえ意味をなさなかったとは……。はぁ、『君』の愛は、何よりも忌むべき狂気ですね。──息子君」
「え」
フェルお父様が私を離さずに、いや、視線の先の何かから守るかのように庇い、瞳を剣呑に眇める。
さっきの雷撃が落ちた方……、真っ黒な煙が徐々に晴れ始め、その中にひとつの姿を映しだす。
「あれ、は……っ」
雷撃を受けたせいなのか、所々が破れた黒の衣服を纏った人影が、自身の顔についた汚れや血を拭いながら起き上がってくる。
黒銀の長い髪……、神秘的なアメジストと、大自然を表すかのような深緑の双眸を抱くオッドアイ。
そして、フェルお父様の腕の中にいる私をその瞳に映したその人は、驚きと共に微かに目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ユキ……」
「──っ」
私の、よく知っている人……。
だけど、いつもの冷静沈着な真顔でもなく、意地悪を仕掛けてくる時の、私を大切に見守ってくれていた時の保護者の顔でもない……。
同じであって、同じではない……、もう一人の、貴方。
「やっと、……会えた」
「『ルイ』、さん……』」
私が天上に在った頃、世話係の二人から逃げて舞い降りた地上のある国で出会った、異界の神様。
人間のふりをして、お医者様の真似事をしていた彼。
あの時の彼は、『ルイ』と名乗り、私もその音で彼を呼んでいた。
私が兄のように慕うルイヴェルさんの……、本当の、姿。
だけど、神の力と記憶を取り戻した時のルイヴェルさんとは決定的に違う。あれは……、今、目の前にいるあの人は──。
「過去、数多の神々が報われぬ恋に血の涙を流し、その想いを封じてきました。ですが、神も、人も、たとえ強大な力を以ってしても、それは完全なものではなく、むしろ、とても脆いものなのかもしれません」
「フェルお父様」
「ユキさん。かつて、このエリュセードという世界で貴女に出会い、貴女に恋をした男神……。俺の三番目の息子、『ルイヴェル』は、貴女への強すぎる恋情と、貴女をアヴェルオードに害され、爆発した憎悪の情を制する為に、自身を『二つ』に分け、封じの術を行いました」
そうしなければ、ルイさんは『私』との約束を果たせなくなる。
あの時……。あの、天上で神としての私が眠りに就いた晩。
嫉妬という情によって突き動かされ、ルイさんを害そうとしたアヴェルオード様の一撃を引き受け、重傷を負った『私』。
ルイさんは、怒りという激情に駆られて、アヴェルオード様を殺そうとした。
だけど、『私』はその腕に縋りついて、懇願したのだ。
これは『私』自身のせいだから、どうか、どうか……、アヴェルオード様を責めないで、殺さないでほしい、と。
勿論、ルイさんの怒りはおさまらず、説得は難を極めた。
だけど、最後にはわかってくれた。
「貴女の願いを聞き届ける為には、貴女への想いを捨てる道を選ぶしかなかった……。我が息子ながら、よくそれを決められたものだと感心しましたよ。──ですが」
こちらにゆっくりと歩み寄って来ようとしているルイさんに哀れみをのような気配を向けながら、フェルお父様は続ける。
「一度抱いた感情を、誰かを愛おしく想う心を、術で全てなかった事に出来るわけがないんですよ。たとえ一時的にその想いを手放す事が出来たとしても、ふとしたきっかけで、長い年月の中で、封じたはずの想いが自身さえも壊しかねないほどの奔流となって解き放たれる事もある……」
「ユキ……、ユキ……。俺の、……唯一の、愛おしい……、花」
「ルイさん……」
伸ばされたその手に、思わず私も手を伸ばしかけるけれど、フェルお父様が制止の声と共に、私へと視線を落とし、首を振る。
応えてはいけない、と。
「ルイヴェル、君も、これ以上近づいてはいけません。──災厄の力に蝕まれたその身ではね」
「ぐっ!」
ルイさんに向かって放たれた、二発目の雷撃(らいげき)。
フェルお父様がそれ以上こちらに近づけないように私達の周りに結界を張り、さらなる雷撃(らいげき)を放つ!
「フェルお父様!!」
「情けをかけてはいけません! あの子は、さらに強力な封じを掛けた俺の術さえも打ち破り、もう一人のルイヴェルという殻を破って、ある意味で本来の自分に戻ったのです。災厄の力を受け入れるという、最悪の事実を背負って……」
直撃を受けても、ルイさんはまるで幽鬼のように立ち上がり、一歩ずつ、こちらへと向かって近づいてくる。
それに、フェルお父様から受けた傷が……、どんどん何もなかったかのように塞がって……、服も、全部が。
神なのだから治癒の効果など当然なのかもしれない。
だけど、原初の神の一人であるフェルお父様がつけた傷が、そんな簡単に癒えるなんて……!
「一応、死なない程度レベルで攻撃しているつもりですが……、随分と図太く……、忌々しい力の波動と共に挑発してくるものだ」
一度は封じた心を解き放たれ、本来の自分に戻ったルイさん。
だけど、それは歪な形となり、私達の前に在る。
「一人だけ我慢させておくなんて、可哀想だもの。だから私達が力を貸してあげたの。『原初の災厄』……、効果は抜群みたいだわ。ふふふふ」
まるでこの世に未練を遺した幽鬼のようにゆらりと佇むルイさんの背後に現れた、お母様の姿をした災厄の化身。
ルイさんに絡みつくその白い細腕はか弱そうで、艶めいた印象を与えるけれど……、あれは毒蛇そのものだ。
フェルお父様が施したという強い封じ。
それを打ち破り、私への恋情と、アヴェルオード様への憎悪を抱いた面であるルイさんが目覚めた事……。
その全てが、あの災厄の笑みによって肯定されている。
「ユキ……、俺の愛しい、俺だけの、……花。……寄越せ、……寄越せ、……俺の、花を、俺の──っ!!」
「愚息如きが笑止千万ですよ!!」
神の力と災厄の恩恵が混ざり合い、庭園全てを呑み込むかのような凶悪過ぎる一撃が大きな衝撃波となって爆発する。
だけど、フェルお父様が私を後ろに庇ったまま片手を突き出し、大口を開けた獣の如く襲い来る一撃に同じく神の力を宿した一撃を放ち相殺にかかった。
原初の偉大なる十二神と、その魂の欠片と力を受け継ぐ子。
その力の差は圧倒的だと思っていたのに──。
「──っ!」
「フェルお父様!!」
相殺どころか、ルイさんの攻撃を無効化して、そのままフェルお父様の一撃が勢いを増して返り討ちの効果を生む、そう思っていたのに……!
突然、ルイさんの神の力と災厄の力が膨れ上がり、フェルお父様の力と再度ぶつかり合ったかと思ったら……、まさか。
「フェルお父様!! 大丈夫ですか!?」
信じられないと目を疑った。
あの、最強とも謡われる十二神の一人であるフェルお父様の力を上回り、相殺でもなく、……その御身に傷を付ける事が出来るなんて!!
即座にフェルお父様の前に回り込み、私は神の力を行使すると共に結界を張り、災厄の力に対抗する為の浄化の力を送り込み抗う。
頬と腕から血を流しているフェルお父様も私の意図を察して攻撃を守りに切り替え、厚みのある強い結界を張り息を吐く。
フェルお父様に予想外の傷を与えておきながらも、ルイさんの攻撃が止む事はない。
今度は巨大な炎の龍にも見える存在を生み出し、何度も何度も結界に体当たりしてくる!
「やって……、くれますねぇ? 愚息君」
「ふぇ、フェルお父様!?」
「ふふ、ふふふふふ……。大丈夫です、大丈夫ですよ、ユキさん……。息子には反抗期がある、ということを思い出しただけですから」
「いやっ、娘にも反抗期ありますよっ、じゃなくてっ、顔がっ、顔が怖いです!! すっごく凶悪になってますよ!! フェルお父様ぁああああっ!!」
セレネフィオーラ時代には、絶対に見せないようにしていた凶悪極まりない、その好戦的というか、殲滅的というか、とにかくっ、敵の死が確実に決まったかのような表情を浮かべたフェルお父様に、私が震え上がりながらも結界と浄化に力を注ぎ続ける。あぁっ、嫌な予感しかしない!!
フェルお父様はルイさんへの嘲笑と共に自分の頬から流れ落ちる血を拭い、その赤く濡れた指先を、──ビシッ!! と、まだ攻撃魔術やら神術やらをぶつけてくるルイさんに向けて突き付けた!
「愚息の悪事を正すは、父の務め!! このトワイ・リーフェル、その捻くれまくった心と、しかと向き合いましょう!! 全力を以って! 完膚なきまでに!! パパ許してぇっ!! と泣き喚いて許しを請うまで相手をしてあげましょう!!」
だからっ、それ全然父親として向き合ってませんし!! ついでに言いますと、息子さんを殺す気満々じゃありませんかねぇええええっ!?!?
「あらぁっ、可愛い息子の願いを叶えてあげようと思わないのかしら? そんな怖い顔で睨みつけたりしないで、息子を抱き締めてあげればいいのに、ふふ」
「ええ。抱き締めてあげますよ……! 父の全力を味わうということは、父の愛を全力で感じるということ!! この父の抱擁に手抜きの愛などなし!! ──さぁ、行きますよ!! 『ルイヴェル』!!」
私を下がらせ、その両手を天に翳しながら解放する神の力たるや!!
十二神の創りし、強固な大神殿が、はじまりの世界を模したこの空間そのものが、フェルお父様の強大な神気の解放に呼応して、まるで神の存在を讃えるかのように震えている!
その鳴動は、例えるならば畏怖と畏敬の念が奏でる厳かな歌声。
黄昏色とも、黄金の輝きとも呼べるかのような、膨大な神気がフェルお父様の身体から迸り、その光が天に突き出している両手に集まっていく。
──あ、やっぱりこれ、本気で殺る気満々の流れだ~!!
止めたい。全力でフェルお父様に縋りついて今すぐやめさせたい!!
いくら十二神の息子でも、神経が図太くて飄々としているルイさんでも、フェルお父様が今放とうしている一撃を受けたら、一発で死ぬ!! 神の器どころか、魂も粉々に砕けてしまう!! でも、今手が放せない私に出来る事は、訴え続ける事だけだ。
「フェルお父様っ、やめてください!! その力でいくと、まず間違いなく、ルイさんも、ルイヴェルさんも死んじゃいますぅうううううううう!!!!!!」
神の器が壊れるだけならまだマシだけど、魂である神花が破壊されてしまった場合……、ルイさんだけでなく、私の知っているルイヴェルさんも道連れになる、ということだ。
恋情と憎悪を封じて、私を助け続けてくれたルイヴェルさん……。そして、私を想い、私のせいで憎悪を抱かせて狂わせてしまったルイさん……。
このままじゃ、どちらも失って……、永遠にも永い時を彷徨わせてしまう事になってしまう!!
「ドストライクで昇天させてあげますから、動いちゃ駄目ですよ──!!」
両手は使えない。
フェルお父様は私の制止の声も聞く気はなし。
このまま何もせずにいたら、ルイさんにフェルお父様の一撃必殺のようなあの神気の塊が本当にドストライクで阿鼻叫喚の最期を与えてしまう!!
──こうなったら!!
「父の愛のいちげ」
「ていっ!!」
「へっ? うわっ!!」
今まさに神気の一撃をお見舞いしようとしていたフェルお父様の足元を狙い、唯一使用可能な自分の足でそのバランスを蹴り崩す!
味方側の私から横やりが入るとは思っていなかったフェルお父様がツルッとその場で後方へと尻もちをつき、反動で空中高くへと強大な神気の塊を飛ばしてしまう。
「ゆ、ユキさんっ!? 何をっ!!」
神の手を離れた神気の塊。
ルイさんに向かって放たれた後だったら間に合わなかったけど、その直前にフェルお父様の神意から切り離す事に成功したから、後はもう空高くまで昇って霧散するだけだ。
「父親が息子さんを殺すなんて駄目です!! 絶対に駄目!!」
「ユキさんっ……、──あ」
「え?」
結界を維持しながら懇願する涙目の私……、ではなく、あれ、何故か、神気の塊が上っていった大空高くを……。
同じく空を見上げた私の目に、神気の眩い光にまじって、何か見えた。……え? あれ、人!?
相変わらず、ルイさんの放ってくる炎の龍からのアタックで結界がドンドン揺れているけれど、……私は悟った。
あぁ、もう今度こそ止められない。無理。
ぽかーんと、間抜けな表情で口を開けながら私が見上げる先。
荒々しい風と、炎の龍から舞い散る鱗のような火の粉を受けながら、ボロボロの白衣が大空にはためいている。
そして、対となるかのようにもうひとつ、人影が──。
「あれは──っ」
「おやおや、我儘な子供達ですねぇ。ふふ」
まだ形を保っている巨大な神気の塊が、二人分の強烈な圧を込められ、サッカーボールのように蹴り飛ばされながら『ゴール』へと向かって突っ込んでいく!
……勿論、ゴールは決まっている。
神気の塊の剛速球さながらのスピードと勢いに、まず炎の龍が丸呑みにされ、即座に結界と相殺の為の神気を放ったルイさんの立つそのど真ん中に……、あ、あぁぁぁぁっ!!
フェルお父様の神気の塊を見事にルイさんへとゴールさせてしまった闖入者。
吹き荒れる突風と熱の気配を感じながら、ぺたんと座り込んだ私は、背後に響いた靴音に苛立ち振り返る。
「なんて事をしちゃったんですか!?!? アレクさんっ、ルイヴェルさんっ!!」
全身傷だらけで、血もいっぱい流れているのに……、私が振り向いて怒った先には、全く悪びれもしていない、私が知っている、いつもの白衣姿のルイヴェルさんと、少しだけ申し訳なさそうにしているアレクさんの姿があったのだった。
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