第37話「おしさしぶりね?」

 第三十七話「おしさしぶりね?」


 ガシャガシャと手提げ袋一杯に怪しいアイテムを買い込んだ俺は、自分のマンションの部屋の前まで戻ってきた。


 ーーあ……


 「…………」


 俺の部屋のドア前には一人の少女……


 プラチナブロンドに輝く長い髪を、整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジしたツインテール、人形のように白い肌とほのかに桜色に染まった慎ましい唇の美少女。


 身に纏った、清楚な淡いグレー色のセーラー服は、襟部分に可憐な白い花の刺繍が施されており、それは、この界隈では有名なお嬢様学校である枸橘からたち女学院のものだった。


 ーーいまさら説明するまでも無い……


 約三週間ぶりで会う、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル、その人であった。


 「……お久しぶりね、鉾木ほこのきくん」


 ーー鉾木ほこのきくん?


 堅い表情、堅い言葉……およそ俺の知る羽咲かのじょとは思えない。


 「…………」


 俺が散々電話やメールでの呼び出しを無視したから怒っているのか?


 プラチナブロンドの美少女はスッと扉からこちらに向き直ると親しみの無い無機質な表情で口を開いた。


 「自宅まで押しかけるのは少し迷惑かとも思ったのだけれども、こちらも色々と事情があるの……許して頂けるかしら?」


 怒っている……と言う訳とは違うのか?……どちらかというと”初対面”の対応?


 今までのことがリセットされたような冷たい翠玉石エメラルドの瞳で俺を見る少女。


 「い、いや……こっちもメールにも電話にも出なくて悪かったな……羽咲うさぎ


 色々と下手な考えを巡らせつつ、慌ててそう返す俺の言葉に明らかに彼女の整った眉がピクリと反応した。


 「羽咲うさぎ?……えっと、不味まずかったか?その……呼び方……」


 以前に了承を得ているにも拘わらず、思わずビビってそう問い返す俺。


 「……いいわ、べつに……今までもそう、呼ばれていたのだし……いまさら」


 許容しながらも、なお冷たい口調で俺を見据える美少女。


 輝くプラチナブロンドに白い肌、翠玉石エメラルドの瞳……


 久方ぶりに見る彼女の美しさであったが、それも今は逆効果、こういう整った美人にこんな態度を取られると……結構な迫力だ。


 「それで……鉾木ほこのきくん、わたし、少し落ち着いてお話がしたいのだけれど……良いかしら?」


 「え?あ、ああ……そうだ……な」


 チラリと俺の部屋の扉に翠玉石エメラルドの瞳をやる彼女の言葉に、とにかく色々と後ろめたさのある俺には…………当然ながら選択肢は無かった。


 ーーー

 ーー


 「記憶が戻った!?」


 俺は自身の部屋で、予定に無かったお客にコーヒーを差し出した後、それを聞いて思わず大声で聞き返していた。


 「……正確には記憶というか、自分が何をしていたか思い出したと言うことよ」


 うろたえる俺を横目に、彼女は冷静な口調でそう答える。


 「二年前に”聖剣”を自らの意思で放棄したとき、わたしは、それを徹底するために、その記憶を封印した……でも、ある条件下でそれは解除されるようにしていたの」


 「ある……条件下?」


 「ええ、ひとつは”聖剣”が何らかの形でわたしの手元に戻ったとき」


 「……」


 ーーそれは……


 「でも、これはあり得ないこと、わたし自身が放棄した”聖剣”をわたし以外の誰かが取り戻せるはずも無いのだから……」


 ーーその通りだ……だから……俺は失敗した


 ーーいや、それどころか……


 「もうひとつはね、その”聖剣”が失われたとき」


 「……」


 「わたしから離れ、何年かすれば用を成さなくなった”聖剣”は、力を失い自然消滅するはず……そのとき、いつまでもそんなものを探すような無駄なことはしたくなかったから」


 「……」


 ーーそう、それが当初、彼女が最も望んでいたことだろう。


 「でも、もうひとつ方法があったみたいね……」


 そう言いながら、あくまで冷静な表情で、冷たい本物の鉱石と見紛うほどに……

 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルの翠玉石エメラルドの瞳は、無機質な光を俺に向けていた。


 「っ…………」


 俺はゴクリと唾を飲み込む。


 「”聖剣”が存在しながら、尚且つ、”失われた”という状況を示す状態……」


 「…………つまり、何者かに奪われた時……か?」


 痛いほど心当たりのある俺の補足に、少女は静かに頷いた。


 羽咲かのじょはもうおおよその見当がついているのだろう……


 羽咲ほんにん日本ここに居なかった間、その間にどういう類いの事があったのか……


 「”聖剣”が何者かに奪われたことは感覚的に解るわ……でも、詳しい状況まではわたしには解らない……」


 なるほど……自分の能力で創りだした”聖剣”だ。

 消滅したのか、今尚存在するのか……本来、唯一の所持者である自分以外の手に渡ったのか……そういった事は感覚で察知できると……


 「そこでね、貴方よ……鉾木ほこのきくん」


 「…………」


 前後の状況から推測すれば……確かにその状況なら思い当たるのは俺しかいないだろうな。


 「ひとつ聞いて良いか?俺との事は……」


 ーーあの月夜の出会いから……魚人王ダーグオン……討魔競争バトルラリー……


 「……憶えているわ、別に過去に封印した一部の記憶が戻っただけで、その他は何も変わらないもの」


 プラチナブロンドの美人は何の拘りも無く答えた。


 「…………」


 ーーそうなのか?……しかしそれにしては……随分と……変わった


 まるであの、魚人との戦闘の時、そうだ、雰囲気的にはあの時が一番近い。


 ーーお互いまだそれほど気心が知れて無く、聖剣捜索の焦燥感からか、目の前の成果のみを貪欲に求めていたあの時の羽咲うさぎ……


 ファンデンベルグ帝国が誇る月華の騎士グレンツェン・リッター……


 闘うことのみに集中する異国の最高にして最強の姫騎士ヴァーリ・ヒルト……羽咲うさぎ・ヨーコ

 ・クイーゼル。


 そして、それ以外は……俺なんかは、ただの一般人としてしか……羽咲かのじょの人生に登場するエキストラの一人としてしか認識されていないような素っ気なさ……


 「…………」


 俺を見つめる現在いまの翠玉石は……やはり冷たいただの鉱石だ。


 ーーなるほどね……結局そう言う事か……


 つまり、元々はこっちが本当で、俺と過ごしていた羽咲うさぎは……半端で未熟でも、特殊な武具職人アルムスフォルジュである俺を……利用したかっただけ……


 「鉾木ほこのきくん」


 少し考え込んでいた俺を急かす声。


 「ああ、わかった、話そう……と、その前に俺はおまえに謝らないといけない事が……」


 ーー今更だな……関係ない……羽咲うさぎが俺を利用していたとしても……


 彼女に協力しようと決めたのは誰でも無い俺自身で、浮かれて調子に乗った俺は……結局は大失態を犯したのだから……


 謝らなければならない、謝って済むことではないが……


 ーー俺が調子に乗って余計な事をしたばかりに”聖剣”は奪われてしまったようなものだから……


 「その事は後で良いわ、それより……その前に」


 「?」


 だが、俺が彼女に対する謝罪を決意したとき、彼女はそれよりも先に聞きたいことがあるという。


 ーーこの状況で?”聖剣”よりも優先させることが?


 「貴方の事が聞きたいの」


 ……おれ?


 「貴方の能力……不可解な対幻想種技能別職種エシェックカテゴリはどんなに調べても前例が無い……日本だけじゃ無い、ファンデンベルグでも……その他の国々でも……それにあの魔剣……魔剣を創造できる武具職人アルムスフォルジュは現在は存在しないはず……一体貴方は……」


 「…………」


 ーーあからさまだな……


 俺はその一言で苛立った、自分でも理解できないくらいに!


 ”関係ない……羽咲うさぎが俺を利用していたとしても……”


 ついさっきまで、そんな殊勝な事を考えていた持論を百八十度ひっくり返して俺は苛立っていた。


 ーーなんだよ……それ……そういうことなら……俺は……


 今回のことは俺に非がある、ああ、それは間違いの無い事実だ……


 しかし、彼女はそれを恐らく予想できた上で、俺の謝罪を受け取る前にその話題を持ち出すのか?


 本来なら俺が話すはずの無い事を……俺が最も避けている俺の過去話わだいを……ここで持ち出すのか……まるで交換条件のように……


 彼女の言い回しに俺は苛立っていたのだ。


 「それなら報酬が先だ、武具の供与はともかく、戦闘のサポートは別料金だと言っていただろう?」


 俺のかおはどんなだ?


 きっと見にくく歪んでいただろう……


 そっちがその気ならと、俺は意地悪な言い方をした。


 ーー悪いかよっ!


 ”聖剣”がらみの彼女に対する罪悪感と”コレ”は別の話だ。


 「っ!」


 プラチナブロンドをビクリと揺らし、少女は改めて俺を見据えていた。


 「……あ……あの……」


 さっきまで冷静で色の無かった翠玉石エメラルドにおどおどとした色を加えて……


 「大体以前まえに俺は対幻想種技能別職種エシェックカテゴリには触れるなと言ったはずだ!……ましてや、それの根源たる昔話なんてプライバシーの侵害も良いところだ!俺の失態に対する交換条件のつもりかよっ!」


 「…………」


 無論、とてつもなく大人げない行為だが、俺にだって言い分がある……


 それを……


 とにかく、俺は彼女が応じることの無い過去の報酬話を持ち出して、話を有耶無耶にしようと画策したのだ。


 勿論、腹いせという面も否めない。


 「ちが……あの……」


 「報酬だ!それが嫌ならこの話は……」


 「…………」


 プラチナブロンドの美少女は悲しげに翠玉石エメラルドの瞳を足元に逸らし、頷いた。


 「……わかったわ、それで……」


 少しの沈黙の後、彼女はそれだけ言って立ち上がり、ゆっくりと俺に背を向ける。


 ーーへっ?おい!……何をして?


 ーーしゅるり


 滑らかな絹がこすれるような音がしたかと思うと、フローリングの上にふわりと赤いリボンが舞い落ちた。


 それはリボンだ……清楚で可憐だと、この界隈で男子に人気がある枸橘からたち女学院の制服に採用された胸元の赤いリボン。


 ーーいやいや!あり得ないだろ?!なにしてんだよ、羽咲うさぎ


 「……」


 そのまま背を向けたまま、微動だにしなくなった彼女。


 そりゃそうだ、躊躇して当たり前だ!馬鹿げてる!


 「う、羽咲うさぎ……あのな……」


 物言わぬ背中に、思わず俺は声をかけていた。


 プラチナブロンドの美少女は、振り返り、翠玉石エメラルドの瞳をチラリと俺に向けて緊張した声で問いかけてくる。


 「胸に触りたいって言ってたよね?……服の上から?それとも……」


 第三十七話「おしさしぶりね?」END



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