第12話 お久しぶりです。元気ですか?

「いい?落ち着いて聞いて欲しいんだけど、

 私は怪しい人じゃない。

 仕事で内部のセキュリティを調査していたの。

 全然怪しくない。

 それで、会社の中に怪しい所を何箇所も見つけた。

 だからこうして調査をしていたわけで、決して怪しくない。

 わかるよね?」

「・・・はい。」


わたしは、かなり早口になっていた。

息も荒くなっていたかもしれない。

この可愛い生き物をトイレの個室に連れ込んだまでは良かったが、

どうする?これから。

直感的にこの子はやばいと思う。


可愛くてヤバイ!!!


ではなくて、今後の人生を左右するかもしれないという意味で、ヤバイ。

その証拠に、私はかなり焦っている。

とりあえず、話題を変えなくては・・・。


「あの、セキュリティのことはよくわからないんですが、

 セキュリティの仕事って・・・。

 本当に、会社内を見て回る必要はあるんでしょうか?」

「あるよ?」

「トイレの中も?」

「あるよぉ?」(私、必死の形相)


まずいぞぉ・・・。

この子は私が怪しいと思っている。

いや、怪しい行動をしていたけど、マズイ。

この子をなんとかしなくては今後の仕事に影響が出てしまう。


ちらっ。(時計を見る音)


そろそろ、行かなくてはならない。

時間の確認もあったが、もう一つ。

私の時計は、護身用として、スタンガン機能がついている。

これを使ってさっさと逃げることもできる。


だがしかし、ここにはしばらく滞在する予定だ。

気絶させたとして、目を覚ますまでに帰れるかというと、絶対無理。

そもそもこの小さな体に電流を流して、

殺してしまったら間違いなく刑務所行きである。

ここが会社の中でなければ、

学校だったら躊躇なく眠ってもらったけど・・・。


「・・・時間、気になるんですか?」

「えっ、ああ。ちょっと、待ち合わせをしてて」

「誰とですか?」(鬼の追撃)


グイグイ来るなぁ・・・。

何事も知りすぎるのはよくないぞぉ?

キーボードやマウスにどのくらいの細菌が棲んでいるか。

知ってしまったら共用パソコンなんて触りたくないし・・・。


しかし、そうだった。

人を探しているという設定だった。

じゃあ、話は早い。


「ここで一番偉い人。加茂井社長を探してて・・・。」

「・・・女子トイレに?」

「トイレは個人的な理由なのぉ!!」(悲痛な叫び)

「ひゃぃ!」


小さいくせにやたら賢いではないかこいつぅ・・・。

でも、わかったことがある。

この子は、強く押してやれば抑え込めるタイプだ。

ああぁ、どうして出会ったのがこんな場所だったのか。

学校ならいろいろとしてやれることがあったはずなのに・・・っ!


悲壮的運命、我、くやしさでいっぱい。


「というわけで社長に会いたいんだけど、案内してくれる?」

「・・・私がですか?」

「ちょっと待たせちゃってるかな~?     (一刻を争う事態の説明)

 でもぉ、私はすぐに行こうとしてたけど、   (全面無罪主張)

 呼び止められちゃったから仕方ないよねぇぇぇ?」(一転して責任転嫁)

「・・・ふぇ?」

「ここはやっぱり、正直に言うべきだよね。」


ちらっ。(目で心をへし折りにかかる音)


「・・・。」

「社長って、いつも何処にいるの?」

「・・・今なら多分、総務課に」

「じゃあ、行こうか?」ずいっ。

「ひっ」


形勢は逆転した。

火恋ちゃんの小さな手をひっぱってトイレから出る。

うぉほっ、やわらけぇ・・・。

ぷにっぷにじゃあないかぁ~!

これが学校なら使われていない教室などに連れ込むのだが、

今は仕事中だから我慢我慢。

この子とはプライベートでも個人的に遊んでみたい!


しばらく歩くと総務部についた。

なるほど、総務部というプレートがあってわかりやすい。

部屋に入ると、漫画で見たような仕事風景が広がっていた。


ああ、今日は目を覚ましたまま夢を見ているのだろうか。

こんな現実離れした世界が残っているなんて思わないではないか!


しっかし、こんなところに社長がいるなんて、

よほど暇なのか、コミュ力が高いのか。

社長室でふんぞり返っているイメージしかなかったけど、

話を聞く限りフレンドリーな人みたいだし、タイプが違うのかもしれない。


辺りを見回すが、それっぽい人はいない。

ブランド物のスーツを着こなしているとか、

気さくでかっこいい、それでいて面白い理想の彼氏像だとか、

そういう話は聞いた。


はるにゃんの父親だから、見たらすぐわかると思ったけど、

どうにも聞いていた話と一致しない。

他人の父親なんてあまり興味がなくて話をろくに聞いていなかった、

というのもあるけど。


悩んでいても仕方がない。

わからなければ知っていそうな人に聞くだけだ。


「すみません。お仕事中失礼します。

 加茂井社長はどちらにいらっしゃいますか?」

「神威社長なら、先ほどセキュリティの人と端末室に行きましたよ?」

「端末室ですか?」

「はい。

 あ、墨名さん。案内してあげて。」


よし、これで墨名ちゃんに案内してもらえるぞぉ!


だがぁ?これから仲良くなるのに他人行儀な呼び方はいかがなものか。

ここはニックネームで呼ぶべきではないか?

いや、さすがに仕事中はまずいか。

心の中で叫ぶだけにしておこう。


れんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃ

れんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃ

れんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃ

れんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃ

れんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃれんちゃ

れんちゃれんちゃれ


「あ、あの・・・。」

「ん?何、れんt

 墨名さん?」

「端末室は、あっちです。」

「あ、うん。案内よろしく。」


やらかしたぁぁぁ!!?


まあ、変な人と思われるのは慣れてるし?

あのはるにゃんですら私は変人扱いだから、もうあきらめよう。


端末室、というより、机の上にノートPCが置いてあるだけの、

衝立で区切ってあるとはいえ、端末ブースと呼ぶにふさわしい、

場所に案内された。

そこには逢乱と、いかにも社長っぽい男が。

この人が、はるにゃんパパ?


「あの、社長」

「どうした?墨名さん」

「社長に会いたいという方が・・・。」

「僕にかい?」


おい、課長。しといてって言っただろが。

私の紹介はしてないんかーい!

あれ?言わなかったかな?


「ああ、そういえばもう一人社員を」

「君はもしかして、春子のフレンドの彩かい?」


あ、そうか。

私は知らないけどあっちは知ってるのか。

はるにゃんはおしゃべりだからなぁぁぁ。

どうせツーショット写真でも送ってズッ友宣言でもしたのだろう。

肖像権の侵害だ!


「あ、はい。そうです。

 はるにゃ、春子の友達の」


まずい。ここの入館申請は『縛戸 綾音』で出してある。

それは、今日、会社員としてここに来ているからである。

しかし、学校での私は『丸上 彩』なので、

書面上だとぜんぜん違うのだよ!

ここで名刺なんか出そうものなら自爆まったなし。


はるにゃんは『あや』で呼ぶから、

日常会話をするくらいならバレる事はないのだが、

もし、はるにゃんが親にもあやあや言ってくれていれば大丈夫なのだが、

文字で書かれるととまずい!


『なんでそんなことを・・・』と思うかもしれないが、

すべてはセキュリティのため。

仕事といえど本名を軽々しく相手に伝えるのは無用心なのだよ!


ちなみに初対面で名刺を渡すのは日ノ本特有の文化。

約千年前、外国と戦争をしたときに、

俺らがルールとばかりに敵の真ん前で悠長に自己紹介をして、

いい的になったという笑い話があったらしいが、

その頃と何も変わっていないな。

個人情報の無料配布だ!


「君が彩だったか!

 そうか、もう仕事もしている。

 エクセレント!

 これからも春子をよろしく頼むよ。」

「え、はい。」


あれー?なんか普通にスルーされたんですけどー?

名前が違うことに気が付かなかったのかな?

まあ、はるにゃんの親ならあり得るか・・・。


「・・・少し、相談したいことがあるのですが、

 どこか人払いできる場所はありますか?」

「ここでは駄目なのかい?」

「その・・・。」


逢乱がれんちゃをちらりと見る。

どうやら重要な話をするらしい。

思ったより調査が進んでいないか、行き詰まっているか。

気になって今のさっきまで調べていたと思われるパソコンを見てみる。


・・・ああ、これは。ひどい。


「コンフィデンシャルな話をしたい、と?

 今回の調査について。」

「はい。」

「それなら、ここにいる墨名も、是非パーティシペイトさせるべきだ。

 こう見えて、我が社のゼネラリストだからね。」


そんなにすごい子だったのかこの子はぁぁぁ!

まあ、只者じゃないのはわかっていたけど、

ゼネラリストって・・・。


どういう意味?


「わかりました。一緒に話を聞いてもらいましょう。」


社長の鶴の一声で、課長の許可が降りた。

まだれんちゃと一緒にいられる。やったね♪

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