第2話
「あの……宮岡」
「何?」
「離れてください」
「ん……もうちょい」
こんなところを誰かに見られたら、色々と面倒だと考えながら、高志は背筋をピンと伸ばし、緊張した状態で紗弥が離れるのを待った。
しかし、一向に紗弥は離れようとしない。
「あの……いい加減に離れてもらえませんか?」
「……今顔赤いから見られたくない」
「じゃあ目を瞑っていますから」
「いや、信じられない」
「好きな相手の言葉くらい信用してくれませんかね……」
胸に顔を埋めたまま、紗弥は一向に離れようとしない。
女の子に抱きつかれるなど初体験の高志は、女の子特有の良い臭いや柔らかい体など、刺激が強く、理性を保っているのがやっとだった。
必死に頭の中で素数を数え、他の事を考えて理性を保っていた。
「うん、満足」
「それは……よかったです……」
やっと紗弥が体から離れ、高志は緊張の糸がようやく切れて、近くの椅子に腰掛けた。
そんな高志を紗弥は目を細め、小悪魔のような笑みで見つめ、高志の正面の隣の席に座る。
「これからよろしくね」
「はいはい……」
まさか抱きつかれただけで、こんなに疲れるなんて、思ってもいなかった高志は、紗弥に短くそう答え、机に頭を乗せて、紗弥がいる方向と逆の方向を向く。
(普通に可愛いよなぁ……あの子がさっきまで俺に抱きついてたのか……)
そう考えると、普通に嬉しい事だったなと感じながら、高志は顔を赤らめる。
そんな事を考えていると、紗弥が高志の頬をつんつんしながら話し始める。
「そろそろ帰ろうよ、遅くならないうちに」
「あぁ、わかった…」
高志と紗弥は鞄を持ち二人揃って昇降口まで向かう。
新学期が始まったばかりと言うこともあり、校内に放課後まで残っている生徒はほとんど居ない。
靴を履き替え、紗弥と高志は二人揃って自宅までの歩き始めた。
「あ、忘れないうちに連絡先教えてよ」
「え? あぁ、SNSで良いか?」
「メインやってるの? ならID教えてよ」
メインとは通話とメッセージ機能を搭載したSNSアプリの事で、最近ではこのアプリで連絡を取る人が増えた為、メールアドレスや電話番号を交換する事がめっきり減って来ている。
メインの名前の由来も「このアプリが貴方の生活のメインアプリになります」というキャッチコピーから、メインという名前がついているらしい。
「お、来た。普通に名前なんだ」
「まぁね、そう言う八重も普通に名前じゃん」
「いや、俺は面倒で、女子ってこういうアプリだと、自分の愛称とかを名前にしてる事が多いじゃん」
「みんながみんなそうじゃないし、男の子も愛称とかにしてる人いるよ」
互いに連絡先を交換し、アプリ内の「友達」と言うカテゴリーに互いの名前が入る。
連絡先を交換し終えると、急に紗弥が高志のスマホを覗き始めた。
「な、なにか?」
「なんで私、友達のカテゴリーに入れられてるの?」
メインの機能の中にはカテゴリー機能があり、登録している人間をカテゴリー別に分ける事が出来るのだ。
カテゴリーも定番の家族や友人などから、会社関係者や学校関係者など幅広く存在するうえに、自分でカテゴリーを作成することも出来る。
これにより、スムーズに連絡する相手を選べるのだ。
そしてこのカテゴリー機能の中には、デフォルトで「恋人」というカテゴリーがある。
そのカテゴリーには、一人の人間しか登録する事が出来ないうえに、互いにそのカテゴリーにお互いを登録していると、お互いのアイコンの隣にハートマークが付くという特別機能まである。
「恋人のカテゴリーにしてよ、もう付き合ってるんだから」
「いや、そんなんしたら、他の友達にも彼女いる事バレるし……」
アイコンの隣にハートマークが付くという事は「私には付き合っている人がいます」と、登録している人間全員に宣言するという意味もある。
そのため、隠れて付き合っている人達などは、付き合っていてもお互いに友達のカテゴリーに登録し、付き合っている事がバレないようにしている人も多いらしい。
「嫌?」
「いや、嫌ではないけど……」
顔をのぞき込むようにして効いてくる紗弥に高志は思わずドキッとした。
しかし、こればっかりは譲れない、高志としては極力彼女が出来た事は隠しておきたかったからだ。
「だめ?」
「あの……俺はあんまり目立つのとか嫌で……登録したら、皆からバレるし……色々聞かれるし……それは面倒というか…」
「別にいいじゃない? 本当の事を言えば……それとも、私が彼女じゃ……嫌?」
「だ、だからそうじゃなくて! 普通に恥ずかしいんだよ……」
「えい」
「え……」
スマホを片手で持ちながら、高志が必死に紗弥に説明していると、横から紗弥が勝手に高志のスマホを操作し、恋人のカテゴリーに自分の名前を登録する。
「あぁぁぁ!」
「別に他人なんか気にする必要ないよ……あ、ハートマークついた」
「勝手に……はぁ……」
高志は自分のスマホ見て、自分のアイコンを見た。
しっかりとアイコンの横にハートマークがついており、高志は肩を落とす。
「これでいろんな人にバレちゃったね」
「あぁ…明日学校どうしよ……」
がっくりと肩を落とす高志。
そんな高志の手を紗弥は優しく握った。
「何言われても、気にしなきゃ良いの。さ、帰ろう」
「え、手……繋ぐの?」
「うん、付き合ってるんだし、別に普通でしょ?」」
「いや、そういうのはもう少しお互いを知ってからのほうが……」
「負けたんでしょ? なら、勝者の言うことは聞かなくちゃね~」
「いつからそんなルールに?!」
高志は紗弥の勢いに負け、やられるがままに手を握って歩き始めた。
(嬉しいけど……周りからの視線が痛いな……)
紗弥の手を握りながら二人で駅前を歩いていた。
視線の多くは高志の隣を歩く紗弥に向けられた。
紗弥は何も気にしていない様子だったが、高志はなんだか落ち着かなかった。
「そう言えば宮岡の家ってどこなんだ?」
「歩いてればそのうち着くよ」
「? どういう意味だ?」
「そのうちわかるよ」
(どういうことだ?)
紗弥の言葉に疑問を抱きながら、高志は紗弥と共に自宅に向かって歩みを進める。
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