第11話「胸?頭?胸だろ?」

 第十一話「胸?頭?胸だろ?」


 キシャァァァァーーー!


 ダーグオンなる巨人……巨大魚人の爪の一撃!


 ーーがこぉぉぉぉぉーー!


 「ぐっ!」


 それは俺の胴体に直撃するっ!


 俺は咄嗟に身体からだの前に両手を十字に翳してなんとか耐えしのいだ。


 「よし!」


 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルはそう呟いて俺の後ろから飛び出すと、左手の剣を構え、俺を襲った後の巨大魚人の爪に向けて狙いを定めていた。


 「よし!じゃねーーーー!このあま……!?」


  ーーぶわぁぁぁーーーーーー


 「!」


 突然目の前に広がる闇、闇、闇……


 ーーな、なんだ?なにか吐き出しやがった……墨?


 くそっ、とにかく今は視界がゼロだ!このままじゃ……


 ーードゴォォォォーーーン!


 暗闇の中、何かが俺の腹に直撃する!


 「がはっ!」

 「きゃっ!」


 衝突したのは巨大な何かっ!

 何だかヌメヌメしたモノに覆われた図太い肉塊!

 

 俺達は重なった状態で吹っ飛んでいた。

 後方に五メートル、いや、十メートルかも知れない。


 吹っ飛ばされる最中、俺は前面に激しい衝撃と、背面に柔らかいクッションを感じていた。


 「だ、大丈夫か!羽咲うさぎ!」


 俺の背後にいるはずの少女を確認する。

 無論、いまだ視界は無いままだ。


 「う、うん、盾也じゅんやくんが防いでくれたから、大したことは無いよ」


 ーー防いでくれた?


 ”ヤバそうになったから早々に俺の後ろに身を隠した”だろうが!って、

 ……まあいい、今の俺はかなり寛大になっている。


 理由?


 そんなの決まってるだろ。


 あの時背中に感じた柔らかいクッションのような感触……

 一瞬だったけど、暖かくて良いにおいがして…… そう、あれはまさしく……


 「胸だ!」

 「頭だよ!」


 「……」


 は?頭?……あの感触が?……


 「いやいや羽咲うさぎさんよ、おかしいだろ?あんな柔らかい頭があったら、まるでタコだ、ってかそれだったら墨を吐くのはあの魚人じゃなくて羽咲うさぎの方だろ?はははっ」


 トンチンカンなことを言うプラチナ美少女に俺は微笑ましく突っ込む。


 「ちがうよ、私が言っているのは……」

 「いやいや、皆まで言うな、解ってるよ、うんうん」


 何か言おうとする少女を制して俺はひとり納得していた。


 ーーうむ、良いな……他人を容赦なく盾扱いする利己主義女と思っていたが、どうして中々可愛いところもある


 「恥じらいだろ?……うん、それも良いな、うん、可憐な少女の恥じらい……」


 「ちょっと、盾也じゅんや……く」


 「でもな!羽咲うさぎ、あれはまがう事なき胸だ!バスト!おっぱい!それが俺の背中に触れたのはまぎれもない真実なんだよ!」


 「あの……もしもーし?盾也じゅんやくん?」


 「その事実をねじ曲げることは如何な胸の持ち主である美少女本人でも許されない!そうだっ!俺の背中に触れた”天使の抱擁”!”桃色の奇跡”を否定することはっ!神が許しても……」


 ーーぼかっ!


 「いてっ!」


 暗闇にも関わらず、的確な角度から拳固ゲンコで小突かれる俺。


 「神が許しても?……な・に・か・し・らぁ!」


 羽咲うさぎが睨んでいた……

 っていうか視界はまだハッキリしないが、そこから漂う殺気がそれを物語っていた。


 「…………いや……だから……奇跡が……」


 「は?なに、きこえなーい!」


 「…………」


 「ええ、盾也たてなり!神がゆるしても?なんなの?」


 「…………いや、俺は盾也じゅんや……」


 「は?」


 ーーうぅ……言えるモノなら言ってみろと言わんばかりの迫力だ


 「う……神が許しても……」


 「許しても!」


 「……許しても…………許して下さい」


 殴られても、たとえ”たてなり”と呼ばれても、 俺にプライドは無かった。


 「ふう」


 プラチナブロンドの美少女はあからさまに溜息を吐く。


 「…………」


 視界もそろそろ、徐々に戻ってきたようだ。


 「聞いて、盾也じゅんやくん、あの魚人の王、ダーグオンの頭に刺さっている剣があるはずなの……それをなんとしても手に入れたいのよ……」


 「…………剣?頭に……」


 いまだ涙目で震えながらも、俺は思い出す。


 ーーわたしの”聖剣”……グリュヒサイトは、今は召喚できないの

 ーー二年ほど前までは出来ていたのだけど……それからは


 ”聖剣”が召喚できない英雄級ロワクラス


 ーー理由は聞いても無駄よ、わたしも……いいえ誰にも解らない事らしいから


 彼女は確かにそう言っていた。


 「そ、それって!」


 薄暗がりの中、少女が静かに頷くのが何となくわかった。

 視界はかなり回復してきたようだ。


 「この闇が晴れたら、ダーグオンあれに……近接して、渾身の一撃を打ち込むわ……だから、盾也じゅんやくんはその隙に、あれの頭の上に登ってあの剣を……」

 

 真摯な眼差し(多分)……彼女の今までの苦労を考えれば、いくら臆病者の俺でも協力はしてやりたいが……


 「……でもどうやってあんな巨体の頭の上に?俺の身体能力じゃ一瞬で登るのも、飛び上がるのも無理だぞ」


 「ええ、大丈夫、それはわたしにまかせて!」


 俺の懸念を当然予測していたのだろう、そう言ってウィンクする美少女。


 なにこれ!?

 俺の目の前に天使がいるぞ!


 「…………」


 い、いや落ち着け俺……だいたい今までだって……


 ーー即席鎖突き鉄球モーニングスターで奇襲攻撃して!と言われてやってみれば……

 ーー魚人の餌にされそうになる

 ーーそもそも、常に闘いでは遠慮の無い”盾”扱い


 「…………」


 なんだか信用する要素が”とびきり可愛い”以外どこにも無いぞ……


 「頼りは盾也じゅんやくんだけなの、お願い……わ、わたしに出来ることなら……お礼も必ず、するから」


 そう言って少し恥ずかしげに翠玉石エメラルドの瞳を伏せるプラチナブロンドの美少女。

 心なしか頬も微かに朱に染まっているような気がする。


 ………………上等だ!


 信用する要素が”とびきり可愛い”以外どこにも無い?


 それがあれば十分だろうっ!


 長年苦しんできただろう、こんな純真な少女の期待に応えられなくて、なにが男だっ!!


 決して”わたしに出来ることなら”とか”お礼も必ず”なんて、ウルウルした翠玉石エメラルドの瞳とほんのり染まった白い頬で言われたからじゃないぞ!


 ーーお礼……なんでも……何でも好きなことさせてくれる……お礼……


 「盾也じゅんやくん?」


 「まかせろ!」


 心配そうに覗き込んでくる少女に、俺は力強く応えていた。


 こう見えても俺は男だからなっ!…………いろんな意味で……


 第十一話「胸?頭?胸だろ?」END

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