第3章 権利処理

22. 落とし穴

「ヨージは、どこであんなスキルを身に着けたの?」

「ほんと、私びっくりしちゃったよ」

「あたしも」

「ミノタウロスを一撃なんて、普通考えられないもの」

「「ねぇ……」」



「いや……」

 なかなか、こんなホメられ方をするのは無くて、どう対応していいか分からなくなってしまう。



「ん……」



「あっ、タスクが起きた」

「良かったー! 大丈夫?」


「んぁ? あれ? ミノタウロスは? どうなったんだ……?」


「ふふふ」

「くすくす」


 ミハのヒーリングで、まるで朝の寝ぼすけ君のように復活したタスクも、ミハとミオウの2人から事情を聞くや、


「ヨージ、なかなかやるじゃん」

 と言ってくれた。


「ガレキが降ってこなかったら、俺がもっと華麗に、ミノタウロスをやっつけてたとこだけどな。ハハッ」

 と、やはり自信に満ち溢れた言動。

 タスクのそういう所が凄いと、僕には思えた。


 なぜか?

 それは、僕には決して持てないだろう精神の強さだから。

 


 ◆



 今回のクエストの目的物『準・万能の鍵・(仮)』は、僕らの手元に。


 銀色ボディの、本当に「これは鍵です」と自己主張しているかのような、少し小さな鍵だった。僕の元居た世界だと、机とか、キャビネットに使われているヤツ、みたいな感じの。


「この鍵の凄いところは、鍵穴に合わせて変形、拡大するところなんだよね」

 物知りなヒーラー、ミハが教えてくれた。


「へぇ……」

 ちょっとその光景を見てみたくなった。

 クエスト中のこの場に、鍵穴は無いので、試せないのが残念だなぁと思っていると。



「よーしみんな! 目的を果たしたら欲張らずに、街に帰還! 鉄則だろ?」

 タスクが、朗々とした声で言った。



 ◆


 そして、その火の野営。

 焚き火が、小さな火の粉をパチパチと飛ばしていた。


 僕は、なんだか眠れなくて。

 松明たいまつを持って、寝床を抜け出した。


 ……。



 岩場に腰をおろした。

 眼下には、オビノ平原へと連なる森がある。


 ここは僕が元居た世界とは違う。

 ビルも、電気の灯りも無い。

 真っ暗な海と、区別がつかないような。

 黒に呑み込まれてしまいそうな。


 空には、格別な程に、星がたくさん出ていた。

 風が運ぶ空気も澄んでいるように感じる。


 手を、握ったり、開いたりしてみる。

 ミノタウロスを切った、感覚……。

 まるで、現実じゃないかのような。


(僕……もしかして、この世界でやっていけるのかもしれないな)

 みんなの反応から、少しだけ、そう思えた。



「……ヨージ?」

 後ろから、声がした。

 エリちゃんに似た、魔法使いの女の子、ミオウだった。


「どうしたの?」

「ん、なんだか眠れなくてさ」

「そうなの」


 2人で腰をおろした。

 さっきまで寝ていたわけなので、ミオウはいつもの山高帽はかぶっていない。華奢で小柄な感じの子が、左隣りにちょこんと座った。


 まるで、『少し髪の長くなったエリちゃん』が、隣に居るみたいで。


 緊張的な何かで、僕の息は浅くなった。

 なんと言ったらいいんだろう。呼吸を気取られるのが怖い、みたいな。


「今日のヨージ、ほんと凄かったと思う。パーティを救ってくれてありがとう」

 岩場に立てかけた松明の明かりで、彼女の黒髪ボブのつむじが見えた。


「いや……そんなことないよ」

 と、少し距離を取り気味に、僕は言う。


「そんなことある。あたしがそう言うんだから」

 と、目を怒らせてこちらを向くので、ちょっとびっくりした。


「だって、あのタスクですら……あんな感じだったのに。1人で、ミノタウロスをあっさり撃退するなんてさ……」


「あ、あれはたまたま、運が味方してくれただけだよ……」


「運だけじゃ出来ないよ。ヨージが何か、光るものを持ってるからだよ、きっと」

 そう言って、ミオウは、肩を寄せてきた。


 当然のように、僕は硬直する。

 手足の位置を動かすことが出来ない。


「あたしは魔法使いだから、あんな凄い事、絶対に出来るようにはならないし」

「ミオウの魔法は凄かったよ……援護がなければ、僕は多分やられていたもの」


「ううん? あたしのは中途半端で。結局、援護ぐらいにしか使えていない。なのにヨージは、もうあんなに。新人さんなのに。凄いなぁ……羨ましいなぁ……って」


 いっそう、こわばる僕。

 僕を見上げる彼女のその目を、実は、僕は知っていた。


 そして、その目を僕は、至近距離から見たことはなかった。正面から見た事も無い。


 が、バスケ部キャプテンのタナベに向けていた。ミオウの目と、似た眼差しを。


 僕は昔、それを、横から見ているだけだったから。



「ねぇ……ヨージ……」

「うん」



 その日以来、ミオウの僕に対する態度は変わった。


 話しかけて来る回数が多くなった。

 袖とかを掴まれる事が増えた。

 基本的に、距離が近くなった。


 僕が元に居世界では、起こるはずの無かった、そんな展開。


 ギャンブルに例えると、まるで、確率変動。


 そんな僕が、ある重大な落とし穴に気づくのは、後の事になる――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る