四 開幕
「ほほう。何をするつもりか知らぬが、どうやら面白きものを見せてくれるようであるな。ではじっくりと見物させて貰うとしよう。ぬはっ」
地球王が涎を垂らさんばかりの下品な笑みで大穴を見つめる。
その足下では、義経が再び立ち上がろうとしていた。
「ぐが……、ががが……」
千切れた胴を無理矢理繋いだだけの体は異様な形にねじ曲がり、虚ろに宙を彷徨う眼に光はねえ。
何度も立ち上がりかけてはひっくり返り、ひっくり返りながらも少しずつ俺達の方へ近づいて来る。
「ぬはは、こちらもこちらで楽しませてくれる。
どうした義経、そんな
「う、うぐぜえ……。い、いばやっでやぐ……」
ゴボゴボと濁った声。だがそれでも必死に言葉を発しようとしている。
なんて野郎だ、こんな姿になっていながらまだ闘志を失っていねえ。
しかも、体の方も段々とまともな形に戻ってきてるじゃねえか。
「撫子」
「うむ、こやつはここで止めを刺しておくべきじゃの」
俺は刀に気を込め、義経に近づいて行った。
「ぐ、ぐっぞおおお」
義経が僅かな力を振り絞り、体を起こそうとする。俺はその首を刈ろうと刀を振り上げた。
その時。
「
突然の撫子の声に振り返った俺の頭上を、何者かの影が飛び越えて行った。
鳥?
いや、そんな小さなものじゃねえ。
影を追って再び前を向いた俺と地球王の間に地響きを立てて降り立ったのは、見上げるほどの巨躯を持つ一頭の牡鹿だった。
しかもただでかいだけじゃなく、全身から銀色の光を発している。
牡鹿は地球王に見せつけるように大角を振りかざすと、野郎を真っ直ぐに見据えたまま、立ち上がりかけていた義経の頭を、無造作に踏み潰した。
「なっ!」
柿の実のように潰された頭が泡を立てて溶け、続いて残った体の方もグズグズと崩れ去り真っ黒な土くれとなって果てて行く。
余りにも、余りにも呆気ない、かつての英雄の最期だった。
続いて熊、そして猪が山頂に姿を現す。いずれも化け物じみた巨体を銀光で包んでいた。
こいつら、狼王と同じもののけ、いや山神なのか。
そうか、最後の決戦という訳だな。
だが現れた二頭は地球王には目もくれず、そして大鹿もフイと顔を背けると、白狼と共に俺と撫子を囲むように立ち並んで、大穴の方を見つめた。
じっと、何かを待つように……。
いったい……。
「む……」
何かを感じたらしい撫子が、声を漏らす。
「どうした?」
「死人どもの気配が消えておる」
「なにっ」
そう言えば、山頂付近を包んでいた結界は那須の大将の最期の一矢で粉々になっていたはずだ。
その外には、死人の軍団が陣を張っていた。山の獣達は俺が下がらせたから、あのままなら死人どもがこっちへ殺到してきてもおかしくなかったのは確かだ。
それが一匹も向かってこねえということは、つまり。
「こいつらが始末してくれたってことなのか」
「おそらく」
四頭の山神は、身じろぎもせずに大穴の方を見つめている。
魔修羅の大槍は既に穴の中へと没し、その姿を見ることはできねえ。ただ穴の奥から漏れ出る赤い光がゆらゆらと大気を染め上げているのが、大槍が生きている証のように見えた。
俺も撫子も、こうなっちまったらもはや成せる事など何もなく、穴の底に消えたイヅナの兄さんと狼王に全てを委ねる他はねえ。
俺達も山神達と同じように、息をつめてその行方を見守った。
そして遂に……。
「来た、来た。来おったぞ! ぬははははっ!」
地球王の哄笑が響き渡ると同時に、大穴から真っ白い閃光が
続いて足元を蹴り上げられるような衝撃と共に、地面がひっくり返る程の大揺れが沸き起こった。
「さあ魔修羅よ! 今こそ秘めたる力の全てを解き放つのだ! うはーっ、はっ、はっ、はー!」
地球王が諸手を上げて歓喜の雄叫びを上げる。
地揺れは尚も続き、見渡す限りの山々から土煙が舞い上がる。地崩れもあちこちで起こっているようだ。
俺達は必死で脚を踏ん張り、それでも大穴から目を離そうとはしなかった。
イヅナ兄さん……頼んだぜ。
「ぬはあっ! はあっ! はぁっ! はっ、は……、…………うん?」
大口を開け、今にも蕩け出してしまいそうな呆け顔で大穴を見つめていた地球王が、急に眉をひそめた。
「おかしい……」
「何がだよ」
思わず普通に声を掛けちまった。
「魔修羅石千樽の力がこの程度で終わりのはずがない。
僅か数樽でさえ、あの沼を吹き飛ばすほどの威力があったのだ。
深淵が如何に奥深かろうと、少なくとも直上の乱雲など一瞬で消し飛んでしまうくらいの衝撃は噴出させて当然なはずなのであるが……」
言われてみれば、揺れは確かに物凄えが、先刻の沼も砦もぶっ飛ばした途轍もねえ威力とは較べようもねえ。
「てめえが
「そのような事は……。いや待て、いま一度算を検じてみるが……」
地球王は大穴から天に向かって真っ直ぐ伸びる光の柱を見つめながら、何事かをブツブツと呟き始めた。
その間も相変わらず地揺れは収まらず、閃光は頭上の黒雲に反射して辺りを昼間のように照らし出している。
その時になって初めて気付く。いつの間にか陽も落ちて、すっかり夜になっていた。
「兄さんがやってくれたのか」
「あるいはな……」
撫子も確信を持つには至らねえらしく、油断のない目で大穴を見つめる。
やがて……。
「む」「ぬ」「ん?」
三人が同時に声を漏らす。閃光に動きが見えたのだ。
それまでの安定した白光に俄かに乱れが生じ、明暗を繰り返すと同時に赤や緑の怪しい色味が混じり始める。
そして真っ直ぐ上に伸びていた光の柱が、少しずつ外向きに広がり出した。
これは……!
「外に出て来るのか」
「うむ……」
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