第2話
「予約をしていた柊木だが」
木遊荘のカウンターで夏乃さんはそう言った。すると腰をすっかり曲げてしまったおばあさんがカウンターで帳簿を確認して、
「柊木様……二名様でしたね」
僕と夏乃さんを見て、言った。
「ああ、そうだ」
それを確認するように夏乃さんも言った。
◇◇◇
部屋は二階南側の角。『霧の間』とか言っていた。
布団は二枚しかれていた。それを見て僕は、
「夏乃さん、これってもしかして……?」
もしかして――というか確信だけど。
「ああ、大丈夫だろ少年。私は別に夜に何されても通報したりしないからな。寧ろ歓迎してもいいくらいだ。どうだい、少年? 今日は寝かせないぜ? いや、それは襲う側の科白か……」
「僕がそういう人間だと思っている、ってことですか!!」
……まあ、夏乃さんに反論しても正直な話通用しないと思っている。
だから布団をもう一度確認すると、ため息をついた。もう僕はそれに関して何も考えたくなかったからだ。
「……布団のことよりも先ずはこの村を探索だ少年」
「そうだ。……この村を案内してくれる人でも居るんですか?」
「まだネガヒ様の話で言っていなかったことがあったんだがな」
そう言って夏乃さんは襖を開ける。
するとそこには女性が立っていた。
いや、僕より少し幼く見えるから、女性というよりは女の子と言ったほうがいいかもしれない。ショートカットの髪がよく似合う女の子だ。
「ネガヒ様は毎年のように少女を生贄に捧げるらしいんだ。それがネガヒ様のお世話係になるのか、ネガヒ様の養分として食われるのかは知らんがな」
「……ということは、その少女が」
言わなくても、解っていた。
少女は頭を下げて、僕の方を見て、言った。
「……はじめまして。私は椿秋菜といいます。夏乃さん、この村に来てくれて……ほんとうにありがとうございます」
「いやいや、どうってことはないよ。研究のためさ」
「研究?」
夏乃さんに訊ねる。
「こういう古くから伝わる閉鎖集落の因習みたいなのを調べているのさ」
夏乃さんは答える。
「……それで? 話してもらおうか、少女」
夏乃さんはそう言うと、秋菜さんの方を向いた。
「この村、結目村は『ネガヒ』様という、何かによって守られている村です。ネガヒ様はいろんな人の『願い』を持ってきます。そしてそれを叶えてくださると」
「それはあなたが私に送ってくれた手紙で説明していること。私が知りたいのはそれから」
「……そうでしたね」
秋菜さんはそう言うと、小さく頷いた。
「ネガヒ様は毎年少女を生贄に捧げます。一度そうしてしまえば、生贄とされた少女は帰ってくることはないのです。……噂によればネガヒ様は少女を養分にするなどといったことをしないなどとは聞きますが、それもほんの僅か。実しやかに語られる、希望的観測を込めた噂に過ぎないのです」
「なるほど。救いようがないからせめてフィクションだけでも……有り得ない話ではない」
夏乃さんは秋菜さんが言う、『現実』を冷静に分析する。
僕は暫く話を聞いているだけだったが、ふと気になったことがあった。
「……ちょっと、いいですか?」
夏乃さんと秋菜さんの話に割り入るように僕は言った。
夏乃さんがその声にいち早く反応し、僕を見つめた。
「どうした、少年。何か気になることでもあるのか?」
「いえ、その……」
「なんだ。気になるからさっさと言ってくれ」
解ったから、そう急かさないでくれ。
僕はそう思いながら、質問を言った。
「その……『ネガヒ様』の養分になる、と言ったのは誰からなのか、ということが気になって」
「……ふむ。そう言われてみればそうだ」
夏乃さんは頷く。
「それは私にも解りません」
対して、秋菜さんは直ぐにそれに返事を返した。
「解らない、とは」
「そのままの意味です。誰からそれが伝わったのか、誰から誰へ話が伝播していったのか、まったく解らないのです」
人の噂も七十五日、とは言うがここまで来ると大変である。
七十五日でどうにかならないで、噂が噂を呼んでそれが定着していったのだろう。
或いは、ネガヒ様に関係する人間が噂を流しているのだとすれば……いや、これは憶測だ。これ以上考えることはやめておこう。
「……ともかく、情報をまとめよう」
夏乃さんはそう言ってリーダーらしく、話をまとめ始めた。
――その時だった。
部屋の明かりが消えた。部屋が急に暗くなったのだ。
それだけだったら、普通に夜になったのか――なんて思うことだけれど。
「おい、待てよ」
夏乃さんは冷静にスマートフォンで時計を見る。
「なんでこの時間にこんな暗くなる? 今は『午後三時』だぞ……」
その刹那。
僕の首元に、何か冷たいものが付着した。
「……何者だ、お前」
夏乃さんは僕の方を見て――正確には僕の後ろに立っている何者かを見て、言った。
だけど、それは質問には答えない。
「付いてきてもらうぞ、この村の秘密を、よそ者に嗅ぎ回って欲しくはないのでな。なあに、今更『生贄』が二人増えたところで何も変わらないし、変わることはない。秘密を共有してもらわざるを得ないからな」
「殺すと厄介だから、生贄にしてしまおうという算段か。効率の悪いことをするねえ」
夏乃さんはこんなときでも悠長だった。
何か秘策でもあるのだろうか。
「まあ、こう長々と話しているのはどちらの益にもなりゃしないよね」
「我々はただ『ネガヒ様』に仇なすものを捕まえに来ただけに過ぎない」
「へえ。でもそんな私たちを『ネガヒ様』にあわせてくれる、ってわけか。随分ご立派なことしてくれるね」
「……ごちゃごちゃとうるさい女だ」
そう言って、暗闇から現れた――もうひとりの何者かが、躊躇なく夏乃さんの頭をなにか重たいもので殴打した。
夏乃さんはまるでスローモーションがかったように、ゆっくりと倒れていく。
「夏乃さん!!」
僕は叫んだ。
だが。
「……面倒だ、こっちもやっちまおう」
その声を聞いたが最後――僕は後頭部に強い衝撃を受けて、意識を失った。
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