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いきなり乗り込んできた佑次に一瞬にして目を点にする生徒会メンバーを横目に、佑次はズカズカと会長の前に進み出て、スマホの画面を向けた。呆気に取られた様子で口をぽかんと開けていた会長だったが、目の前に突き出されたそれに目を通すと、
「……だそうですけど、みんな、生徒総会で取り上げて大丈夫ですね?」
ひどく疲れきった様子で、メンバーの顔をぐるりと見回した。
「あっ、ちなみに俺、三―Aの浅石佑次です。このとおり、応援団の団長やってます」
「じゃあ、異議なしの人は挙手してー」
自己紹介をしれっと流す副会長の声に、隣同士目を見合わせたり雰囲気や場の空気を探り合ったりしながら、生徒会メンバーの手が徐々に自信なさげに上がっていく。
結局、会長、副会長を含めた全員が、なにかしら思うところがありそうな顔をしながらも挙手をし、満場一致で〝応援団による吹奏楽応援の是非について〟の議題が、正式に生徒総会で取り上げることが決まった。
もしかしたら、佑次の格好に恐怖を感じて手を上げざるを得なかっただけなのかもしれない。生徒会メンバーの中には、二年生の役員もいる。間近で見て、団長ってこんななんだと、さぞかしびっくりしたことだろう。それに、先輩相手に手を上げないなんて、下級生としては倫理感に憚られる心理が働いてもおかしくない。
でも、ともあれ生徒会メンバー全員の承諾を得ることに成功した。伝統や予算の面など、まだまだ問題は山積みだが、これで生徒総会にかけ合える。もう一歩前進した気分だ。
「あ、じゃあ、俺はこれで。お騒がせしま――」
「ちょっと待って」
ところが、そそくさと生徒会室を出ようとすると、凛と通る会長の声に呼び止められた。これから武徳伝に行って気持ちよく弓を引こうと思っていたのだが、ドアノブに手をかけたまま会長を振り返ると、彼女の表情はお世辞にも芳しいとは言えないものだった。
こいつ怖えぇぇ。俺、またなんか言われんの? 佑次の頬が否応なしにひくつく。
「……な、なんでしょう」
「これから時間ある? 綿貫先生のところに一緒に来てほしいんだけど」
「へ?」
「昨日、浅石君のところに行く前に、先生にも相談してたの。応援団、吹奏楽部、野球部、それから生徒会も、応援に吹奏楽を取り入れたいって議題には賛成はしたよ。でも、これからが一番大事なときだっていうのに、団長が私たちに頼りっきりじゃ、こっちだって具体的にどうやったらいいのか、わからないよ。まずは生徒会顧問の綿貫先生に、団長からどうしたいのかを言ってほしい。細かいことは生徒会がフォローするにしても、この議案は学校全体を巻き込んだものになる可能性が高い。先生だって上にかけ合わなきゃならないかもしれない。だから、団長の意思をはっきり伝えてもらわないといけないと思う」
すると会長はそう言い、隣に座る副会長にちらと目配せをした。副会長は右手の指の腹でノンフレームの眼鏡を押し上げ、行くぞと促すように席を立つ。会長もすでに席を立っていて、面倒くさいというよりは不機嫌な顔をしながらも、行く気満々の様子だ。
「え、ちょっと待って。学校全体を巻き込むって、どういうこと?」
「今朝も言ったけど、これは、この学校の伝統に関わってくることなの。綿貫先生も言ってたけど、何万人っている卒業生の上に、今の私たちはいる。私たち在校生の意見も、先生たちの意見も、もしかしたら割れるかもしれない。もし仮に反対されても、浅石君は北高のバンカラ応援に吹奏楽を取り入れるための運動を続けられる? 頑張れる?」
そんなオーバーな、と思いながら尋ねると、会長からはひどく真剣な言葉が返ってきた。その隣の副会長からは、「要は俺たちは、綿貫先生も含めて、浅石がどれだけ本気かを知りたいんだよ」と、会長の言葉を要約した解説が付け加えられた。
「え、待って。今からその本気を先生に見せろって? 話が急すぎるんじゃ……」
「そんなことはないよ。こっちはもう、生徒総会の資料作りに取り掛かってる。これから大型連休も控えてるし、連休が終わってからあんまりバタバタしたくない」
苦笑を浮かべながらふたりを宥めようとすると、しかし会長がバッサリ斬り捨てた。言い方にはきついものがあるが、しかし会長の主張ももっともである。
ただでさえ忙しいこの時期、連休が入ると、実質の活動日数に限りが出てくる。佑次は連休中も普通に武徳伝で弓道部の練習があるので、普段の土日休みの感覚とさほど変わりはなかったが、生徒会はその間、休みになるだろう。わざわざ社会人ばりに休日出勤はしたくないに決まっている。生徒会の立場を考えると、至極当然の主張だった。
「実際、応援団の議案絡みで資料作りに遅れが出てる。生徒会としては、急いでほしい」
そこにダメ押しをかけてきたのは、ノンフレーム副会長だ。昨日は「上から目線だったらごめん」と言って折衷案を提示したが、今日はなんだか冷淡で機械的だ。「生徒会はあくまで中立の姿勢を貫かせてもらう」とかなんとか言っておきながら、どうやら今日はバリバリ生徒会のほうに肩入れしているらしい。のちのち生徒会にしわ寄せがいくことを危惧しての発言なんだろうが、こいつも怖えぇぇと、佑次のあそこは縮み上がる思いである。
「……っ」
両者に睨まれ、佑次はうねうねの長髪を搔きむしる。予算よりは伝統云々のほうがやりやすいような気がしていたが、実際は伝統にこそ重きが置かれているようだ。
今朝の佐々木の同情じみた言葉が思い出される。
『何十年って経てば伝統って呼ばれるようになることだってあるんだし』
ちっくしょう、変化って楽じゃねえな!
「……ああもう、わかったよ! 行く。今すぐ一緒に行くよ!」
佑次は半ばやけくそで声を張り上げる。伝統上等、かかってこいや。一瞬でも面倒くさいと思ったら、これは負けだ。どうにも会長は佑次にそう思わせようとしているところがあるような気がする。副会長のほうは読めないが、でも負けたくない。
だったら最後までやるしかねえじゃんか! 正々堂々、受けて立ってやる!
「よし、じゃあ行くか」
「そうだね。みんなは資料作りの続きをしてて」
しかし、佑次の孤軍奮闘も虚しく、会長、副会長両名は涼しい顔で残りのメンバーに指示を送った。生徒会に入ると、みんなこうなんの? 生徒会室に残された面々も、佑次のことなどすでに気にも留めていない様子で総会資料作りに取り掛かっていた。微妙に寂しい。
*
「――というわけで、ぜひやりたいんです! やらせてください、お願いします!」
三人で職員室に入ると、綿貫先生はまず佑次の長髪ヒゲ面にほんの少しだけ驚いたように目を見開き、いかにバンカラ応援に吹奏楽を取り入れたいかを熱烈に語ると、「そうですか」「そうですか」と相づちを交えて微笑みながら聞いてくれた。
余談だが、いくら佑次のことを知っていても、いざ間近に来られると、身長一八五センチの長身と相まって放たれる独特の威圧感に、誰しもほんの一瞬、気圧されてしまう傾向がある。まして綿貫先生は小柄で線が細い。いくら週に何度か佑次のクラスの国語の授業を受け持っていても、座っているのと立っているのとでは印象が違うらしい。
団長になり、髪と髭を伸ばしはじめてからは、団長って案外孤独なものなんだなと、もう慣れっこになってしまっているので、今は別段気にもならないけれど。
本題のほうはというと、実質、会長や副会長に脅されてここまで来た部分も無きにしもあらずだったが、実際に声に出すと、ああ実は俺ってこんなことを考えてたんだ、こんなふうに応援団のことを思ってるんだと新たな発見があった。
声に出して初めてわかることもある。自分の胸の奥底の、本当の気持ちとか。なにをしたいか、どうなりたいか、具体的なビジョンとか。ぼんやりしていたものが一気にクリアになっていったような気分だった。
「……あの、それで先生、俺の熱いパッションはいかがでしたでしょうか」
手応えは確かにあるものの、なんとなく自信がなくて、おずおずと尋ねてしまう。話を聞いている最中はにこやかだったが、今の先生はトレードマークである鼈甲のループタイを触りながら思案顔をしている。考えるときの癖なのだろう。団長になってから佑次にもふよふよの顎鬚をねじねじしてしまう癖ができたので、その気持ちはよくわかる。
固唾を飲んで見守っていると、ややあって、綿貫先生が顔を上げた。
「浅石君の情熱はよく伝わりましたよ。本来、生徒総会は生徒主体でやるものですからね。昨日は伝統とか予算とか現実的なことばかりを言って箱石さんや八重樫君を不安にさせてしまいましたが、気持ちで動かせることも確かにあります。難しいことはひとまず置いておいて、生徒総会で議題に上げて、みんなの意見を聞いてみることにしましょう」
「本当ですか!」
「ええ、本当ですよ。私も来年の三月で定年退職です。ここにいる皆さんも、来年の三月には卒業でしょう? 間もなく受験だなんだと忙しい時期にもなってきますが、高校三年生は一生に一度、今しかありません。まずは全力でやってみましょう」
「ありがとうございますっ!」
うねうねの髪を振り乱して腰を直角に折り、大声を張り上げる佑次に、綿貫先生がにこにこ笑う。職員室にいるほかの先生は、いきなりの大声に何事かと佑次たちのほうを見たが、悪いことではないことを悟ったのか、静かに、と咎める先生は出なかった。
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