第2話
あの日から僕と母は、別々の行動をするようになった。僕は、母と鉢合わせしたくなかったため、母が仕事に行ったことを確認するとリビングに降り立つ。勝手に冷蔵庫を開け中身を物色する。しかし、たいていあまり入っていない。僕は、かろうじて入っていた卵を二個を取り出す。卵を慣れた手つきで割り、溶く。フライパンに入った溶き卵は、僕とは全く似ても似つかない。そしてふと思う。あれは育児放棄だと。ネグレクト。虐待……
僕がこの言葉を知ったのは、妹が暴力を振るわれてから数日が経った頃だった。僕はよく、図書館で本を読むのが楽しみで毎週のように通っていた。そしてある日、暴力に関する本が僕の目についた。育児放棄、ネグレクト、虐待……小学五年生の僕にとって、その言葉は、簡単なものではなかった。だが、 見なければいけないようなそんな気がした。僕は、その本を毎週のように借り、いつか児童相談所に連絡できるように備えていた。本当は、もう連絡しても良かったのに。
卵焼きは、いい具合の焦げがつきうまくいった。僕はそれを六等分に切り分け、その一つを味見した。僕的には味も悪くないと思う。僕は、お盆に、ご飯とインスタント味噌汁の入った茶碗を置く。ほとんど手抜きな僕を少しばかり笑う。もう少し、料理ができたらなと。僕はそれを持ち、階段を上る。母親のようだ。妹にとって僕は、母親の代わりになっているのだろうか。僕は、妹の部屋をノックする。
「遥、おはよう。ご飯できたよ。食べてね。」
残念ながら、何も返事がない。僕は、少し心配になって、扉を少し開ける。僕は、その時、早く連絡すべきだったと悟った。妹の部屋は、まるで空き巣に入れれたかのように、散らかっている。シミになっているカーペット。これは、母にやられたのかどうかわからないが、妹の心理状態を表していることに違いなかった。しかし、肝心の妹がいない。僕は、必死になって、妹を探した。ベットの中、机の下……
妹を探してどれくらい経ったのだろうか。用意した妹の朝食もきっと冷めてしまったろう。でも僕は、たとえ腹が鳴っても、呼び鈴が鳴っても、そんなことはどうでも良かった。ただ、早く妹を見つけて、児童相談所に連絡しよう。それしか頭になかった。
妹は、暗いクローゼットの中にいた。奥の奥に。まるで猫のように。僕は、一目見た瞬間、やっと見つけたの涙ではなく、全く別の感情に任せて泣いていた。ごめんね。早く助けを求めるべきであったと。僕は、猫を抱くかのように、妹を抱きしめた。氷のように冷たい体を僕は温めようとした。冷たいものは温かくなると。僕はそう思っていた。
何時間もそうやってはいたが、結局温かくならなかった。僕は、妹を抱きしめたまま、一階に降り受話器を取った。110番。いつか、保健か何かの教科でならった番号を思い出し、電話をかける。
「はい。こちら、通信司令室です。事件ですか事故ですか」
僕は、事件と事故の区別がつかなかったため、こう答えた。
「助けて」
涙を流しながら。
「僕、どうしたの」
電話の相手は、優しく僕に聞いた。
「妹が、温めても冷たいままなの」
僕は、男ながら大粒の涙を流した。
「家はどこなの」
「ーーーーーーーー」
「今から向かうから待っててね」
相手は電話を切った。
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