四角関係、いえ、五角関係ですか?
「彼女は私のバンド、レルゼリーディヒアの元ヴォーカル。傷付けたりしない…」
「へ……?」
カハ=レルゼルブゥアのまさかの告白に、ユウカもガゼも呆気に取られていた。それでもガゼがやっとという感じで言葉をひねり出す。
「レルゼリーディヒア(焼き尽くす者)って言ったら有名なロックバンドだよね。私はロックにはあまり詳しくないけど、そんな私でも聞いたことある。そう言えば、リーダーは邪神だって…」
ガゼの言葉でようやくユウカもいくらか状況が掴めて、ヘルミに抱きついたままだったが改めてカハ=レルゼルブゥアの無機質で無表情な白い顔を見上げた。そんなユウカにヘルミが忌々しげに言う。
「いつまで抱き付いてんだ、鬱陶しい!」
「ご、ごめんなさい…!」
慌てて離れたユウカからも目を背け、ヘルミは「チッ!」と舌を鳴らした。
「ヘルミ…せっかく会えたからここで言う。私達のバンドに戻る気はないか…?」
そう問い掛けられて、ヘルミは再び「チッ!」と舌を鳴らして、
「またその話かよ…」
などと吐き捨てるように言う。
「誰が邪神のバンドなんかに戻るか。ふざけんな…!」
と言い残し、ヘルミは背を向けて去ってしまったのだった。
「……」
「……」
「……」
後に残されたは、やはり無表情なまま立ち尽くすカハ=レルゼルブゥアと、状況についていけずに戸惑うばかりのユウカとガゼだけであった。
ショップの店員も行き交う通行人も、三人のことをそれほど気にするでもなく少しちらりと見るだけである。このくらいのことでは、ここに長くいる者達は動じないのだ。
カハ=レルゼルブゥアは、どうしていいか分からないといった感じで佇むユウカとガゼに向かい、
「ごめん…」
と静かに言葉を発した。それでようやく少しだけホッとした二人に、彼女は続けた。
「あの店であなたのことが気になって話し掛けようとついてきたんだけど、私、しゃべるのあまり得意じゃないから怖がらせてしまったみたいだね…」
感情は込められていないが決して悪い意味には感じられないその言葉に、ユウカは思わず聞き返す。
「…って、それはつまり…?」
そんなユウカに、カハ=レルゼルブゥアは少しだけ目を伏せた感じで言ったのだった。
「私と、友達になってくれないかな……あなたのこと、一目で気に入ったの…」
『…え…? えええ~っっ!!?』
カハ=レルゼルブゥアが、惑星をたやすく丸焼きにするほどの力を持つ邪神が発したあまりに意外な言葉に、ユウカは跳び上がりそうなほど驚いた。
そして、ガゼも、ユウカとは少し違った意味で驚き、ただでさえつぶらな瞳をさらに真ん丸にしていたのであった。
『はあ…なんとか買えた……』
当初の目的のストレージの購入は果たせたが、ユウカはそのまま、ガゼとカハ=レルゼルブゥアを伴って家に帰ることになった。邪神とは言え、少なくとも今目の前にいるそれは、話してみるとそんなに危険な印象はなかったから、家に招待することになったのだ。
『む~……』
しかしガゼは明らかに不満顔だった。無理もない。今でさえメジェレナというライバルがいるというのに、そこに邪神まで加わるというのでは、それは心中穏やかではいられないだろう。
『くそ~…どうすりゃいいんだよ…』
ユウカと並んで歩くカハ=レルゼルブゥアを少し後ろから忌々し気に睨むガゼだったが、実際に正対してみて自分が勝てるような相手ではないことは思い知らされた。力尽くでどうにかできるような問題ではないということだ。
元よりそんなことを力で解決しようとするのがおかしいのだが、これまでは、
『いざとならぶちのめしてでもって思ってたのに……』
などと、力尽くでもという余裕があればこそなんとか気持ちの上では優位に立ててたつもりが、それが全く通用しない相手の出現に、混乱しているというのもあった。
死なない為に子供を残す必要もないここでは、同性婚も普通に行われていることである。<何をもって同性と言うか>というそもそも論にぶつかる場合もあるが、まあそこまで深く追及しても時間がかかるだけなのでここではさて置くとして、つまりガゼはユウカとそうなりたいと思っていたのだった。
だが一方のメジェレナは、実はそこまでは現時点では考えていない。より一層親しくなりたいとは思っているが、パートナーになりたいというのとはまた少し違っているのだ。
そこにカハ=レルゼルブゥアも加わるとなると、ますますややこしくなりそうだというのは確かだろう。
そんなことを悶々と考えている間に、ユウカのアパートに戻ってきてしまっていた。と、玄関前にいたのは一号室のマフーシャラニー・ア・キリオーノヴァ。キリオだった。
「あ、おかえりユウカ。今日も可愛いね。今から僕の部屋に来ない? ヌラッカは仕事でいないんだ。でも、このことは内緒だよ」
と、相変わらずどうしてそんな言葉がスラスラ出てくるのかという誘い文句を並べながらウインクした。だがようやくそこでユウカの後ろにいる人影に気付いて、少し驚いた顔になった。そして唇を鳴らしながら、
「レルゼーじゃん。何? 君もユウカに目をつけたのかい? でも残念だったね。僕が先約なんだ」
などと、なんでそんなに自信満々なのかさっぱり理解できないがとにかく自信満々の様子で言った。
すると、とうとうガゼの堪忍袋の緒が切れて、
「おまえらふざけるなーっっ!!」
と顔を真っ赤にして怒鳴る。
その時、
「…あ、ヌラッカ…」
と、不意にカハ=レルゼルブゥアがキリオの背後に視線を向けて声を発した。するとキリオは流れるようにその方向に向き直り、
「いやだなあ、ヌラッカ。僕は君一筋だよ。これはただの挨拶さ」
と全く悪びれることもなく躊躇いもなく、スラスラと言葉を繰りだした。
が、そこには誰もいなかった。そう、カハ=レルゼルブゥアが引っかけたのだ。そしてキリオの注意が逸れた瞬間に認識阻害を自分とユウカとガゼに掛け、キリオの視界から消えてその間にユウカの部屋へと戻ったのだった。
「相変わらずだね、あいつも…」
ユウカの部屋でようやく一息つくと、ガゼが疲れたような顔をしてそう呟く。
それに対してユウカは苦笑いするしかできなかった。しかしそれから気を取り直してカハ=レルゼルブゥアに向き直って話し掛ける。
「え、と、カハ…カハレ…」
名前が出てこなくて口ごもるユウカに、カハ=レルゼルブゥアは静かに応えた。
「カハ=レルゼルブゥア……レルゼーでいいよ。この姿の時はそう名乗ってる…」
レルゼーとは、今はもう消滅してしまった遥か昔の宇宙に栄えた文明の言葉で、直訳すれば<炎>という意味になる。炎熱を司る彼女には相応しいと言えるだろう。それを受けてユウカは少しホッとした顔をした。
「じゃあ、レルゼーさん。キリオさんとお知り合いだったんですか?」
あくまで会話の入り口だったとはいえ、少々ありきたりな質問だったかもしれない。レルゼーもキリオも、それぞれのジャンルでは人気者であり、テレビでの露出もある者同士だ。お互いを知っていてもそれほど珍しくはないだろう。しかしレルゼーはそんな質問にも丁寧に答えた。
「以前、テレビの番組で一緒になってそれから時々飲みに行ったりする……友達…かも知れない…」
『友達かも知れない』とはまた曖昧ではあるが、それだけレルゼーは他人とのコミュニケーションが苦手ということなのだろう。そんな姿を見てるうちに、ユウカはなんだか親近感を覚えてきてしまった。
「そうなんですね」
と応えつつ、
『この人、ホントに人付き合いが苦手なんだ……コミュ障の邪神って…なんか、かわいいかも』
そんな考えが頭をよぎって、思わず口元が緩んでしまった。そのユウカの顔がまた可愛らしくて、ガゼが頬を染める。すると、レルゼーもどこか所在無げに視線を泳がせたのだった。
『照れてる…?』
『もしかして照れてる?』
それまで全く表情らしいものを見せなかったレルゼーのそんな様子に、ユウカもガゼも呆気に取られていた。だがそればかり気にしてもいられない。もっと気になることがあるのだ。
「あ、そ、そうだ。あの、ヘルミさんのことなんですけど…訊いちゃ、ダメですか…?」
少し上目遣いになりながらユウカはそう切り出した。
ユウカに話しかけられると、レルゼーは落ち着きを取り戻した感じで、
「いえ、お話しします…」
と静かに語り始めた。
「…私がヘルミに出会ったのは、彼女がまだここに来たばかりの頃でした……
彼女は今よりもっと荒れてて誰彼構わずケンカを売ってました……
そこでアーシェスが、『そういうのを吐き出したいならロックバンドにでも入ったら?』と言って私のところに連れてきたんです……
彼女も、元々ロックは好きだったそうです……
でも彼女が対邪神の魔法使いとは誰も知らなくて、私も彼女の声を聞いてそれでOKしました……
彼女の声、すごく力があってとても素敵でしたから……
だけど、彼女がバンドに加わってようやく慣れてきたと感じた頃、偶然、私が邪神だということを知ってしまったんです。それで彼女は怒ってしまって『こんなところにいられるか!』と言って出て行ってそれっきりになりました。
私は、彼女の声が好きです。彼女が邪神を憎んでいるのは仕方ありません。私はそういう存在ですから。でももう一度、彼女の声でやってみたいと思っています……
あ、もちろん、今のヴォーカルのコも素敵ですよ…」
人と話すのは苦手と言いながら、彼女も自分の気持ちは語りたかったらしい。淡々として感情が込められてない平板な声ながらそこまで一気に話したのが何よりの証拠だろう。
しかもその話し方は、淡々とはしつつも、<蝋のような白い肌><炎のような赤い瞳><黒尽くめの長身痩躯>といった見た目からはなかなかイメージしにくいであろう、穏やかで優しい印象だった。
だからユウカは思ってしまった。
『やっぱり可愛い女性だな』
と。
邪神を相手に可愛いも何もないが、そう感じてしまったのは仕方ない。無口でコミュ障でも根は真っ直ぐな人なんだろうなとも感じていた。だから、
「そうだったんですね。ヘルミさんとまた一緒にできたらいいですね。私も応援したいです」
と、まるで仲の良い学校の先輩にでも話しかけるように真っ直ぐな視線を向けながら彼女は言った。その姿は、ふわりとした柔らかさと透き通った清廉さも併せ持ち、それを目にしたガゼの胸を鷲掴みにすると同時にレルゼーの深いところにも沁み込んでいった。
レルゼーは邪神だから、本来は人間のような心はない。しかも、これまでも多くの命を消し去ってきた、恐ろしく、そして激しい憎悪の対象のはずである。
だがそれはあくまで、人間から見た感覚であろう。邪神のみならずこの種の超次元的存在は、基本的に天災のようなものであって、人間の価値観には収まらないものなのだ。
また、今の彼女は、<邪神の本体>ではなく、<邪神のデータの一部>に過ぎない。さすがにこの<書庫>と言えど、宇宙そのものを創造する存在を完全に記録することは不可能だった。
さらに、人間の肉体を有している時には、その肉体に由来する情動は生じる。<心のようなもの>は生まれる。そこに影響することはある。ユウカの何気ない表情が、レルゼーのそういうところの琴線に触れたのは間違いないだろう。
こうしてユウカは、多くの惑星で魂にまで刻み込まれた恐怖と憎悪の対象でもある邪神、カハ=レルゼルブゥアとも仲良くなってしまったのだった。
レルゼーの話が一段落付いた時、不意にドアがノックされた。
「どうぞ~」
ノックの仕方で誰が来たのか分かったユウカがそう声を掛けると、
「おじゃまします」
とメジェレナが入ってきた。だが、
「っっ!?」
部屋の中を見た彼女は目を大きく見開いて、呆然とした顔になった。そして、
「あ…え…? もしかして、レルゼーさん…? <レルゼリーディヒア>のリーダーの……え? 本物…?」
もはや自分でも何を言ってるのか分かってなさそうな、ほぼ独り言に近いその言葉に、ユウカが反応する。
「うん、ロックバンドのリーダーやってるレルゼーさん。今日、知り合ったばかりなんだ」
その言葉に後押しされるように部屋に入り、メジェレナはレルゼーの前に膝をついて興奮したように語り出した。
「あ、あの、私、ファンなんです! レルゼリーディヒアの…! アルバムも十年前から揃えてます…! あ、握手してもらっていいですか…!?」
普段は内向的で引っ込み思案なメジェレナのその姿に、ユウカもガゼも、
「……へ…!?」
って感じで呆気に取られていた。しかも、ロックが好きだとはこれまで聞いていなかった。確かに見た目のイメージには合っているが。
と言っても、実はメジェレナのそれは、比較的ミーハーと言った感じに近いものかも知れない。ロックも好きだが基本的にはポップスが好きで、レルゼリーディヒアについてもどちらかと言えばビジュアルに惹かれてファンになったと言った方がいいだろう。だが、理由はともあれ好きなバンドであることは間違いない。そのリーダーがいきなり自分の目の前にいたらこの反応も仕方のないものかも知れなかった。
「ああ…! ありがとうございます! ありがとございますぅ!」
レルゼーに握手してもらい、しかもTシャツにサインまでしてもらったメジェレナは、すっかり有頂天になっていた。
「やった…やった…! すごい……!」
それは、彼女がここに来て一番の幸せそうな様子と言っても良かっただろう。
ユウカもそんなメジェレナの姿を見て、
『レルゼーさんを部屋に招いて良かった……』
と思った。
最初はいろいろ不安だったけれども、
『やっぱりここじゃ、邪神でもこんな風に人気者になれたりするんだ』
というのが実感できた。
見た目も個性も全くバラバラな四人だったが、一緒の時間は楽しかった。アニメを見るのも忘れて、時間も忘れて、あれこれおしゃべりが楽しめた。レルゼーもメジェレナも、自分が得意なジャンルでならそれなりに話すことができた。
ここにいれば、これからもこういう時間は何度も訪れるだろう。時間そのものがたっぷりとあり、ただ毎日がのんびりと過ぎて行くここでは、こういう出会いこそが最大の娯楽と言えた。人間関係の基本がここにあるのだ。
そうしてユウカ、ガゼ、メジェレナ、レルゼーの四人が談笑していると、またドアがノックされた。
「…あ♡」
そのノックの仕方で誰か分かったユウカが、
「どうぞ~」
と声を掛ける。
「久しぶり。元気してた? 近くに寄ったからちょっと顔見に来たの。これ、差し入れ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、アーシェスだった。相変わらず穏やかで包み込むような笑顔が心地好かった。
「そうか、レルゼーとも仲良くなれたんだね」
ユウカの部屋にレルゼーがいるのを見ても、アーシェスは全く動じなかった。それどころか嬉しそうに微笑みながら喜んでくれた。
とは言え、実のところレルゼーの方がアーシェスよりもはるかに年上である。むしろ年上という表現すらもピンとこないほどに次元の違う存在だ。なにしろ数百億年を生きてきた邪神である。それに比べればたかだか二百万年など一瞬に過ぎない。しかしそういう差は、ここではそれほど大きな意味を持たないのだ。良くも悪くも<対等>なのだった。
アーシェスの差し入れは、近所の菓子店の人気商品、塩大福だった。
「お~っ!」
とユウカ、ガゼ、メジェレナが声を上げる。彼女達にとっても嬉しい差し入れだった。さっそく熱いお茶も用意して、皆で食べた。
すると、ユウカと知り合うことになった経緯を簡単に説明してもらったアーシェスが、レルゼーに向かって言った。
「そうか…ヘルミと会ったんだね。彼女、まだ吹っ切れてないんだ……
ごめんね。あなたのところにヘルミを紹介したのは私なのに、気を遣わせちゃって」
その言葉に、レルゼーは静かに言葉を返した。
「アーシェスは悪くない…ただの行き違いだから……
ヘルミが対邪神の魔法使いだったことを黙っていたのが間違い……
だけど、彼女がそのことを話したくないと思うのも当然のこと……
だから誰も悪くない。もし悪いのがいるとしたら、最初に正体を明かさなかった私が悪い……」
それはやはり感情のこもっていない平板で硬質なものだったが、それでもアーシェスを気遣う気持ちが感じ取れる言葉だった。
邪神にも関わらず、レルゼーにはすごく気持ちの優しい部分があるのが見て取れた。それをもうちょっと表情に出せれば誤解もされないのかも知れないが、その辺りはあまり高望みしても仕方ないのかもしれない。
そんな感じでちょっとしんみりしてしまったのを察したアーシェスが、
「ごめんごめん。変な話しちゃったね。私はまたこれから仕事だから、もう行くね」
と精一杯の笑顔を振りまきながら部屋を出て行った。彼女が言った<仕事>というのは、実はレルゼーの話を受けてヘルミを探しに行ったことなのだが、ここではそれについては詳しくは触れない。いずれ機会があればということになるだろうから。
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