短編集 ことのいろは

音音寝眠

僕夢を見たんだよ


「おばあちゃん、今日ね、僕夢を見たんだよ」



「そうかい」


「寒くてね、冬だったんだよ、明け方だった。しびれるみたいに寒かった。でも寒いのがわからないくらいに月がきれいだった」


「そうかい」


「前におばあちゃんとお散歩した時に見た月とそっくり」


「そうかい」


「ちゃんと覚えてるよ。僕が眠れなかった時に、お散歩に連れて行ってくれたの」


「そうかい」


『ごはんよ!下りてらっしゃい!』


「はぁい!いまいくよ!」




「おばあちゃん、僕今日夢を見たんだよ」


「そうかい」


「凍りそうに寒い冬の明け方だったんだ。すごく月がきれいだった」


「そうかい」


「いつだったかおばあちゃんと散歩に行った時に見た月とよく似てたよ」


「そうかい」


「僕が眠れなかった日に、おばあちゃんが散歩に連れ出してくれたことはよく覚えてる」


「そうかい」


『あなた?お仕事の人から電話なんだけど』


「あぁ、すぐ行く!」




「おばあちゃん、今日な、夢を見たんだよ」


「そうかい」


「ものすごく寒い明け方だった。水道管が凍っちゃいそうなくらい寒かった。でもそんなことはどうでもいいくらい、月がきれいだったんだよ」


「そうかい」


「ずっと昔、俺が眠れなかった夜、おばあちゃんが散歩に連れて行ってくれた時に見た月を思い出したよ……」


「そうかい」


『パパー!宿題!学校に忘れた!』


「え⁉なに⁉今すぐ取りに行きなさい!」




「おばあちゃん。今日なぁ、夢を見たんだよ」


「そうかい」


「すごく月がきれいでなぁ。寒かった。それはそれは寒かった。身体が切れそうなくらい寒かった。明け方でなぁ、明け方なのによく月が見えた。この世のものとは思えんほどきれいな月だった。寒いのが吹き飛ぶくらいに……」


「そうかい」


「ずーっと若い頃、眠れなかった夜に、おばあちゃんが散歩に連れて行ってくれた時見た月も、それはそれはきれいだったなぁ」


「そうかい」


「おお、これだよ。今日の月も夢で見た月にそっくりだ。こう、晴れていて、明け方で、手でつかめそうに大きな……これだよ、この月は本当にそのままだなぁ……」


「そうかい」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る