第8話 より美しく、自分を変えたい貴方のために。

「あ、もしもしはるにゃん?

 私今日学校サボるから。」

「えっ?またなの?」

「ちょっと用事ができちゃって・・・、

 先生たちには適当にごまかしておいて、ねっ?」


学生である私は、平日は学校に行っている。

しかし、学生としての私は世を忍ぶ仮の姿。

実は、サイバー攻撃対応事務所に勤める立派な学生なのだよ!


おやおやぁ?何を驚いているのかなぁ?

今までのパターン的にはるにゃんが出てくると思った?

喜べ!今回はあやのターンだ!

私がナレーションするのだよ!!


というわけで、今日は学校をサボって仕事に行く。

仕事というのは、はるにゃんの親の会社に行って、

新種のマルウェアを採取しに行くことで、

学校の授業よりも何倍も価値のあるものである。


「いくら成績がいいからって、学校サボるのはよくないよ!」

「そうだね。はるにゃん、今日は一人でご飯だね。

 ・・・大丈夫かな?できるかな?」

「それもあるけど!」


うん、我が友はいつもいい反応をしてくれる。

学校の通信簿は、テストの結果による点数だけが載る。

だから、テストさえうまくできていれば、何も問題はない。

多少出席率が悪くても、なんとかなる!


「はるにゃん!頑張ってうまくごまかして!」

「ちょ」


ポロロン。(通話を切る音。)


さて、今日は社会人として外に出るので、

社会人としての化粧をして行こう。

化粧にもTPOがある。


化粧とは、自分を可愛く見せるためにするものではない。

呼んで字の如く、なりたい人間に化けるためにするものなのだ。

世の中の半数くらいは、そこを勘違いしている。


化粧というのは本来、神事的、儀式的な用途に使われるものであり、

一般人が美の追求に用いられるようになったのは、

化粧品が商品としての価値を持ってからのこと。

今では、自分の憧れの存在に少しでも近づくべく、

その場限りの変装をするためのものである。


だったのだがぁ?憧れの存在に近づくんじゃなくてぇ?

仲間意識を持たせるためにする化粧が多すぎる!

なんだあの個性のない化粧は!

団体意識を持たせるための制服としての化粧!

仲間に気に入られるための自分を守る化粧!

社会に出てからの化粧は、これもまた個性のない化粧。

もはや個人としての尊厳はまったくないのだよ!


同じ顔を並べて何が面白いのだろうか?

なりたい自分になるという、子供の頃の純粋な誓いは何処に在りや?

なんだぁ?出る杭は打たれる理論かぁ?

人と同じでないと安心できないのか?

自ら量産型の物となることを望みながら、

特権を得ようとは何と背反二律で厚顔無恥か!

学校で化粧が禁忌とされるのは、個性を伸ばすためでは?

化粧は絵画であり美術作品であり模写が可能である。

個性が出るようで模倣ができるため個性が出来にくい。

そもそも市販の誰でも買える化粧品で個性など出るはずもなく、

勝利するのはいつも、自然体の生まれ持った美しさなのだよ!

よって、整形は美しくこそなれども一番になれない。

富士の山を削って平らにするものであり、

グランドキャニオンでなければ日ノ本一の山になろうとしてはいけない。


しかし、これは都合のいいことでもある。

同じ格好、同じ化粧をしていれば、簡単に紛れ込める。

会社にとって不都合な人物がいても、それは集団の中の一人にすぎない。

私のように学生であっても、社会人とみなしてもらえるのだ!


よし、完璧な出来である。




「・・・元から完璧だけどねっ!!!」 ドン!(最高で最適な効果音)




しかし、昔では完璧だったこの化粧による変装術も、

認証システムが発達した現在では通用しなかったり・・・。


機械の目を欺くのは至難の業で、目や鼻の位置を使っているならともかく、

網膜とか静脈とか化け物でないと偽装できない部分で照合していると、

化粧だけでは通過できない。


そういうときは、システムに細工して通過するのだが、

今日行く会社は、その必要はない。

なんでも昔ながらの警備システムで、

大企業にありがちな近代的なセキュリティロックは存在しないらしい。


そもそも今回は誰かになりすまして侵入なんてしないぞ!

サイバー攻撃対応事務所に勤める有能な社員として行くのだから。


最近は変装して騙す手法というのは少なくなってきた。

メールや電話で騙す手法がほとんど。

犯罪者も予算が厳しいってことだねこれは。

それに、捕まるリスクがぜんぜん違う。

犯罪者も人手不足ってことだねこれは。

予算や人手不足に苦しむかわいそうな生き物・・・。

犯罪者も会社を作ってるってことだねこれは。


実際、サイバー攻撃は個人戦ではなく団体戦になっている。

団体戦というか、戦争に近い、数の暴力で勝利するゲーム。

サイバー攻撃対応事務所は、わずかに残る個人戦で活躍している。

本当のサイバー攻撃を相手にするなら金も人も潤沢に用意しないと。


一番重要なのは、時間だけどね!


そんなわけで、集合場所の会社前にやってきたのだった。

ひょいと覗くと我が社の上司、寒江 逢乱 課長(笑)が突っ立っている。

なんて不用心な。


最近の日ノ本の人間は、危険というものを考えられなくなっている。

歩きスマホが一番わかりやすい例で、どう考えても危険にもかかわらず、

本人は薬物に依存しているが如く、熱心に画面を見続けるのだ!

ただでさえ視野が狭い癖に目の前をスマホで塞いだら、

一体どうやって迫りくる危険を察知できるのか。


セキュリティにかかわる人間であれば、なおさら気をつけねばならないぞ!

セキュリティの知識を持つ優秀な人材は少ないのだ。

戦争は数。優秀な人材をいくら揃えられるかで勝負はほぼ決まる。

人材を揃えさせなければ勝ち。


・・・あとはわかるね?


「ちょっとボーッとし過ぎなんじゃないの?

 これから犯罪者のオンドコに乗り込むっていうのに。」

「少し、思うところがあってな・・・。」


違うんだよなぁぁぁ?!

オンドコじゃなくてオンショウだろぉぉぉ?


ふむ、どうやら久しぶりの正式な仕事で聊か緊張している様子。


だがぁ?そんな些細なことは私にはどうでもよく、

これから視察する会社の中身のほうが気になるのであった。


電動でいい重いゲートの扉を手動で開け、

低予算なコインパーキング式ではなく人間で人を通す、

それにより得られるメリットとは、一体何であるか。


おそらく、気分的なものだろう。

セルフレジのほうが早いのに、わざわざ有人のレジに並びたがる人もいる。

同じ言葉を発するとしても、機械と人間は違うのだ。


ゲートを抜けると舗装された道が広がっている。

さすが、運送会社だけはある。

車で来ても砂利道に足を取られることはない。


正面にある四角く4階くらいしか無い建物。

これが本社なのだろう。

だがぁ、ここは最初に入るべき場所じゃあない。

まずは敷地の中をぐるっと一周!

城に攻め込む前に地図を広げて軍議を開くように、

周辺の地形を把握しておく。


避難経路は重要。

有事のときにどう動くか決めておくのは最低限の準備である。

財布を盗まれてから警察に相談するマヌケがいるだろうか。

鎖の1つや2つ、つけておくべきである。


セキュリティだって、防御を固めるなら運用フローを作るよね?

何かあってから対応できる人を探すようでは遅いのだよ。


セキュリティインシデントだ!

対策本部を作れ!プレス発表の準備を!

記者会見だ!原因特定!

ここまで30分!


・・・絶対無理だけど、そのくらいの勢いで準備はしておくべき。


「じゃあ、入館の許可ももらったし、

 この会社を自由に見学させてもらうからねぇ~♪」

「おい、依頼人に挨拶はしないのか?」

「そのうち出会うでしょ?

 その時しておくから今回はパスで!

 私がいるってことだけ伝えておいてね~!(ノシ)」


くるっ。ザッ!(方向転換する音)


さあ、この城を落とすぞ!

はるにゃんの逃げ込む先を潰してやる!

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