第35話「けっきょく爆発落ちですか?」

 第三十五話「けっきょく爆発落ちですか?」


 「ほ、鉾木ほこのきぃぃーー!」


 離れた場所から桐堂とうどうの叫び声が聞こえる。


 俺の胸辺りに深々と刺さったウネウネと幾つも湾曲した刀身を持つ魔剣……


 「…………痛……く……ない」


 ……違う……これは突き立っていない……少なくとも俺の胸には……


 「……?」


 超至近距離で……そう、まるで息がかかるほどの距離で女の唇の端があがっていた。


 まるで恋人にするかのような熱い抱擁……

 大の字に両腕を開いた俺に、身体からだを預けるように正面から密着する女。


 しかし!現実はそんな色っぽい代物とはほど遠い……


 その女の右手は……右腕は……変則的な凶器を握ったまま俺の胸を貫通していたのだ。


 「……痛くないでしょ?鉾木ほこのきくん」


 「う……あ……」


 死んだと思った俺は……情けなくも身体からだが硬直して言葉も出せない。


 「ふふ……だって私の腕は魔剣の効力であなたの身体からだを素通りしているのですもの」


 ーーす……素通り!?


 言われてみれば奇妙な状況……


 俺の胸を確かに貫通した瑞乃みずのの腕は……肘辺りまで俺の身体からだにめり込んでいる。


 ーー肘?ありえない……だろ……そんな刺さり方……

 

 そして俺の身体からだは痛みも無く、血の一滴さえも流れていない。


 そうだ……これはまるで……俺の身体からだに開いたトンネルを彼女の腕が通り抜けただけのような……状況……


 「御前崎おまえざき……せんせい……これは……」


 俺がその疑問を口にしようとした時だった。


 バシュッバシュッバシュッ!

 バシュッバシュッバシュッ!


 背後で突如起こる、けたたましく響く破裂音!


 「なっなんだっ!?」


 俺は思わず首だけ背後を振り返った。


 バシュッバシュッバシュッ!

 バシュッバシュッバシュッ!


 それは連続して発生し、同時に大量の光が弾けとび、一斉に大気に霧散していく。


 「な……なっ……」


 そして、その光の正体というのは……


 「ヨ、ヨーコ!?」


 そう……時代がかった和装美女……古の大妖……九尾きゅうびの狐が纏った狐火の数々であった。


 「ぐぬぅ……抜かったわ……よもや”ひずみやいば”とは……わらわとしたことが……」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのが手にした凶器は、俺を素通りして背後の獲物ターゲットを絡め取る事に成功していたのだ!


 俺の胸を貫通した?いや、通り抜けた深緑のやいばはヨーコの胸元にこそ、深々と突き立っていたのだ!


 「わ……わらわと……した……ことが……」


 ヨーコは初めて端正な顔を苦痛に染め、白い無数の珠が弾け行く程に、徐々に大気に霧散していく。


 「ヨーコっ!おいっ!ヨーコぉっ!」


 「ふふふ」


 ーーずちゃっ!


 薄い笑みを浮かべたまま、御前崎おまえざき 瑞乃たまのは無造作に自らの右腕を俺から引き抜いた……


 「っ!?」


 いびつな深緑のやいばはヨーコの胸から引き抜かれ、それを握った瑞乃みずのの右腕が、肘の関節部分まで俺の胸にめり込んでいた彼女の腕が、なんの抵抗もなくヌルリと姿を現す。


 「……な……なんだってんだ?」


 無論、俺の胸部には穴どころかかすり傷の後も無い。

 そもそも、痛みすら感じなかったのだ……ただ通り抜けただけ、その程度の感覚だ。


 「”致死の魔剣”とはよく言ったものデスねーー!狙った的は外さない!障害物も何のその!」


 他人たにんごとのように!……いや……此奴こいつにとっては全ては他人たにん事か……


 楽しげに解説する幾万いくま 目貫めぬき……


 「さあ、頂きましょうか……”古の大魔導士だいまどうし”の力を……偉大なる”聖剣”の力を!」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのは大きく手を広げていた。


 肩の高さに両腕を広げ、右手には奇妙な真緑の魔剣。

 左手にはいつの間にか仕舞った胸元から取り出した、羽咲うさぎお守りアムレット


 ヴィィィィィィィィィーー!


 お守りアムレットの石が鈍く光って略奪の力を促進させていく!


 「ふふふっ……あはは……あぁはははははっ!!」


 彼女は恍惚の表情で、幾多の男子生徒を魅了してきたボリュームたっぷりの胸を張る!

 その姿ポーズはまるで民を先導する教祖か、或いは救世主を気取る似非エセ政治指導者の如きだ。


 バシュッバシュッバシュッ!

 バシュッバシュッバシュッ!


 「ぬぅっ!くっ!…………」


 ヨーコの身体からだを構成する光が更に次々と弾けては大気中に消え、同時にヨーコの身体からだ境界線ライン……存在感とも言うべきものが揺らいで薄れゆく。


 「これよっ!来たわぁ!この力よっ!」


 呼応するように御前崎おまえざき 瑞乃みずの身体からだに……器に光が注がれて……


 「ぬぅぅぅーーー!」


 苦しそうにもだえる”聖剣”ヨーコ。


 桐堂とうどうは先ほどの立ち回りで何カ所かダメージを受けたのか、今は床に這いつくばって満足に動けない様子で、ただ悔しそうにそれを睨むだけだ。


 「…………くっ!」


 「…………く……そ……」


 ーー俺は……


 「…………ちくしょうっ!!」


 ーー俺は……いつも通り無力だ


 いつも通り戦闘では全くいないのと同じ……


 震える両手……


 ーー俺は……俺の能力は……


 やがて俺は……握った拳を解いて……下を向く。


 ーーそう、鉾木ほこのき 盾也じゅんやは……大事な場面では役に立たないんだよ……


 「…………」


 下を向いた俺の視界に一瞬だけ入った黒頭巾の眼が蔑むように嗤っていた気がした。


 ”盾也たてなりさんは論外ですにゃー、只の屑、ゴミ以下の存在、取るに足らない汚物、愚物でガスなぁー”


 俺の頭にそんな声が響く。


 ーー鉾木ほこのき 盾也じゅんやっ!!お前は知った風な顔でこれ以上、羽咲かのじょに関わるな!それが彼女の為……いや、それがおまえの、その矮小な人生を生きていくうえでの為でもある


 はっ!本当だ……以前に言われた通りだよ……何年経っても俺は……俺って奴は……


 ”あの件”の後で……俺の身に備わった馬鹿げた能力……


 対幻想種技能別職種エシェックカテゴリ、”シールド


 自ら攻撃手段を持たない、ただ縮こまりその場をやり過ごすだけの役立たずの幻想職種カテゴリ……ほんと、俺のようだ。


 無能な俺にお似合いの無能技能スキル


 「…………」


 ーー


 ーーほ……


 「…………」


 ーーほこの……


 「…………!」


 ーー鉾木ほこのきよ……


 「っ!?」


 ーーなんだ?俺の頭の中に直接……誰かの……いや、これは知った声だ……


 「…………」


 俺は恐る恐る顔を上げ……俺のせいで消えゆく存在を見た。


 ー

 ーー鉾木ほこのき 盾也じゅんやよ……これからわらわは最後の抵抗を試みる……


 ーーヨーコ?やはりヨーコなのか!?


 俺は心の中でそう問いかけ、今度はしっかりと、視線を!今まさに消滅間近の人物に向けた!


 ーーほほっ、ヨーコ、ヨーコと馴れ馴れしい男子おのこよな……鉾木ほこのき


 風前の灯火たる、”キュウの狐”、”羽咲うさぎの祖母”、”聖剣”を名乗る女は、解体される苦しみに悶えながらも、無言で俺を見ていた。


 ーーおまえ……いったい?


 ーー”妖狐ようこ”故にヨーコか……単純な、ほんに単純な男子おのこ……いやそれはわらわ他人ひとのことは言えぬか……そもそも、かつて、羽咲あのむすめの祖父にそう名乗ったのはわらわじゃからの……


 少し懐かしげな口調で……俺の頭の中で話すヨーコを俺は何だか寂しげに感じた。


 ーーまぁそのような些末なことは良い、今からわらわは少しばかり抵抗を試みる……あやつに”聖剣”の力が使いこなせるとは思えんが、それでも易々とこの力を渡すのは口惜しい故にな……


 ーーヨ、ヨーコ!おまえ、何するつもりだ!?


 ーー鉾木ほこのきよ、直ちにお主は、そこな友を抱き、最大限の防御を試みよ!


 ーーなに?


 ーー羽咲あれのこと宜しく頼んだぞ!


 羽咲うさぎっ!?……いや……無理だ……俺にはもう……いや、そもそも俺なんかにそんな資格が……


 ーー悩むのも落ち込むのもお主の勝手じゃ……じゃが……羽咲うさぎにはお主が必要じゃろう……


 ーー必要?俺が!?……そんな訳……


 ーー主に足らぬ物を妾は識らぬ……主がゴミか屑か……愚物かどうかかも……


 「…………」


 ーーじゃがな……鉾木ほこのきよ……羽咲あれが主をどう想っておるかは……


 ーー俺は……駄目だ……とても羽咲うさぎには……


 ーー思い上がるな、鉾木よ、何時いつの時代も男子おのこの価値は女子おなごが決めるモノよ……


 ーー時が無い……ではな……後は……


 ーーちょっ!ちょっとまてよ!


 「おい!ヨーコ!!」


 気がつくと俺はつい口に出してその名を叫んでいた!


 ーーヴィィィィィィィィィーーーーーー!!


 その言葉を最後にヨーコの周りで弾けていた光が一気に集約し、巨大な白の塊となった!


 「これはっ!?」


 「っ!」


 ーートンッ!


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのは異変に気づいたのか、素早く後方に飛び退き、姿勢を低く魔剣を前面に構えていた。


 そして、俺は……


 ーーヴィィィィィィィィィーーーーーー!!


 「ちっ!」


 ーーくそっ今は考える暇も無い!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそぉぉぉー!!


 俺は疾走はしる!何も考えずに……


 そうだ、今はただ……シールドの強度を最大限に高めつつ、這いつくばる男……俺に協力してくれた馬鹿な大男、桐堂とうどう 威風いふうの元に走っていた。


 「ほ、鉾木ほこのき!!なんだ?これは!!」


 這いつくばったまま、尋常では無い雰囲気に男は叫ぶ。


 しかし、その質問に答えている暇は無い!


 「頭を抱えて丸くなれ!」


 そう叫びながら走り寄った俺は、そのまま男に覆い被さった!


 ーーズッ……


 ーードドォォォォォーーーーーーーーーーン!!


 「!!……」


 真っ白だ!前も後ろも、上も下も……


 全方向から全身に打ち据えられる衝撃は、最早痛みでは無く熱の塊!

 瞬時に業火に焼かれた全身を、間髪置かず激しい爆風が走り抜けた。


 ーーガラガラガラッ!ガシャン!バキャ!ドシャァァーー!!


 棚が、テーブルが、椅子が、壁が、柱が、そして天井が!あらゆる物質をなぎ倒して焼き払う……


 ーーそこはまさしく”爆心地”であった。


 「…………っう……」


 激しい炎と風に焼かれながら俺は思う……


 ーーああ、またしても俺は……俺は失敗したんだ……と


 第三十五話「けっきょく爆発落ちですか?」END



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