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その後、どっと笑いが起こったのは言うまでもない。
百面相さながらに真っ青からまた顔を真っ赤にした湯川は、佑次や佐々木に「ありがとう、ありがとう」「大丈夫、ちゃんと認めてもらえたから」とバカ笑いされながら肩や背中をバシバシ叩かれ、思いのほか力が強かったらしく、軽く咳き込む。恥ずかしさのあまり涙目になっているのも、初々しいやら、人の
純朴な少年というのは、きっと彼のような人のことを指すのだろうと思う。タイミングが悪かったせいでコメディみたいになってしまったが、彼のいざというときの爆発力や心根の強さは人情の厚さをこれでもかと感じさせるし、真っ青になったり真っ赤になったり、その素直すぎる表情は見る者の気持ちをおおいに和らげてくれる。
「じゃあ、俺って本当にお邪魔虫じゃないですか……」
佑次と佐々木に両側から肩を組まれ、ただでさえ小さな体をさらに小さく丸めた純朴少年湯川の今にも泣き出しそうな涙声に、また校長室がどっと湧く。生徒総会のときは、このままで大丈夫だろうかと心配もしたけれど、校長室に単身乗り込んでくるくらいの気概を内包していた彼なら、もしかしたらそれは杞憂だったのかもしれない。
彼は彼の置かれた場所で、フィールドでしっかり前を向いて生きているのだろう。あのオドオドした様子や、面白がって彼をけしかけていた男子生徒のことを思うと胸に苦いものが込み上げないでもないけれど、これくらい大胆なことができるなら、絶対に大丈夫だ。湯川の芯の強さは、なずなに自然とそう思わせるだけの強さがあった。
「なに言ってんだ、お邪魔虫なわけないだろ。ありがとな、マジで」
「そうだぞ。俺ら以外に賛成してくれる人がいることが、どれだけ嬉しいか」
佑次と佐々木の声になずなも一心に頷く。校長室を占拠しかねないほどの人数がここには集まっているが、一度校内に散らばってしまえば、いまだ半信半疑な生徒の中に丸腰で放り込まれることと同じだ。
一般生徒の中に心から賛成してくれる人がひとりでもいることが、自分たちにとってどれだけ嬉しいことか。どんなに心強いことか。やっとひとつ、今までやってきたことが報われたようで、気を抜くとちょっと涙が出てしまいそうだ。
「そ、そうでしょうか……?」
「当ったり前だ、バカ。生徒の声が一番大事なんだ、聞けてよかったに決まってんだろ」
「……はい!」
少しだけ涙声の佑次に、表情をパッと明るくさせた湯川の元気な声が応える。なずなもそんなふたりのやり取りに目を潤ませながら、大きくひとつ頷いた。
「――さて。話も落ち着いたようですし、皆さん部活もあることですから、ひとまず解散としましょうか。校長室って、あまり長居したくないものでしょう?」
得てして、パンと手を打ち場を仕切り直した校長によって解散することとなった有志メンバー一同と湯川は、にこにこと見送る校長や綿貫先生、それと苦笑交じりに小さく頷く教頭に「ありがとうございました!」と一礼して校長室を引き上げることにした。
退室するときに聞こえたのだが、まだ入院中と聞く綿貫先生は、体調も安定してきことから一時帰宅の許可が下りたのだそうで、この場にいたという。教頭との関係はさっきまで知らなかったが、教頭は何度か綿貫先生のところに相談に来ていたそうで、今朝もどうしたらいいのか相談に行っていたため、校庭ジャックの場には現れなかったらしい。
綿貫先生は生徒会の顧問を務めているので、懇意にしている会長のひらりや副会長の景吾をはじめとした生徒会メンバーは、有志メンバーが続々と退室していく中、綿貫先生の周りに集まり、嬉しそうに事情を聞いている。順番的に最後のほうになったので自然と聞こえてきた話だったのだが、なずなもそれを聞いて心からほっとした。
ひらりや景吾のように深い関わりはなくても、北高生なら綿貫先生のことは大好きだ。倒れたという話を聞いて心が痛んだし心配もしていたが、一時帰宅とはいえ、以前と同じように元気な姿を見ることができて、本当に嬉しい。
正式に退院が決まった頃には、学校中が吹奏楽応援に湧く中で出迎えられるよう、みんなと一緒に頑張ろう。「ありがとうございました」と礼をして校長室を辞しながら、なずなはそう固く心に誓った。
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