朝倉涼子の消失

@yoiyamikonami

第 Ⅰ 話


「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」


 このクラスの自己紹介でそんなことを言った奴がいたのだというのを知ったのは、入学してから二日目のことだった。

 隣の席の友達作りに必死なクラスメートから聞いたのだ。


「え!あれを聞いてなかったのか?そいつは残念だったなー、すっげー真面目な顔して言いやがったんだぜ」


 オレはそのとき寝ていたからな。自分の自己紹介をした記憶もない。

 担任がオレの名前を呼んだ気はするのだが、どうでもよくて相手にしなかった。


「それでな、知り合いから聞いた話だと中学の頃から」


「なあ」


 話しを続けようとするクラスメートに視線を向ける。


「ん、なんだ?」


「オレそんな話に興味ないから黙ってくれないか」


「……え」


「どうでもいいんだ。くだらないことで話しかけないでくれ」


 オレの性格を察したのであろうクラスメートは、すこしムッとした表情をしたものの、


「あぁ、そんなんだ、悪かったな」


 とだけ言って離れて行った。

 教室の中央に視線を移すとロングストレートな髪にカチューシャをつけた女がふてぶてしい表情で席についていた。


 涼宮ハルヒと言う名のクラスメート。


 一瞬、目を奪われた。しかし、


「どうでもいい」


 オレには関係のない事だ。




 笑わない、話さない、起きてすらいない。

 新学期が始まってからずっとそんな調子のオレに話しかける者は段々といなくなっていった。

 しかし、特別目立ってはいなかった。幸か不幸かオレなんかより、よっぽどな奴がいたからだ。

 クラスの誰が話しかけても相手にしないばかりか、意味不明なくせに積極的な行動までしてる奴が。

 今日も涼宮ハルヒは相変わらずだった。


「涼宮さん、このアンケートなんだけどね」


「……」


 クラスの女子が話しかけても返事ひとつしない。人のことを言えないのだが愛想のカケラもない対応だ。

 そんな態度に相手の女生徒も諦めたようでため息をついた後、その場から離れていった。


「どうして、反応してくれないのかしらね」


 一瞬、自分に向けられた言葉だと気が付かなかった。いや、気付けなかった。オレの脳が止まってしまったからだ。


「あたし、なにか怒らせること言ったかな。自分じゃそんなことないと思うんだけど、どう?」


 頭を振り、脳に血液を循環させる。なんだっけ?

 そうだ、その女生徒が話しかけてきたのだ。


「さぁな、オレが知る訳ないだろ」


 オレのそっけない返事の何が楽しいのか、その女生徒は笑顔を作り、


「あなたと涼宮さん、なんとなく雰囲気が似ている気がするから、わかるかなって思ったんだけど。うん、けどそうね、勘違いだったかも。あなたはちゃんと答えてくれるものね」


「…………」


 オレはならばと言わんばかりに押し黙る。

 しかし、女生徒はそんな態度が尚更面白かったようで、口に手を当ててクスクスと笑いだした。


「ふふっ。やっぱり涼宮さんと違ってわかりやすいわ。彼女だったら逆に話しをしてくれそうだもの。怖い顔で怒鳴られるだけでしょうけどね」


 その女生徒は、じゃあね、と一言残し友達なのであろう数人の女生徒の輪に戻っていった。


「あー、眠い」


 オレはそのまま机に額をつけた。


 朝倉涼子。


 のちにわかるその女子生徒の名だ。


 そしてそれはオレが一生忘れない名前でもあった。




 オレは別に高生生活の間、誰一人親しい友人が出来なくてよかった。他人に興味がないと言うのが正しい表現かもしれない。加えて自分でもわかるほどの無気力症状が出ているのだから、人とのコミュニケーション能力は皆無だ。


 入学してから一ヶ月、ゴールデンウイークが明けた頃になるとクラスメート達も扱いかたに馴れたようで、事務的な用事がない限りオレを相手にしようとはしなくなっていた。

 一人を除いて。


「ほら、起きなさい。もう授業終わってるよ」


 閉じたままの瞼を擦りながらオレは顔を上げた。


「終わったのなら、起こさなくていいだろうが」


 差し込む日の光を欝陶しく思いながら目を開く。そこにはクラスメートの中で区別するなら1番という意味での見馴れた顔があった。


「それ、本気でいってるの?授業中だって休み時間中だって学校は寝る場所じゃないの。ここは学び屋なんだもの。委員長として見過ごせないわ」


 朝倉涼子だ。

 オレはあくびを間に入れてから、


「学び屋にだってな、真面目な生徒ばかりが来てる訳じゃないんだ。何割りかは出来損ないが必ずいる。その何割りかがオレだ。だから、同じような割り合いでいる優等生側の人間が気にする必要はない」


「優等生だって言ってくれるのはいいけど」


 朝倉涼子は教科書でコツッとオレの頭を叩く。


「自分を出来損ないだって断言する人に褒められても嬉しくないな。はい、これあなたのでしょう」


 よく見ると頭を小突いた教科書はオレのものだ。授業中のまどろみの中で机から落とした記憶が微かにある。

 それを、こいつがまた拾ったのだろう。


「何度も言ってるだろ。自分の教科書ぐらい気付いたときに自分で拾う」


「そう言われたから、あたしも迷ったんだけど。あなた、いつまでたっても気付かないんだもの。これ一時限目の教科書よ?」


「いま何時だ?」


 朝倉涼子は見るからに呆れた表情で、


「それも本気で言ってるの?もう四時限目が始まるところじゃない」


 丸々二時間も床にほってあったのか。

 この前おこなった席替えの結果、朝倉はオレの真後ろの位置になった。つまり床に落ちた教科書が嫌でも目についてしまい気になってしまったのだろう。

 こいつのようなお節介な人種には特にな。

 オレは教科書を受け取り小さく礼を言うと、その教科書を机にひき額をつけた。


「………もう」


 その声の後、朝倉涼子の気配は離れていった。




 その後も朝倉涼子は何かとオレに話しかけてきた。

 本人が言うには、委員長だからクラスの問題児の世話をやくのは当然なのだそうだ。

 因みに付け足すと朝倉涼子は頭もよく同性から好かれるようで友達も多い。

 まるで絵に書いたような優等生っぷりだ。

 容姿に関しても、周りから抜きん出て端麗なのだからちょっとした完璧人間だ。

 朝倉涼子という題名の絵画をかいた奴はよっぽど達者なのだろう。


「よく、出来てるな」


 そう。

 オレの朝倉涼子へ率直な感想はこうだった。

 作り物。よく出来た人形のような女だ、と。

 どうしてこんなふうに思うかはわからない。オレとは違い何でもそつなくこなす彼女への嫉妬なのかもしれない。

 しかし、それはここ数年忘れていた他人への興味という感情でもあった。


 良い物を取って付けたような彼女にオレは関心を持つようになっていった。


「なあ朝倉、ちょっといいか」


「なーに?」


 上半身だけ後ろにそらしたオレを朝倉涼子が不思議そうに見つめる。


「他の奴らが続々と教室からいなくなっていくが、次の授業は何処の教室だっけか?生物室か?」


「違う。理科実験室よ。先週の授業寝てたからそんなことになるのよ」


「理科実験室、あそこか。なら早めにいって寝ておくとするか」


「こら、あたしの目の前でそんなこと言うなんていい度胸ね。あ、そうだ!」


 鞄から次の授業に必要な物を取り出し終えた朝倉涼子は、笑顔で立ち上がった。


「なら、あたしも早めに行って、あなたが居眠りしないように見張っててあげるね」


「うぇ、まじかよ。言わなきゃよかった」


 心境の変化もあってか、一週間もしないうちにオレは朝倉涼子と友人程度の会話をするようになっていた。

 まあ、オレの態度の変化に合わせられる程の人付合いの良さを朝倉涼子が持っていた、というほうがこの場合は大きいだろう。


「もう一人の問題児の面倒をみなくていいのか?」


 オレの準備ができるのを待っている朝倉涼子のうしろ、教室の隅を指す。

 今は誰も座っていないが涼宮ハルヒの座席だ。


「彼女は彼に任せてるから大丈夫じゃないかしら。あ、けどあたしも話しかけてはいるのよ?あんまりいい反応してくれないけどね」


「彼ってのは涼宮の、前の席の奴か?」


 鞄から出した手を机の中に入れながらオレは尋ねる。


「そ、二人とも何か一緒にやってるみたい。なにをしてるかは分からないんだけど、涼宮さんはともかく彼は常識がありそうだしブレーキ役になってくれてると思うわ」


「へー、そうなのか」


 ブレーキ役か。常識があるなら、あんな女と係わり合いにならないと思うがな。

 その男子生徒とは話しをしたことがないからどんな人物かは知らないが。


「ねえ、ところでその机の中から全然出てこない手のことなんだけど」


 ばれたか。


「もしかして教科書忘れたの?」



「いいって、教科書ぐらい」


 オレの手を引き歩く朝倉涼子は振り返りもせず。


「だめよ。あなたはそうでなくても眠ってばかりいるんだから。忘れものなんてしたら成績に響くことになるんだからね」


 だからって他のクラスの奴にわざわざ借りなくてもいいだろ。それに、


「オレ、他のクラスに知り合いなんていないぞ」


「そこは心配しないで。大丈夫、あたしの友達に貸してくれるように頼むから、あ!ちょっとそこのキミ、呼んで欲しい人がいるんだけど、」


 他のクラスに着いた朝倉涼子は適当な生徒に声をかけ友達を呼ぶように頼んでいる。

 世話焼きにも程がある。

 不本意ながらも借り物をすることになるかもしれない見ず知らずの人物を確認しようと教室の中を覗きこんだ。


 そして、とある生徒が視界に入った途端、グラリと視界が歪んだ。


「ほら、あなたも何か言って」


 オレの意識が回復したのは、朝倉涼子の声を聞いてからだった。


「あ……あぁ、よろしく頼む」


 朝倉涼子に急かされとっさにそう口にだしたのには我ながら驚いた。

 言葉を発してから今の状況、朝倉涼子に連れられて教科書を借りにきたことを思いだしたのだ。

 いつのまにか、オレと朝倉涼子の前に女子生徒がたっている。

 朝倉涼子の友達だろう。

 驚く事にオレはこの女子生徒が呼ばれて、ここにくるまでの記憶がない。

 しかし、そんなオレの心境を知るよしもない女子生徒は快く貸し出しを承諾してくれて教科書を席に取りに戻りオレに手渡してくれた。


「あ、ありがとう」


と礼を言ったあとオレは一拍おく。

そして意を決して女子生徒に声をかけた。


「それと、あそこにいる生徒って」


 そうオレが指をさした先には一人の女子生徒が静かに座っていた。


 髪の短い眼鏡をかけた少女だ。


 朝倉涼子の友達である女子生徒はオレの視線の先を見て首を傾げた。


「長門さんのこと?」


「あの眼鏡かけた女の子。髪の短い」


 オレは口で容姿を説明する。


「あぁ、やっぱり長門さんのことだね」


 どうやらあの眼鏡をかけた少女は長門という名前らしい。


「彼女がどうかした?知り合いなの?けど知り合いはいないって言ってなかった?」


 朝倉涼子が長門という名の少女を観ながら言う。


「あ、いや。やっぱりなんでもない」


 まさか、彼女は何物だ?と聞く訳にもいかない。

 朝倉涼子とその友達は不思議そうな表情をしたが、次の授業がまじかに迫っているのもありそれ以上余計な話しはしなかった。


「ほら、早く!チャイムなっちゃうわよ!」


 朝倉涼子に急かされながらオレは理科実験室に向かった。


 長門という生徒の無表情な白い顔を思いだしながら。







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