異説・通りゃんせ

矢田川怪狸

はじめに

 この本を亡き恩師、阿見手先生に捧ぐ。


 阿見手先生は長きにわたり赤目大学の人文学部日本文化学科教授として教鞭をとってこられました。温和で思慮深いお人柄で受講生からは慕われ、先生を倣いとして学究の道へ進んだ者も多く、近世日本の民俗学に多大なる貢献をなされた方でありました。

 この阿見手先生が生前にライフワークとしていたのが、童謡『通りゃんせ』に関する資料の蒐集です。日本全国をご自分の足で回り、ご自分の耳で聞いて採録した民話の数々を手元に残しておられたのです。民俗学の将来のためにと、この膨大な資料をわが赤目大学にご寄稿くださったご遺族の方々へは、ただただ深い感謝を感じずにはおられません。

 先生はこの本の終章に出てくる段違地と呼ばれる山間の小さな村で、調査中の事故により命を落とされました。特に事件性もない滑落事故であったため、その詳しくをここへ書くようなことは致しません。ただ、かつて私たちが愛した恩師がいた、その恩師の残した民俗学的な遺産を我々研究チームが受け継いだということだけを、ご理解いただければ十分なのです。

 そんな阿見手先生の残された資料を無駄にしないためにと、かつて先生に教えを受けた有志が集まり、赤目大学文化人類学科のご協力も得て発足しましたのが『阿見手稿再編纂委員会』であります。私は先生から特にかわいがっていただき、すでに赤目大学の教壇に上がる身となっていたこともあって、この委員会の責任者となりました。よってこの本の著作者欄には私の名が載っておりますが、実際には実に多くの方の協力の下、この一冊は出来上がっております。

 この一冊は私の名を冠してはいても多くの手を経て完成した共著であり、そして何よりも阿見手先生が人生のすべてをかけた彼の手による『遺作』であると、私はそのように考えているのであります。

      

       (赤目大学人文学部文化人類学専攻教務 茂賀野 陽一郎)

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