夢、日付の失われたその断片
「知らない街」で迷うことがある。「知らない街」は現実と夢との狭間にあって、その間を連続的に浮遊し続けている。連続的に、というのは、その「知らない街」の中心は、間違いなく現実のどこかの土地と対応していたはずでありつつも、しかしその街は、生きているかのごとく、経験や知識の更新とともに、すなわち、理知の拡大に合わせて夢のなかで次々と変貌してゆき、新しくさまざまな名前を受け取り、新しい道を増やし、建物を潰したり建てたりすることで成長し、増殖してゆくからである。そこは、訪れたことがあり、名前を知っているあらゆる土地であり、しかしまたそうした土地のいずれでもない。知っていたはずの街の中心は忘れられてしまっている。目覚めているうちにこの街を現実のどこかに探そうとしても無駄である。街に継ぎ接ぎされた数えきれない非本来的な概念が街そのものをすっかり覆い隠してしまっており、その本来の姿を見分けることは決してできないからである。
砕いたサファイアは空気によく馴染み、そこへと溶け出してゆく。この高貴な青い宝石を溶かし込んだ空気は夜の前の地面から湧き出してくる暗闇を生み出す。そんな夜の色をした空気が川面を滑っていた。その上をゆっくりと歩いている。走っても脚は縺れるし、飛んでもすぐに落ちる。川面は砂金を散りばめたように、きんに光るいくつもの星を映している。そのどれもが祝祭的な眩しさで光を放ち、あらゆるものを祝福するようにして色彩に満ちていた。
しかしそこでは色とものとが分離しており、ものに色がついているのではなく、むしろその逆で、色が先にあって、あとからそこにものの形や匂い、味などなどが附帯していくらしく、そういうわけで、そこでは砕いたサファイアが空気に馴染んでいたのではなく、ある色があって、それが空気に馴染み溶け込んでいた、きらきらと砕けたサファイアであり、夜だったのだ。ちかちかと光る色がたまたま砂金であり、川面に映る星だったのだ。何よりも色が先にあるということを、すっかりと忘れてしまっていたのだった。それゆえそこにはまだ何にもなっていない色が漂流している。あれは星のきんでも、木のみどりでも、太陽の赤でも夜の青でもない。いつかみた花の桃色でも枯葉の黄色でも海の紺色でも雨の灰色でも菓子の白色でも酒の琥珀色でもぶどう酒の褐色でもない。どんな個別的な記憶からも遊離した色であり、いかなる特殊的な条件も備えておらず、まだ名前さえも与えられていない色さえある。どんな形からも自由にゆらめく色があるということを、すっかりと忘れてしまっていたのだった。だから何か色を視たとき、カーテンを透かして降りてくる月光だと言ったり、渋そうな未熟な果実だと、萎れた花弁だと言ったりする。視られていたのは、単なる透明な銀色であり、単なる瑞々しい緑色であり、単なる憂鬱な薄墨色でしかないにも関わらず。
思い出した夢の記憶はこうだった。
そこは永久に星空が眺められる地だという。散乱する月光の中で清められた人が教えてくれた。その人は透き通るような肌をして、長い髪を柔らかく風に靡かせていた。潤む丸い瞳が媚びるような猫のようにまっすぐこちらを向いている。美しい人であった。なるほど、確かに彼女の言うとおり、ここからはこの世で最も高い山をはるか高みから見下ろすことができ、地平線が丸い線を引いているのまで容易に見て取れた。次々と星が降っていた。星は、ガラスに入った薄く細いヒビのような軌跡を天球に残したかと思うと、すぐにそれを消し去ってしまう。
靄のように広がる月の光のもとで、その人と手を取り合っていくつかのことばを交わしあった。月に触れることができれば、きっと彼女の手のように冷たく、すべらかなことだろう。ことばを交わしたとは思うのだけれど、彼女が発したことばはどれも知らない言語のようにも聞こえた。それでも楽しかった。何を言っていたかはもう何も覚えていない。そもそもことばを欠いた単なる音だったのかもしれない。
一緒に話したその人は私のお姉ちゃんだったのかも、と、朝の遅くに眼が醒めてから思った。私が思い描くその人に、夢の女性はよく似ていたからだった。
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