第4話

 今の自分は、凄く良い姿勢なのでは無いだろうか?

 そんな事を考えねがら、高志は腕にしがみつく紗弥を緊張した様子で、チラチラと横目で見る。


(あぁ、良い香りするなぁ……でも、俺何やってんだ?)


 会話が一切無い上に、横の紗弥は満足げな表情で高志にしがみついて離れない。


「あ、あのさ……」


「ん? なに?」


「宮岡って…こんなキャラだっけ?」


 高志の知っている宮岡紗弥と言う少女は、クールで冷静な大人の女の子だった。

 しかし、今の紗弥はと言うと、甘えん坊の子供のようだった。


「高志の前でだけだよ、こんな事するの」


「あ……そ、そうなんだ……」


 目を細め、笑みを浮かべながら言う紗弥に、高志はますますドキドキした。

 本当に、なんで紗弥はここまで自分を好いてくれているのか、高志は全くわからなかった。


(もしかして、帰り際に料金とか発生しないよな……)


 高志はなぜか、帰り際に玄関で「じゃあ三時間で二万ね」と笑顔で手を差し出す紗弥を想像してしまった。

 一時期だが、紗弥が援助交際をしていると噂になった事があった為、そのせいであろうと考える高志だったが、流石に失礼かと思い、考えるのをやめる。


「ねぇ、私まだちゃんと言ってもらってないんだけど……」


「え……何を?」


「好きって……」


「まぁ……そうだね……」


「言って」


「え、いや…今じゃ無くても……」


「言って」


「いや……この雰囲気でそう言う事を言うのは色々と問題がだな……」


「嫌いなんだ……私のこと」


「そう言う顔で、そう言う事言うのは、卑怯じゃないですか!?」


 (今日で何回目であろう、この悲しげな表情の彼女に負けて、彼女の言う通りに動いてしまうのは)


 深くため息を吐き、高志は悲しげな表情で自分を見上げる紗弥を見つめる。

 じっくり顔を見るのは、これが初めてだった。

 本当に綺麗な顔をしているなと思いながら、高志は頬を赤く染め、生まれて初めて、彼女に好きだと言葉にする。


「す、好きだ……よ」


 言葉にした後で、高志は考える。

 自分は本当に彼女を好きなのだろうか?

 可愛いとは思っていたが、特別な感情は無かった。

 こんな可愛い子が彼女だったらと妄想もしたが、それは男なら誰しもが思う事であり、特別な感情とは言えない。


「ありがと!」


「だから、そんなにくっつかないで!」


 腕では無く、体に抱きついてこようとする彼女に戸惑いながら、高志は思う。

 口で言うのはいくらでも出来る。

 しかし、いつか自分は、彼女に本当の意味で好きだと、言える瞬間がくるのであろうかと……。


「そ、そろそろ帰るわ……」


「うん、わかった、あんまり遅くなってもいけないしね」


 あの後、紗弥と高志は色々な話しをしていた。

 学校の事や好きな事、休日は何をしているかなど、話題は様々だった。

 離しているうちに時間は経ち、窓の外も薄暗くなって来たため、高志は帰る事にした。


「気をつけてね」


「そう言っても、俺の家裏手だしね」


「ウフフ、そうだったわね……じゃあ、また明日、学校でね」


「あぁ、じゃあね」


 そう言って高志は宮岡家を後した。

 裏手の自分の家には五分もしないで到着し、帰ってくるなり、高志は玄関に座り込んだ。


「あぁ……疲れた…」


「あんた、今日遅かったわね、一体何してたの?」


「あぁ、母さんか……」


 家に帰り、いつものように母親が出迎えてくれる。

 高志は宮岡家の母親と、自分の母親を比べて一言呟く。


「やっぱ、母さんってこれくらいが丁度良いよな……」


「アンタ、今失礼な事考えなかった?」


「考えてません! 風呂入って良い?」


「良いわよ、さっさと入って頂戴。お父さんももうすぐ帰ってくるから」


 高志は部屋に荷物を置き、今日一日の事を振り返る。

 紗弥に告白され、付き合う事になり、いきなり家につれていかれ、終始甘られ、

高志はもうクタクタだった。

 ずっと気を張って居たため、普通に座っているだけでもかなり疲れてしまった。

 考えて見れば、男の妄想を現実にしたかのような今日の一日に、高志はもしかして夢じゃ無いのかと、自らの頬をつねる。


「痛いな……」


 夢では無い事を確認出来たところで、高志は忘れていた問題を思い出す。


「あ……メイン……どうしよ……」


 メインの高志と紗弥のアイコンの隣に出来たハートマーク、それは彼女もしくわ、彼氏がいる事を示すマーク。

 もちろん、高志のIDを登録している友人や家族にもそのマークは見る事が出来る。


「はぁ……明日学校で何も言われなければ良いけど……」


 そんな大きな不安を抱えながら、高志は夕食を済ませ自室のベッドに横になった。


「今日はもう寝よう……」


 そう思い、高志は部屋の明かりを消し、スマホを充電機に刺してベッドに横になる。

 目を瞑って横になって数分、眠気が高志を襲い始めた頃、高志のスマホが鳴った。


「ん……一体誰だ……」


 高志は学習机に置いてあったスマホを手に取る。

 メッセージが来ている事を告げる、メインの着信音が鳴ったようで、高志はメインを開き、誰からのメッセージか確認する。


「誰だ……」


 名前を確認すると、そこには宮岡紗弥と表示されており、高志は一気に目が覚めた。


「な、何のようだろう……」


 もしかして今日のは全部、自分をからかう演技だったと言う連絡だろうか?

 などとマイナスな事しか考えられない高志だったが、メッセージの内容は以外にも短く、一言だけだった。


『今何してる?』


「これだけ?!」


 何をしていると言われても、寝ようとしていたとしか言えない。

 時刻は九時を少し過ぎた位の時間であり、高志がいつも寝る時間よりは早かった。

 とりあえず高志は正直に「寝ようと思ってた」と短く返信する。

 すると、一分もしないうちに返信が帰ってきた。


『早すぎない? それより、明日は一緒に学校に行かない?』


 そのメッセージに、高志なんと返信したものかと悩んだ。

 一緒に登校なんてしたら、絶対にクラス中から怪しまれる。

 しかも、メインのアカウントには、ハートマークもついている為、言い逃れも出来ない。

 ここは極力、別々に登校したい高志だったが、そんな理由では紗弥が納得しない気がした。 そして、悩むこと十数分、高志は諦め「いいよ」と返信する。


「はぁ……憂鬱だ……」


 明日の事を考えながら、高志は紗弥の返信を待った。

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