第39話



 二日目の文化祭は、朝から大盛況だった。

 外部からのお客さんに加えて、昨日入れなかった学内の生徒が高志達の店に溢れていた。


「おい! 高志のアホは何処行った!! ツーショット撮影の客が来てんだよ!!」


「あいつなら休憩に行きやがった! 茂木で良いか、客にきいてくれ!!」


「呼んだかい? 僕で避ければいくらでも……」


「ダメだ! 茂木より、高志の方が良いってよ!」


「……なんでだ」


 高志は休憩を取り、教室には居なかった。

 

「じゃあ、宮岡居ないか!?」


「宮岡も休憩だ!」


「じゃあ、優一は!?」


「優一は別な客の対応で、外に行ってるよ!!」


「あぁぁぁ! クソ!! うちの主力がほとんどいねーじゃねーか!!」


「何を言っているんだい、僕が居るだろ?」


「あぁ、はいはい、茂木もそう言えば居たな」


「雑すぎないかい……」


 教室が忙しくなって居る中、高志はグランドの中央に設置されたステージに居た。

 ステージでは現在、学生の叫びというイベントが進行中であり、生徒が皆自由に、不満や悩み、自分の思いを叫び、ストレスを発散させていた。


「裕樹(ゆうき)の浮気ものぉぉぉぉぉ!!」


 現在は、二年の女子生徒が彼氏への不満を叫んでいた。


「はい、ありがとうございました! いや~三股男の裕樹さん、最低でしたね~」


 高志はそんなステージを見つめながら、一人で立っていた。

 その場には紗弥も居るが、高志は一緒では無い。

 それぞれ、違う目的為にここにやってきていた。


「え~それでは、どんどんまいりましょう! エントリーナンバー24番! 二年の中で一番のイケメンとの呼び声も高い、三竹光輝君です!!」


 視界の女子学生が、進行をする。

 高志はその名前を聞いて、ついに来たと思った。

 高志がここにいる理由、それは光輝に対抗するためだった。

 そして紗弥も、光輝に呼ばれ、この場に来ていた。


「………」


 高志はジッと光輝の顔を見る。

 光輝は高志に気がつかない様子で、マイクに向かって話し始める。

 光輝の人気のせいか、人が増えている気がする高志。


「俺は、今日! ある強い思いを持ってここに立っている! その思いとは……一人の女子生徒への思いだ!!」


「おぉぉ!! 来ました!! 毎年恒例の公開告白!! 今年は三竹君だぁ!!」


 三竹の言葉に、会場は盛り上がり、司会の女子学生もテンションが上がる。


「でも……その人には現在彼氏がいる……しかし! 俺は今日、そのとこを打ち破り! 彼女を俺の物にしてみせる!!」


「あぁっと!! まさかの三角関係だぁぁぁ!! 一体その女子生徒は誰なのか!!」


 会場は更にヒートアップし、光輝を応援するような声も聞こえてくる。

 高志とは違い、人望も持っている光輝を高志は素直に、凄いと思った。


「その人は!! 宮岡紗弥さん!! 貴方です!!」


「あぁぁぁぁっと!! 相手も二年の中で一番の美人と噂の宮岡紗弥さんだぁぁぁ!! しかも彼女はこの会場に、一人でやってきているぅぅぅ!!!」


 司会者の女子生徒は会場の紗弥を指差す。

 周囲のお客さんは、紗弥から離れ紗弥の位置を光輝にわかるようにする。

 紗弥は、少し不機嫌そうだった。

 それもそうだ、公開告白なんて物は、言ってしまえば、相手の逃げ道を無くさせるような、卑怯な告白の手段。

 しかも、光輝のような人気者であれば、紗弥に公開告白してフラれても、可愛そうだと言われて同情され、ダメージが少ない。

 しかし、紗弥は断った事によって、空気の読めない女だの、見る目が無いだの色々と陰で言われる危険性がある。

 だから、高志はここに来ていた。


「宮岡さん! あんな男は忘れて、俺と……」


「ちょっと、待ってくれ!」


 高志は、大きな声でそう叫ぶと、会場のステージに上がっていく。

 そして、高志は光輝と向き合う。


「俺は言ったよな? 宮岡に迷惑を掛けたら全力で殴りに行くって……」


「来たか……迷惑? 何のことだか、さっぱりだな」


「こんな大衆の前で、告白される事を紗弥は望んでないって言ってるんだよ」


 高志は、迷惑そうに一人会場に立つ紗弥を見て確信した。

 だから、高志はこうしてステージに立った。


「それは本人次第だろ? それに、君は言っただろ? 告白は個人の自由だって」


「あぁ、そう思ってたよ……でも、最近色々あってな……なんか、ムカつくんだよな」


 ステージ上で、高志と光輝は火花を散らす。

 そんな二人に、会場は盛り上がり、司会の女子生徒も興奮した様子で実況する。


「まさかの今カレ登場だぁぁぁぁ!!! さぁ! 宮岡さんはどうするんだぁぁぁぁ!! てか羨ましぃぃぃぃぃ!!」


 高志と光輝はジッとにらみ合う。

 そんな時、会場から高志に対しても大きブーイングが始まった。


「追いコラ高志! 引っ込め!!」


「邪魔してんじゃねーよ! さっさとフラれろ!!」


 その大半は、光輝が仕込んでいた、高志に恨みを持っている、紗弥のファン。

 一気に高志に対して悪い空気になってしまい、状況は光輝に有利かと思われた。


「会場の皆はお前の退場を望んでるみたいだぞ?」


 余裕の笑みを浮かべながら、話す光輝に高志はフッと笑って答える。


「お前、こんなんで紗弥が手に入ると思ったのか?」


「もちろん思ってないよ、でも優位には立てる。そしてまだ、手は残ってる」


「使えよ、それも」


「あぁ、言われなくても……那須」


「へいへ~い」


 そう言って、ステージ上がって来たのは、優一だった。

 高志は一瞬驚いたが、すぐにいつも通りに戻る。


「何してんだ優一?」


「いや、このイケメン君が高志の黒歴史をバラせば、テンション上がって、報酬をはずんでくれるって言うからよ、バラしてやろうと思って」


「おいおい……てことは最初から……」


「あぁ、知ってた」


 優一は笑いながら高志にそう言う。

 そして、会場に向かって話し出す。


「俺は高志と、中学一緒だったんだけどよ、昔こいつヤンキーと連んでて、学校中から嫌われてたんだぜ~」


「………」


 ニヤニヤしながら話す優一を高志は黙って見ていた。


「そのヤンキーっていうのが、めちゃくちゃでよ~、30人と喧嘩して全員病院送りにしたなんて伝説もあったな~、高志はいわゆる舎弟ってやつだったんだろうよ」


「なんて野郎だ!」


「引っ込め!」


「ぶー! ぶー!!」


 高志へのブーイングは激しさを増した。

 優一は更にニヤニヤしながら続ける。


「なんでそのヤンキーとこいつがつるんでいたか……お前ら、気になるだろう?」


「優一! 持ったいぶらずに言え!!」


「そうだ! 早く教えろ!! あいつの悪行の数々をよぉ!」


「オーケー、オーケー、急かすなって。そのヤンキーは、毎日気にくわない奴を殴って、教室で一匹狼を気取ってた訳よ、そんなヤンキーに高志言ったんだよ……」



 優一は会場に向けて語り出した。

 昔の高志の話しを……。





 中学時代、俺こと那須優一は馬鹿な不良学生だった。

 気にくわない奴には鉄拳を食らわせ、喧嘩の毎日。

 クラスでは嫌われ者で、腫れ物に触るような扱いを受けてた。

 頭はそれほど悪く無かったから、進級は出来た。

 しかし、その進級で俺はあの馬鹿と出会ってしまった。


「お前、那須なんて珍しい名字だな」


「あ? んだお前?」


 これが俺と高志の出会いだった。

 

「消えろ、失せろ、俺の視界に入るな」


「いや、全部同じ意味だろ? それに、クラスが一緒になった訳だし、仲良くしようぜ」


 教室内の他の生徒、全員がビビっているなか、高志は俺に手を差し出してきた。

 俺はそんな高志の胸ぐらを掴んだ。


「てめぇ……なめてんのか?! 俺の事をしらない訳じゃねーだろ!!」


「イテテ……離せよ! 全く、そんなんだからボッチなんだぞ?」


「っち! 黙れこの野郎!!」

 

 そう言って俺は、高志を殴った。

 すると高志は、俺に向かって叫び、殴りかかってきた。


「いってぇな! 馬鹿野郎!」


「やるってのか? 良いぜ! その方がわかりやすい!!」


「おりゃぁぁ!!」


ポフ


 そんな効果音が出てしまうほど、高志のパンチは弱かった。

 結果、俺は高志を出会ったその日に二発殴り、めでたく二年でも嫌われ者になった。

 しかし、いくら殴っても、いくら怒鳴ろうと、高志は毎日俺に話し掛けてきた。

 いつしか、放課後も俺についてくるようになり、高志と一緒にいる時間が長くなって行った。

 そんなある日だった。


「あいつ、今日は休みか……つきまとわれ無くて、清々するぜ」


 高志はその日休みだった。

 俺は久しぶりの一人を満喫し、放課後を迎え帰宅しようとしていた。


「ん? なんだ……」


 帰ろうと思って下駄箱を開けた時、中から何かが落ちた。

 それは手紙だった、しかしラブレターなんて生やさしいい物では無かった。


「17時に廃工場に来い、友達を預かっている」


 手紙にはそう書かれていた。

 俺は、その手紙から嫌な予感がした。

 友達、そんな奴は自分には居ない、しかし最近付きまとってくる、鬱陶しい奴を一人知っていた。 

 俺は気がつくと、廃工場まで走っていた。

 そこには、ぼろぞうきんのようにボロボロになった高志と、前にボコボコにした他校の不良が三十人居た。


「おいおい、お前が来ないから、お友達がボロボロだよ~」


「まぁ、こいつも悪いんだけどな~、素直に俺らの言うこと聞いて、那須を連れてくるって言えば、こんな事にはならなかったのによ~」


 不良数人が俺にそう言う。

 なんで、言うとおりにしなかった。

 言うとおりにすれば、お前の身の安全だけは保証されただろう!

 なんで言うとおりにしなかった!

 俺はボロボロになった高志を見て、そう思った。

 俺はなぜだかわからないが、イライラし、その場に居た不良全員を殴り始め、気がつくと、その場には俺だけが立っていた。

 俺は、ボロボロになって転がる高志に近づき、尋ねた。


「なんで……言うとおりにしなかった……」


「……う……お、お前……は……良い奴……だから……」


「俺が? 良い奴? はん! 笑わせんな!! お前は俺の噂を知らないのか!」


「噂は……知らない……」


「じゃあ。教えてやるよ!! 俺はな、ムカつく奴は全員殴る! 男も女も! そんな奴なんだよ!! だから嫌われてる!」


「……噂は知らない……でも……事実は知ってる……」


「は? 何を……」


「お前は……ただ暴力振るうだけの奴じゃ無い……うちの生徒をカツアゲした他校の生徒や、女子生徒を強姦しようとした奴なんかに暴力を振るってた……それだけだろ?」


「そんなのは偶然だ! 俺は! 俺は……ムカつく奴を……」


「強がるのは……やめろよ………俺みたいに………本当のお前を見てる奴が……他にも……必ず居る……だから……無理に……強がるな……」


 俺はそのとき、本当の自分の気持ちに気がついた。

 はじめは、友達を守るために喧嘩を始めた。

 しかし、その友達は俺の喧嘩の強さを恐がり、怒らせると暴力を振るう奴だと思ったらしく、俺から離れて行った。

 それから俺は一人だった。

 一人で居るうち、喧嘩を売られる事が多くなり、俺はそのたびに返り討ちにしていった。

 ムカつく奴は殴る、そう思って喧嘩をしていれば、何も考えなくて良いから楽だった。

 でも本当は寂しかった。

 一人で食う飯、一人の時間。

 すべてが寂しくて、喧嘩でその寂しさを埋めた。


「………うるせーよ……お前も! どうせ俺から離れて行く!! そうだろ!!」


 気がつくと俺は目から涙を流していた。

 そんな俺に、高志は言った。


「俺は……お前の友達だ……だから………信じろ」


 俺はその言葉に救われた。

 一人じゃ無い、こいつが居てくれる。

 そう思っただけで、心が軽くなった。


「気持ち悪ぃ……んだよ……お前は……」


「フ……お前もな……」


 それから、俺は変わった。

 喧嘩を極力しなくなり、高志のおかげもあって、三年の頃には嫌われ者では無くなった。

 喧嘩をしていた理由も、ただ気にくわないから、と言う訳では無いことが、徐々に広まり、いつしか俺は、不良と呼ばれなくなっていった。

 一時期は、高志が俺の舎弟になって、二人で悪さをしているなんて噂も流れたが、毎日のように口喧嘩をし、毎日コントのような罵り合いをしていた為、その噂も直ぐに消えた。





「……てな感じで、こいつは一人の不良を更生させちまったってわけ」


 優一は、不良が自分だと言う事を隠し、高志と自分の昔話を聞かせた。

 もちろんその話は、高志の好感度を上げはしても、下げるような物ではなかった。

 そして、その話を聞いて一番動揺したのは、光輝だった。


「ど、どういう事だ!! 金さえ払えば、あいつの黒歴史を暴露してくれるんじゃ無かったのか! お前の情報には信頼性があるから、頼んだんだぞ!!」


「あぁ、だから全部本当だよ? なんせ、その元不良が言うんだからよぉ!」


「お、お前ぇ……」


「テンションは上がったか?」


「上がるわけ無いだろ!!」


「じゃあ、お前から貰った三万は返すぜ……そんな金無くても、クラス賞は取れそうだからな」


「八重の野郎に嫉妬してるんじゃ無いのか!!」


「するに決まってるだろ? あんな可愛い彼女が出来て、俺は誰よりもこいつが憎いし、こいつが妬ましいよ……ダチだからな」


 高志はそう言って、ステージをゆっくり下りる。

 そして去り際に一言言う。


「俺、イケメンって嫌いなんだわ」


 そう言って優一はステージを後にし、高志に視線を送って帰って行く。

 会場はの観客は戸惑い、司会の女子生徒もアタフタしていた。


「えっと……つまり……八重君って……普通にいい人?」


「てか、三万も渡してたのか……」


「そこまでするか?」


 ブーイングを飛ばしていた連中も、光輝のやり方に若干引き始める。

 そんな中、高志は光輝に向かって言う。


「お前が何をしようとどうでも良い……でも、金で人の弱みを買って、そこにつけいろうとする奴に、紗弥は渡さない……紗弥は……俺のだ!」


 高志はそう言って、ステージを下り、囲まれていた紗弥の元に向かう。

 紗弥の正面に立ち、高志は紗弥に言う。


「俺は、女子にはモテないし、顔もあいつ以下だ……それでも……これからも、一緒にいてくれるか?」


 紗弥は高志に尋ねられ、涙を浮かべながら高志に抱きついて言う。


「あたりまえだよ……」


「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 会場は紗弥の行動に、一気に反応し盛り上がる。

 光輝はステージ一人取り残され、会場は紗弥と高志を祝福し始めた。


「あぁぁ! クソが!! 幸せになれ!!」


「もう諦めるよ! 未練たらたらってのも嫌だしな!!」


「うらやましぃ……先生もあんな告白されたい……」


「あ、いたんですか、35歳独身、ただいま絶賛婚活中の横田先生」


「なにかしら司会者さん? その説明的な口調は……」


 会場の真ん中で、紗弥と高志は抱き合う。

 高志は腕の中の紗弥を見ながら、決意する。

 何があっても、彼女は守ろうと……。

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