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むかしむかし、宋の時代の中国にある男がいた。
男は末端の役人で、地位が低く、裕福ではなかったが、食べることが好きで、いろんな店に行って様々な料理を食べることが唯一の楽しみだった。
食べることが好きな割には、男はそれほど味にはこだわらず、ただ、どちらかというと人の少ない静かな店で、ゆっくりと食事と酒を楽しむことを大事にしていた。
ある日、男はある店の主人から、こういわれた。
あんたが来ると、不思議とあとからあとから客がどんどん入ってくる。
そのときまで男は、そのことにほとんど気がついてはいなかった。
しかし、よくよく考えてみたら、思い当たる節がなくはなかった。
人のいない店を選んで入ったつもりなのに、いつの間にか客が増えていて、居心地の悪い思いをしながら食事を終えたことが何度もあった。
男はそれまで、たまたまそういう巡り合わせだったのだろうと思っていたが、偶然にしてはその回数は明らかに多すぎた。
やがて、男の不思議な能力――といっていいのかどうかわからないが、とにかく男の噂は周囲に広まった。
店の主人たちは、こぞって男に来店を促し、食事代をタダにしたり、無料で料理を追加したりと、手を尽くした。
それからも男の能力は発揮し続けた。男が入った店は、しばらくすると決まって満席となった。
いつしか男は福をもたらす客――福客(ふっかく)と呼ばれるようになった。
*
「つまり……僕がその福客ってこと?」
僕は間の抜けた声を上げた。
でも、めいは真剣な表情でうなずいた。
「まさか、そんな……」
杏仁豆腐を口に運びながら、めいがいった。
「心当たりはまったくないか?」
心当たり……。確かに、いわれてみれば、僕もどちらかというと人が多い場所は苦手だから、なるべく人の少ない店を選んで入るけど、そういう時に限って、後からどんどん人が入ってくることはよくあった。
「今日ボクたちがこの店に入ったとき、先客はたった三人だった」めいは周りを見渡した。「それが今では満席だ。しかも昼時はもうとっくに過ぎている。おかしいと思わないか」
めいのいう通りだ。おかしい。でも、ありえないほどおかしな話でもない。
「ボクがキミとこうやって出かけるのはこれで五回目だ。そして、五回とも、ボクはこういう経験をしているんだ。それはもう、偶然ではありえない」
「もし、僕がそのことを認めたとして、それでいったいどうなるの」
「どうにもならない。キミにそういう能力があるのなら、それを受け入れるしかない」
めいは杏仁豆腐に入っているサクランボをぱくりとくわえた。テーブルの上にあるティッシュペーパーの箱から紙を一枚抜き取ると、四つにたたんで口元に持っていき、サクランボの種をそっと包んで、上着のポケットに入れた。
「福客には、いろんなエピソードがある」めいは再びスプーンを取ると、杏仁豆腐をまた食べ始めた。「お店だけじゃなく、その人の周りに自然と人が集まってきたり、人と人とを結びつけたり、そういう力を持っている人だといわれることもある。星回り、という言葉があるだろ」
その言葉は僕も何となく知っていた。
「運命、みたいなもの?」
「そうだな。その人が持っている運命のめぐりあわせみたいなものだ。星回りがいい人もいれば、星回りが悪い人もいる。ボクは占いのたぐいは一切信じていないが、人によってそういう傾向が強い可能性があることは否定できない」スプーンを置いて、めいは僕を見た。「実際に目の前に実例があればなおさらだ」
そういわれても、僕にはまだ実感がわかなかった。
「自分ではよくわからないよ」
「悪いことじゃないさ。しおりのところでやってる仕事に、この能力はうってつけじゃないか。人に会って、話を聞く仕事なんだろ」
確かに、めいのいう通りだ。そういえば、以前、編集長にも、僕はこの仕事に向いているといわれたことがあった。彼女は僕のこの能力――というのは気が引けるから性質と呼ぶけど、それを知っていたのだろうか。
僕の思考を先回りして、めいがいった。
「もちろん、しおりはかなり前から気づいていたぞ。あいつはああ見えて、なかなかしたたかなところがあるからな。どこの馬の骨ともわからん奴に、原稿を任せたりはしない」そして、いたずらっぽく笑った。「それに、普通の人間にボクの面倒を見させたりもしない」
なんと答えていいかわからなかったので、僕はあいまいにうなずいた。
「なんにせよ、評価してもらって嬉しいよ」
「ただし」めいは、人差し指を立てた。「物事には必ず、いい面とわるい面とがある」
僕は肩をすくめた。「なとなく、そんな気はしていたよ」
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