第10話 完売御免!人気物件を特別価格でご案内!

私は、舗装された道を歩いている。

今日はいい天気だ。青空に雲が浮かんでいる。

日差しが少し眩しい。


こんなときは日陰が恋しくなる。


会社の周りを歩いたことがあるだろうか。

意外と日陰が見つかるものである。

それは、ゴミ置き場だったり、喫煙所だったり、

ちょっとした休憩スペースだったりする。


隠れて何かをするにはもってこいだっ!


あ、ビルで部屋を借りているだけの会社に勤めている人はご愁傷様ってことで。

ちょっと話がわからないかもしれないけど想像力でカバーしてね?


今どき無線LANの来ていない会社なんて無い。

会社の中の何処にいても仕事ができるように、

ネットワーク接続用の機器がいくつも置いてある。

勝手に入ってくれと言わんばかりに。


通常、悪用されないように存在を隠したり、

最低限、パスワードで保護したりするものだが、

結構、管理は雑だったりするのがネットワーク機器。

早速侵入を試みよう!


建物と建物の間にちょっとしたデットスペースを発見。

日陰になっている。

足元には煙草の吸殻が少々。空き缶が転がっているなど。

さては誰かここでサボっていたな?

スマホを取り出して電波状況を確認する。


社内だけに限定する無線の電波であっても、

会社の壁の近くなら意外と繋げられてしまうことがある。

このサボりスペースでも同様、

社内のネットワークに繋げて、賢くパケット代を節約しながら、

おもしろ動画が見放題というわけだ!


実際、フリーWi-Fiスポットを提供してやると、

面白いくらい馬鹿どもが繋ぎに来る。

誰が提供しているのかくらい確認したほうがいいよぉ?

もちろん、実在する有名企業の名前つけてあるけどねっ!!


しかし、私はこの会社の社員ではない。

ネットワークへの接続許可なんてもらえるはずもなく、

設定諸々手探りでやっていくしかない。


・・・社内端末を1個くすねた方が早いかな?


きょろきょろとあたりを見回すと、監視カメラの存在に気がつく。

もちろん、サボりスペースなんて見張っちゃいないのだが、

監視カメラにLANケーブルが繋がっているのを私は見逃さなかった。


監視カメラの映像は、どこかに送られている。

サーバーに直結されている可能性もあるが、

1つのサーバーに1つのカメラが繋がっていることはなく、

通常、会社内のすべてのカメラの映像を集約するべく、

スイッチかハブか何か、ネットワーク機器を挟んでいるはずなのだ。


となれば、別に無線LANにこだわる必要もない。

LANケーブルを直接ハブに繋いでネットワークに侵入すればいい。


セキュリティの検討を始めたばかりの初心者は、

ネットワーク機器の空きポートに対して何の対策もしないことが多い。

『攻撃者が社内に入ってきて勝手に接続する』という発想がないからだ。

繋げそうなLANポートがあったら試しに繋いでみると良いぞ?

誰も騒がなかったらセキュリティが甘い証拠である。


騒ぎになったら・・・、ごめんなさいしようね?

ごめんで済んだら警察いらないのだよ!


でもぉ、せっかく見つけたサボりスペースを放置はできない。

隠しカメラと盗聴器を置いておこう。

うっかり社内の機密情報を漏らしてくれる人が現れるかもしれない。

情報とは、気が緩む場所から漏れていくのだ。

何気ない会話の立ち聞きは、情報収集の基本!

よし、サボりスペースが一望できるこのあたりに仕掛けておけば・・・。


「ん?」(私が呟いた声)


どうやら先客がいたようだ。

既に隠しカメラが仕掛けられていた。

マズイぞ!私がこのあたりを嗅ぎ回っていたのがバレてしまう!

でも、一体誰が?

この会社は、古風な割に、そんな姑息な監視をしているのだろうか。

わざわざサボりスペースを用意して、そこを見張るような。


・・・わからないが、こちらもこちらで勝手にやらせてもらうとしよう。


しばらく敷地内を散歩すると、倉庫を発見した。

これはこれは、中に大層なお宝が眠っていそうで。

意外にもこの倉庫は電子ロックだった。

ここもアナログな鍵で管理していると思ったのに・・・。


これはカードキーがないと始まらないので後回し。

次の建物に向かうとしよう。


と、その前に駐車場があった。

従業員の車が止めてある。

ここでの狙い目は、社用車だろう。

この車に乗って取引先に行くということは、

社内で仕事先の情報を話す機会がある、ということなのだよ!


さっそく盗聴器を取り付けようと物色してみると、

これはまた、既に盗聴器が・・・?

この会社。セキュリティはアレだけど監視はちゃんとやってるみたいね。


って、気持ち悪いわぁぁぁぃ!


セキュリティのためとはいえ、24時間体制で行動を監視されるなんて!


しかしながら、最近のスマホにはGPSなるものがついているのであって、

端末の持ち主が何処にいるかくらいは、衛星経由でわかってしまう。

裏を返せば、端末が盗まれたとしても、衛星経由で追いかけて、

リモートから重要なデータを消去することができるのだ!


いやぁ、強固なセキュリティとはボディーガードですなぁ。

ガッチリと守ってもらうためには、

ピッタリと近くに寄り添われるのを許容しなければならぬ。


それにしても、ここまでやる企業があるだろうか?

既にこの会社、サイバー攻撃の下準備が進められているのでは?

いや、厳密には既に攻撃を受けているのだけれど。

監視カメラや盗聴器がいたるところに取り付けられているのは、

異常である。


頑張ればよじ登れるコンクリートに囲まれたこの会社は、

一見、普通の会社ではあるが、

ここまで監視機器が多いと刑務所のようである。

世の中に出せないような危険な人間がウジャウジャいるのだろうか?


さて、戦場を闊歩するのはこれくらいにして、

そろそろ敵地に乗り込もうじゃあないか。

敵地に入り込んで始めにすることは情報収集。

これ、基本。


地図を持たずにジャングルを歩くなんて非効率。

ネットワークに侵入したら、まずネットワークの構成を調べる。

同じく、知らない会社に来たら、社員から情報を仕入れる。


つまり、トイレに行こう!ってこと。


機密情報が飛び交う場所、廊下、エレベーター、そしてトイレ。

この3箇所を抑えておけば、あとは大体なんとかなる。

置いてきた盗聴器やカメラの情報もチェックする必要があるし、

まずはトイレだよね・・・。


トイレに入る方法は2つ。

清掃員として入り込むか、関係者として入り込むか。

要するにぃ、いても気にならない人間であればいい。

今回は入館証を手に入れている。

これさえあれば初対面でも怪しまれない。

出入りの多い会社なら特に。


トイレに行くと、いろいろなことがわかる。

この会社のトイレは、そこそこキレイな作りをしている。

つまり、トイレに回す資金がそこそこあるってことなのだよ!

そして、ゴミが散らかっていたり、糞尿が飛び散っていたりする。

つまり、社員の民度が低いってことなのだよ!

パソコンのデスクトップやフォルダ構成に人柄が現れるようなものである。


・・・今、一瞬でも脳裏にフラッシュバックした人は、悔い改めるのだよ?


トイレの個室に入り、あたりを見回す。

言い忘れていたけど、私のメガネって高性能だから、

いろいろ機能つけてあるんだよね。

盗聴器とかカメラとか場所がすぐに分かるんだよ。こんなふうに。


クイクイっ。(メガネのフレームを触る音)


・・・いや。

どうなってるですかこの会社はぁぁぁ!?

女子トイレの個室になんてもの仕掛けてやがりますですのよ!!!

あっ、にゃん♪


この会社の中には、明らかに犯罪者がいる。

会社の外ならともかく、トイレの中にまで、

こんなものを仕掛けるなんてよっぽどの変態野郎だろう。

今どきサイバー攻撃だけに気をつければいいってもんじゃない。

こういう軽犯罪が一番多いんだからそっちの対策もしないとね?


「本当におかしいって、あの子。私なら死ぬ死ぬ。」

「だよねー。サイボーグか何かじゃない?(笑)」


む、誰か入ってきたようだ。


「この前も日付跨いで仕事してたって言うし?」

「知ってるぅ。社畜っていうんでしょ?それ。(笑)」


どうやら誰かの話をしているらしい。


「ぱっとしない子なんだけど、仕事はしてくれるからね。

 助かるは助かるんだけど。」

「社長に気に入られてるのが許せないんだ~?」

「まさか!あんな意識高い系の勘違い男。(笑)

 気に入られたら精神が持たないでしょ・・・。」

「はは、言えてる。」


ほぉ、噂のはるにゃんパパさんは、意識高い系の勘違い男。


いけない人だねぇ。誰かに聞かれたら困ることを、不用心に言っちゃあ。

あとで脅迫に行っちゃうよぉぉぉ?


でも、会ってみたいなあ。はるにゃんのパパさん。

見ている分にはさぞ愉快な生き物だろう。


「でさぁ、今日来るんだって。」

「誰が?」

「セキュリティの人。」

「マ?どんな人だった?」

「まだ見てないけど、セキュリティってなんかお硬そうだし。」

「あー。ね。」


職業だけで印象を決めないで欲しい。

セキュリティの人だけど、私なんかこんなにかわいいよぉ?

かたくないかたくない。

ほら、にゃんにゃーん♪


「『あらん』とか言うらしいから、外人?」

「ま!?紹介して!!」

「だからまだ見たこと無いって。」


日ノ本生まれで逢乱って、キラキラネームって言われそう。

っつか、なんだよ外人ならイケメンだろうっていう謎思想は!

私みたいに可愛い系かもしれないのに!


「でも、セキュリティの人が来るって、何かあったのかな?」

「あの社長だし、単なる思いつきかも。」

「ジャストアイデア?」

「そう、ジャストアイデア(笑)」


くそ!面白そうな会社に勤めていただけで幸せそうですわね!

うちの課長はあれだぞ?暗いし地味だし。

プログラムが恋人で私にはまともにかまっちゃくれない!

私こんなにかわいいのに!


しばらくすると何も聞こえなくなった。

どうやら出ていったようだ。

せっかくならカメラを仕掛けてから個室に入るんだったなぁ。

顔写真があるとないとでは脅迫のやりやすさが違くて・・・。


ふと、この個室に仕掛られていた監視カメラのことを思い出す。

このカメラに写した映像は、誰が、いつ、確認するんだろう?


監視作業なんて何も起きなければ退屈なものである。

このカメラを仕掛けた犯人は、所狭しと並べられたモニターで、

一日中、女子トイレを見ているのだろうか?

おそらく、何時間かまとめてチェックしているのだろう。

サイバー攻撃のようにスピード勝負で対応するようなことじゃあない。

きっと、リアルタイム監視はしていないはず。


していなかったとしたら、私はかなりの不審者に見えているはず。

こっちに向かってくる可能性もある。

一応、襲われたときのための準備はしてあるけど、

こんな敵地の目立つ場所で乱闘騒ぎは勘弁願いたい。


女性の独り歩きは危険。

トラックが突っ込んできたら助かる保証はない。

それなのに不用心にもヒールでのこのこ歩くなんて。

私はできない。

足に筋肉がついて太くなるの嫌だし。


トイレ巡りはまだ始まったばかり、次のトイレに向かうため、

いや、別にトイレじゃなくてもいいんだけど、

扉を開けた。


よし、誰もいない。今のうち。

そういえばLANケーブルの差込口も探さないと。

社内に入り込んではいるけど、肝心のネットワークの中を見ていない。

どうにもならなかったら、逢乱と一緒に仕事をするふりして入るまで。


建物の中を歩くと、やっぱり事務所は古いビルにあるということが、

嫌というほどよく分かるんだよなぁ・・・。

素材がいいのだよ。素材が。

これも意識高い系と噂の社長のこだわりなのだろうか。

近代的なシステムはないのに大企業に来たという雰囲気が伝わってくる。


その後も、トイレを数カ所周り、出会った社員と世間話をしつつ、

会社の中をくまなく探し回ること数十分、いや小一時間?

LANケーブルを差し込みやすそうな場所を発見したのだった。

これでネットワークの中が覗き込めるねっ。


といっても、部屋に座り込んでネットサーフィンなどしようものなら、

お前は一体何をやっているんだということになるので、

有線LANにくっつけると無線が飛ばせる特製の機器を差し込んでおく。

社内の構造は十分把握した。

最寄りのトイレまで数メートル。十分届く範囲。


ネットワークに繋いで始めにすることは、IPアドレスの割当。

使われているIPアドレスを使ってしまうと一発でバレる。

サイバー攻撃ができる人間はそういうヘマをやらかしたりしないからすごい。

マルウェアに感染した端末を使うのが一般的だが、

それでも何らかの方法でネットワーク内の調査はしているはず。


こそこそ調査を進めながら、違和感に気がつく。

そういえば、さっきのLANポート、使われていないはずなのに、

ホコリ1つ無いほど綺麗なまま放置されていたなぁ・・・。


やっぱり誰かが先に侵入を試みようとしていたのでは?

いや、既に侵入を終えていて、サイバー攻撃に発展、

今回の調査に至ったのでは?

となると、今回のサイバー攻撃は、内部犯行の・・・。


「・・・。」(静寂を表している、つもり)


マズイ!

あのLANポートにつなぐのはマズイ!

下手すると私が逮捕されるじゃあないか!

慌ててトイレのドアを開けると


「ひゃぅ!」

「あ、ごめんなさい。ちょっと急いでて・・・。」


トイレに入るならともかく、出るのに急ぐとはどういう状況だろうか。

なんか扉を開けたら、急に女の子が突っ立っていたので。


「な、何かお困りでしょうか・・・?

 先程からウロウロされて・・・、いますよね?」

「あ、うん。ちょっと探してる人がいて。」

「どんな人ですか?」

「それは・・・。」


制服と社員証を見たところ、ここの社員らしい。

墨名 火恋。ふーん、これはなかなか、ちっちゃくて可愛いじゃん。

会社の制服より、学校の制服のほうが似合うんじゃないかなっ?

もはや裏サイトでしか買えない学校指定の体操服でも着せてみようか?

って、違う違う。


「・・・・。」(黙る私)

「・・・。」(相手も黙る)

「・・・・・・。」(さらに黙る私)


いや、君。本当にここの社員?

はるにゃんより年下に見えなくもないんだけど?

まさか、この目の前にいるのは・・・。


「どんな人でしょうか?

 答えられない理由があるんですか?」

「ええと、ね?

 私が探していたのは・・・。」


後ろは便器である。

穴があるけど、小さいし、水が溜まっているから入れない。

逃げる場所はない。

偶然ではあるが、トイレの個室という袋小路に追い詰められた形。

逃げる場所はない。


もう、こうするしかなかった。


「あなたみたいな可愛い子を探していたんですっ!」(豹変)

「・・・ふぇっ!?」

「あっ」


つい、本音が出てしまったが・・・、

相手を思考停止させた瞬間にトイレに連れ込むことに成功した。


パタン。カチャ。(トイレのドアを締めて鍵をかける音)

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