第54話 懐かしき面影の世界。

 ――Side 幸希


「レヴェリィ様、トワイ・リーフェル様……、ここは」


 小さな島の中に隠されていた、『入り口』。

 お父様が原初の神であるソリュ・フェイトとして覚醒し、十二神の方々と共に創られた別空間が在る場所への道標(みちしるべ)。

 私とルイヴェルさんは二人の神に導かれ、小さな十二色の輝きと共にこの地へと訪れた。

 お父様達が来るべき時の為に準備を重ねてきた秘密の場所。

 行方知れずとなっていた、今はもう滅びを迎えた『はじまりの世界』と共にエリュセードへと近付いているという、――災厄に立ち向かう為の。

 だけど、私とルイヴェルさんが目にした別空間に広がっていた景色は、予想外のもので……。

 物々しい雰囲気はまるでなく、ただ、……ただただ、美しく穏やかな緑の大地と、晴れ渡る蒼空(そら)が私達を出迎えてくれた。

 レヴェリィ様が悪戯っ子のように微笑み、私の前に立つ。


「本物じゃないけど、――ここは僕達の故郷、はじまりの世界を模して創ったんだ……。僕達十二神以外に生命は存在していないけどね……」


「…………」


 愛らしい少年の姿をしたレヴェリィ様の背後に広がる世界。

はじまりの世界。原初の神々が創り出した、最初の地……。

 私の、……始まりの魂である、セレネフィオーラが生まれ、愛し、育まれ生きた世界。

 この空間は、ガデルフォーン皇国と同じくエリュセードに属しているけれど、エリュセードの何倍も広大な地なのだと、トワイ・リーフェル様が教えてくれた。

 十二神の方々が滅びた故郷を懐かしみ、もう一度その場所に在りたいという願いを込めて創り出したのだろうか? そんな疑問を、レヴェリィ様が読み取ったのか、首を振る。


「違うよ。ここは、――災厄に終焉をもたらす地」


「え……」


「エリュセードの中に創ったこの世界は、俺達にとって雪辱戦の地でもあるのですよ。わざわざ災厄の為に俺達が心を込めて準備を進めてきたんです。今度こそ、確実に仕留めますよ」


 笑顔だったお二人の表情が引き締まり、その瞳の奥に決意の光が輝いたかのよう見えた。

 お父様や十二神の方々は、たとえその身を、魂を滅ぼされようと、決して屈したままではいない。

 長い、永い時の中で悲しみと怒りを抱えながら、ようやく切願を果たす時がきた。

 愛する故郷、愛おしみ、見守ってきた全ての生命(いのち)への弔い。

 この地は、全てのはじまりであり、そして……、願いの成就を果たす場所。

 

「あの時は突然の事で事前情報もないわ、対策も立てられないわで瞬殺されちゃったからね~。だけど、今回は絶対大丈夫!! エリュセードに災厄が、僕達の滅びた故郷が到達したら、この空間に引き摺り込んで、一気に片を着けるからね!! そうすれば」


「エリュセードや他の世界に眠っている小さな災厄の種も、それほどの脅威にはなりません。なにせ、強大な力を与える元凶が消え去るんですからね」


 お母様が、女神ファンドレアーラが災厄の女神と化したのは、はじまりの世界から切り離され、このエリュセードへと辿り着いた強大な力の一部に寄生されてしまったから……。

 だから、その元凶を叩き消し去れば、悲劇は二度と起きない。

 微笑するお二人に頷いたけれど、……なんだか、すっきりとしないような気がする。

 災厄の存在に対する疑問を覚えた時から、ずっと、ずっと、……違和感が、消えない。

 レヴェリィ様がお父様のいる大神殿を目指し地を蹴り、トワイ・リーフェル様もそれに続く。

 だけど、私はまた自分の考え事に気が向いてしまって、飛び立つのが遅れてしまった。

 俯いていた私の肩に、ルイヴェルさんの手が触れる。


「行くぞ」


「あ、は、はいっ」


 少しだけ驚きながら見上げた私の手首を掴み、ルイヴェルさんがぐいっと引っ張って大空へと連れて行ってくれる。多分、私が何を考えていたかお見通しなのだろうけど、ちらちらと私を振り返ってくる深緑が、「心配するな、大丈夫だ」と気を使ってくれているような気がして……。

 

『お前は、お前の想う者と添い遂げろ』


 ついさっきの、二人で島を目指していた時のルイヴェルさんの言葉を思い出す。

 たとえ今は一度抱いた想いが封じられていても、この人には当時の記憶がある。

 強く、熱く求める想いが消え去った、異界の神様。

 ルイヴェルさんは……、どんな思いで、私にあの言葉をくれたのだろうか……。

 私は自分の想いを封じた事がないからわからないけれど、昔……、聞いた事がある。

 想いを感じなくなっても、決して楽になれるわけではない、と……。

 手を引いてくれるあたたかなぬくもりを感じながら、私は呼んだ。

 今、一番この人に対して返したい想いが溢れる、その呼び名を。


「ルイおにいちゃん……」


「……」


 何があっても、変わらない想い。それは、異性に対する愛情ではなく、家族同然に慕ってきた人への感謝の気持ちが込められた音だった。

 そう、私はこの人に、ルイおにいちゃんに、心からの感謝を伝えたい。

 向けられた想いにどう応えればいいのか、何を返せるだろうかとばかり考えていたけれど……。

 答えは簡単だった。私は、私を心から愛してくれた人達から逃げずに、まっすぐに向き合い続けていれば良かった。望まれた想いを返せなくても、別の誰かの手を取る日が来ても、最後に、この心を、自然と胸の奥から溢れてくる感謝の気持ちを伝えたい。

 わかっていたようで、心では理解していなかった単純な事。

 向けられる想いに誠実な心を返す。辛くても、相手を傷付けるとわかっていても、私に出来るのは、真心を返す事だけ。その真心が、正面から向き合い、相手の心にどんな形でもちゃんと応える事が、私のすべき事だった。そう、今、この心で本当に理解したような気がする。


「……」


 ルイヴェルさんが振り返り、私の事をじっと見つめてくる。


「生憎と、もうソル様の所に着くからな。抱っこをしてあやしてやる時間はない。帰る時まで我慢していろ」


「は、反対ですよ!! 赤ちゃん扱い!!」


「子供扱いのつもりだったが、そうか、赤ん坊か……。ははっ、一から子育てを要求されるとはな。まぁ、面白いから考えておいてやる」


「考えないでください!! もうっ!! ルイおにいちゃんの馬鹿っ!!」


 久しぶりに、ルイヴェルさんが心から楽しそうに笑ってくれているような気がする。

 一度手を放したルイヴェルさんが隣に寄り添ったかと思うと、ニヤリと笑って私をお姫様抱っこの仕様にして抱き上げ、もうすぐ着きそうだった空中の大神殿の周りを三週ほど飛びまわってから目的の場所に降りた。まるで、駄々っ子の願いを叶えるかのように……。

 

「――おやおや、楽しそうでしたねぇ。息子君、パパとは絶対そういう仲良し交流してくれないのに」


「したければ、長男と次男にでも頼め」


「る、ルイヴェルさん……っ」


「あははっ! ルイ君、それ、どっちにもうげっ! って顔されて、フェル兄様が泣く未来しか見えないから、後で付き合ってあげなよ~!」


「謹んでお断りいたします。行くぞ、ユキ」


「ルイヴェルさん、一回ぐらい……」


 トワイ・リーフェル様が可哀想でそうお願いしてみたけど、王宮医師様の顔には「全力で拒否だ」のありありとした冷たい気配が……。

 私の肩を抱いて大神殿の奥に進むルイヴェルさん。

 背後で、トワイ・リーフェル様がクスクスと面白がっている気配から考えると、むしろ、自分の息子さんに思いっきり嫌な顔をされるのが楽しいご様子。

 レヴェリィ様もわざとらしい声で、「フェル兄様、お~、よしよし! 息子君は恥ずかしがり屋さんなんだよ~」とか言ってるし。

 ルイヴェルさんの顔には青筋が……。完全にいじり対象にされてるんですね……。

 そんな二人を引き離したいのか、ルイヴェルさんの足がどんどん速くなっていく。

 走っているわけではないのだけど……、うん、これは競歩みたいな感じだ。

 

「る、ルイヴェルさん、ちょっ、……は、速いですって!」


「頑張れ。足の良い運動になる」


 薄暗い大神殿のあちこちに配されている白い光の炎に照らされながら、私は必死になって王宮医師様の華麗なる速足に合わせて前に進んでいく。

 でもこの大神殿の中、分かれ道も適度にあって迷いそうなのだけど、ルイヴェルさんの足取りに迷いは微塵もない。規則正しい靴音を響かせながら道を進み、途中でようやく速度が落ちたかと思うと、前方から何やら大声が……。


「ユキぃいいいいいいいいいい!!」


「か、カインさん?」


 あ、そういえば、アレクさんのご実家で再会してから、……またお父様に首根っこを掴まれて連行されていたんだった。

 カインさんは神殿内を全力疾走しながら近づいてくると、私に抱き着こうとでも思ったのか、宙高くに跳躍し、――あ。


「ぐはぁああああああああっ!!」


 カインさんの目的地点にいた私をルイヴェルさんがサッ!! と、自分の後ろに庇い、まさかの攻撃陣で即座に迎撃!! 生み出された竜巻がカインさんを飲み込み、すぐに消えて霧散する。

 後に残ったのは、石の地面にぐしゃりと落ちた……、残念な犠牲者。


「か、カイン、さん……っ、だ、大丈夫、ですか?」


「る、ルイヴェル……っ、てめっ、こんにゃ、……ろっ、ぐぅぅううっ」


「ユキが来たと知った瞬間に浮かれまくったお前が悪い。反省しろ、カイン」


 酷い扱いにもほどがありますよ!!

 前回のお父様といい、ルイヴェルさんの今の行動といい……、度が過ぎていると思う。

 地面に這い蹲りながら体勢を立て直そうとしているカインさんに駆け寄り、私はすぐに治癒の術をかけ始めた。可哀想に、こんなに生傷が沢山……。


「痛てて……っ。仕方ねぇだろうがよ……、この前からずっと、ソルの野郎に捕まりっぱなしなんだからよぉ」


「まだ、レガフィオールとしての記憶や、役割に関して聞かれているんですか?」


「まぁな……。他にも、いざという時に使えるようにとか言われて、戦闘訓練やら何やら、……はぁ、……お前が一緒なら、まだ耐えられるんだけどよ」


 ルイヴェルさんからお見舞いされた攻撃だけが原因じゃない。

 カインさんの身体には他にも沢山の怪我の跡や治療の痕跡があって、魔力や神としての力にも、疲弊がみられる。……相当の無茶ぶりを受けているようだ。

 座り込んだ私に寄り掛かったカインさんが、ほっとしたように息を吐いている。


「もう今日は絶対ぇ帰る……。これじゃ決戦前に死ぬ、マジで」


「カインさん……」


 疲れ切った様子のカインさんが治療を受けながら、ウトウトと瞼を閉じ始める。

 レガフィオール……。セレネフィオーラと同じように、石から生まれた経緯を持つカインさん。

 記憶や役割を探るなら、私も一緒にした方が良いはずなのに、……きっと、私の分まで負担を負わせてしまったのだろう。


「少し、おやすみしましょうね。カインさん……」


「ん……」


 ごめんなさいとありがとうを込めて、カインさんの黒い髪をあやすように撫で、彼が眠った事を確認してから力を使って移動させようとすると、ルイヴェルさんがその役を代わってくれた。

 カインさんの肩を担ぎ、「ソル様のいる場所はすぐそこだからな」と、歩き出すルイヴェルさん。

 その言葉通り、時間をかけずに開いている巨大な扉の前に着いた。

 原初の神々が集い、大事な話し合いをする為に作られた間(ま)。

 ルイヴェルさんが簡単に説明をし、中から出てきた人影に視線を向ける。

 あれは……。


「お父様、神の器に戻られたんですね」


「地上の器では、災厄を相手に少々難があるからな」


 記憶にあるお父様と同じ……。

 外側に向かって少し跳ねている漆黒の長い髪。

 全てをその腕に抱き、許しを与えるかのような慈愛深き真紅の双眸。

 逞しい身体つきの肌を包み込んでいるのは、和の趣きを取り入れたかのような、ゆったりとした衣装。相変わらず、胸元を寛げているのも変わらない。

 原初の神。十二神の一人。一の神兄と呼ばれる男神……。

 誰もが望み、願い、その帰りを待ち侘びてきた存在。

 お父様はルイヴェルさんの手からカインさんを受け取ると、その腕に抱き上げながら中に促してくれた。


「あの、お父様っ! カインさんの事なんですが、少し休ませてあげてください。無理をしすぎているみたいなので」


「ふぅ……、そうだな。加減をしているつもりだが、やはり……、地上の器のままではきつすぎるようだ。暫し、休ませるとしよう」


 穏やかな、けれど、申し訳なさそうな眼差しでカインさんを見下ろし、お父様が小さく呟く。


「すまないな、カイン……。レガフィオール」


 私の、セレネフィオーラの育ての親はトワイ・リーフェル様だけど、カインさんのレガフィオール時代の育ての父親は、今、目の前にいるお父様だ。

 決して甚振っているわけじゃない。無理をさせたくてさせているわけでもない。

 災厄に立ち向かう為、お父様は心を鬼にしてカインさんに無茶を強いているのだろう。

 お父様に続いて十二神の間に入ると、白く薄っすらと光を放っているクリスタルの柱が闇の中、広い空間に円を形作るかのように立ち並び、その中央に丸く巨大な光のテーブルが見えた。

 

「ソル、その子はこちらで休ませましょう」


「すまないな」


 若草色の長い髪を背に流している綺麗な女性が、十二神の間の隅に淡く輝いている揺り篭のような寝台へとお父様を誘導し、そこにカインさんを寝かせるよう促した。

 あの女性も十二神の御一人。この前、天上で十二の、ディオノアードの鏡を除く十一の災厄を回収に向かった中にいらっしゃったから、少しだけど覚えている。

 他にも、光のテーブル……、まるで円卓のようなその周りに、沢山の方々が座しているようだ。

 

「あ、レヴェリィ様とトワイ・リーフェル様も……」


 ルイヴェルさんの競歩みたいな逃亡に付き合ったのに、御二人は先回り余裕だったのか、ニコニコとしながら私達に手を振り、どこに座るかを示してくれている。

 

「他の席を……」


「駄目ですよ~、息子く~ん。君はパパの隣、隣ですよ~」


「……」


 ルイヴェルさんが、横を向きながら忌々しそうに舌打ちを漏らした。物凄く小さく。

 けれど、すぐに諦めを悟ったのか、トワイ・リーフェル様の隣の席へと大人しく従っていく。

 私は……、あ、お父様が手招きしてくれている。自分の隣に座れという事なのだろう。


「あれ……、お父様、座るところが」


「ん? 席ならここにあるだろう? 父の膝が」


 お父様が満面の笑みでぽんぽんと自分の膝を叩く。

 こんな大勢の前で、父親の膝に……、って、何を考えてるの!! この神(ひと)は!!

 だけど、すぐにトワイ・リーフェル様が指を鳴らし、私用の席をお父様の隣に作ってくれた。

 

「フェル……」


「大事な話をする時に娘を膝に乗せる神(ひと)がありますか。俺の隣に席を作らなかっただけ、凄い譲歩ですよ」


 トワイ・リーフェル様の、何だか凄みのある笑顔での発言に、その場の全員が神妙に頷く。

 そうですよね。良かった……、お父様の無茶ぶりに同意する人がいなくて。

 ほっとしながら用意して貰った席に座り、私はお父様に向き直った。


「あの、今日お伺いした用件なんですけど」


「お前の用件は聞く。だが、先に伝えておくべき事がある」


「え?」


 穏やかな笑みを浮かべていたお父様の顔が緊張感に包まれ、硬質な響きを帯びた声音が恐ろしい事実を放った。


「滅びし我が故郷、はじまりの世界を根城にした災厄が、今までの歩みとは比にならない速さでエリュセードの近くまで来ている。さらに、俺達の把握していた災厄の力にも、異常と言う他ない増大の気配が確認された」

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