第4話

「よお、和哉……遅かったじゃねえか、先に始めちまったぞ」


 友人の一人である大蔵牧夫がトレードマークともいえる髑髏柄のニット帽をずらしながら声を掛けてきた。


 同じ大学に通っている彼は不良っぽい見た目とは裏腹に真面目な男で人一倍気を使うところもある。


「それじゃ女子達お待たせ〜、今回の主役と主賓がやっと来てくれたぜ〜!」


 人好きのする笑顔で友人のガールフレンド達なんだろうか?


数人の女の子達に手際よくシャンパンを開けて彼女らのグラスに注ぐ。 


「待ちくたびれたぜ〜とか言って先に乾杯始めたのに現金なやつだな〜、お前は」


 長髪の髪を揺らしながら矢賀 瑠久が楽しそうに笑っている。


 ハーフのためか白い肌にやや彫りが深く、いまはアルコールのせいか全体的にやや赤みが差している。 


「何を言ってやがる……主賓が来るまでシャンパンは開けずにとっておいたんだから、それはノーカウントだろう」


 冗談を飛ばしながらもテキパキとテーブルの上を片付けていく。


 そして瑠久もそんな牧夫をサポートするようにさり気なく彼を手伝っている。


 この二人は小学生の時からの付き合いのようで、その辺の連携には関心させられてしまうな。


「そういえば、この間の商談はどうなったんだ?」


「ああ……何とかまとまったよ、牧夫の方はどうなんだ?先月イタリア行ってきたんだろう?」


「まあボチボチってとこだ……クライアントがやっと納得してな。おかげで心置きなくこうして酒飲みまくれるってもんだぜ」


「おいおい飲むのはいいけど酔いつぶれないでくれよ〜、今日は僕がここの責任者なんだからさ」


 軽口をたたきながらもソファに座る。


 するとあらかじめ決められていたかのようにタイミングよく黄金色のアルコール入り炭酸水が置かれる。


 ここまでしてもらえばいっそ痛快だ。


 さり気なく見せられた気遣いに応えるように一息にそれを飲みほす。


 それが合図になったかのように「乾杯」という言葉が部屋に響いた。 


 たくさんの友人達が話しかけてくるたびに朗らかに相槌をうち、ときにははぐらかして応えるとドっとした笑いがあふれる。 


 家に帰るのはやめて、派手めの仲間とシャンパンでまだまだ乾杯をする。


 とはいえ僕の方はあまり飲みすぎると締めのスピーチに支障が出るのでほどほどに……。


 何事もほどほどにするのが人生を上手く生きるためのコツというのが僕の持論だ。


 時刻を確認するともういい加減イベントもお開きの時間が近づいてきた。 


 そろそろアルコールは控えて締めの準備をしないと……。


 そう思い、ふらつきながらゆっくりと立ち上がる。


「あん?どこか行くのか?」


「トイレだよ、トイレ……言わせないでくれよ、恥ずかしい」


 実際に酔っ払っているせいか、わずかに紅潮しているので赤面しているかのようにおどけてみた。


場に笑いが起こる。


よし、ジョークのキレも絶好調のようだ。


 そのままVIPルームを抜けてややフラつきながらも階段を降りていく。


 トイレは一階にある。


 ほろ酔い気分で味わうように階段を一段一段と降りる。


 今回のイベントは予想以上の成功だ。


 もちろん入念に準備もしたし、スタッフ達も凄く頑張ってくれた。


 なにより羽田麻由の来場は望外の出来事だった。


 もちろん本意では無かったんだろうが、それでも彼女が今日この場所に居たという出来事はプラスにこそなれマイナスになろうはずが無い。


 確実に僕はより良き未来に向かっているという確信が出来た。


「ととっ……あぶないあぶない」


 最後の一段を踏み外しそうになってあわてて手すりをつかむ。


 どうやら自分が思っているよりも酔いが回っているようだ。 


 いかん、少しはしゃぎすぎたかな?


 これは少し用を足した後に夜風を浴びた方が良さそうだ。


 最後の最後で失敗なんて馬鹿らしいしね。


「んっ? なんだあれは?」


 階段を降りて、トイレへと続く廊下に誰か横になっている。


 それはどうやら女性のようで、通路に横倒しになってまるで子供のように背中を丸めて何かを抱えている。 


 それはどうやら酒瓶のようだ。 チラリと見えたそのビンはウオッカだろうか? ジンだろうか?


 おそらくは飲み過ぎたのだろう。


 彼女の野暮ったいズボンからチラリとピンク色の下着が見えていた。


「う〜ん、仕方ないか」


 今日のイベントの責任者である以上放ってはおけない。 


 しゃがみこんで彼女の身体を揺さぶる。


「ちょっとちょっと君……こんなところで寝てたらいけないよ」


「う、う〜ん……友…和さん?」


 億劫そうに顔を真っ赤に染め上げた彼女が僕の方に顔を向ける。


「えっ……?あっ……」


 間近で見た彼女は美しかった。 


 ホンノリと頬に紅が差し、物憂げな瞳と少し気だるそう……でも美しい声が耳朶に入ってくる。


 彼女の呼気に含まれるアルコールの香りすら魅力の一つにすら思えた。


 そう……僕は今日、この日に初めて一目ぼれを経験した。 まさに世界がひっくり返ったようだった。


「か、可愛い……」


「友和さんじゃ……ない……だ……れ……?」


「えっ?あっ……ええと……」


 どうしたんだ? 胸がドキドキして声が……でない。


「うっ、ぼ、僕は……その……せ、責任者で……」


「ああっ!ここに居たのか白音!」


 誰かが僕の横に駆け寄ってくる。 どうやら彼女の連れのようだ。


「き、キボヂわるいで……す、友……和……さん」」


「だからウオッカ意外に美味いですねとかいって五杯も一気に飲むからだろうが!ほら、夜風に当たりにいくぞ、つかまれ!」


「ご、ごべん……なさい……わたし……もう……駄目……です」


「待てーーーー!こんなところでやめてーーーー。せ、せめてお外でお外でやって〜〜!」


「……も、持って……あと30秒で……す……」


「わかった!今日、俺は限界を超える!だから……だから……絶対にここで吐くな〜!」


「か、かっこう……いいです……友和……さん」


 まるで連れ去るように彼は彼女を連れていってしまった。


 僕はボウっとその後ろ姿を見送り、彼女らが見えなくなっておよそ数秒くらいたってから大事なことに気づいてしまった。


「……な、名前……聞きそびれちゃった」


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