電子遭難/4
黒い化け物が突進してくる。狙いは何故かはわからないが、テラスだった。
「テラス、逃げろ!」
突進をテラスは回避したものの、化け物はすぐにまたこちらを睨み付けた。
「まさか授業でやる前にバディタクティクスを経験することになるとはな……!」
正詠が何かを調べているが、それをあの化け物が待ってくれるわけがない。というか、完全に他は無視して僕のことを狙ってやがる。
「正詠! バディタクティクスって、なんかこう……こっちも攻撃とかできるんじゃねぇの!?」
「待ってろ! 今準備している! 狙いはお前の相棒なんだから逃げ続けてくれ!」
黒い化け物はこっちの会話に割り込むように何度も突進を繰り返す。それをテラスは焦りながらも何とか躱し続ける。
「にしても単調な動きなのは助かるな。プログラムか?」
正詠は調べ物を続けながら、冷静(なのかどうかはわからないが)に分析を述べた。
「回避パターン、オーケー。次で捕獲します」
瞬間、黒い化け物と目が合った。と思うと、黒い化け物は目にも見えない速さで突進してきて、右腕でがっしりとテラスを握りしめていた。
「テラス!」
「捕獲完了。その他を排除します」
その言葉と共に、左腕が伸びて一気に三人をなぎ倒していった。
「やめろ! テメー何してやがんだ! テラスを離して平和島の相棒も離した上で退いてくれませんかね!?」
僕の声を聞こえたのか、四方八方に首を動かしながら、黒い化け物はこちらを見た。そして、大きく口を広げる。
「正詠! テラスが捕まった!」
「言われなくてもわかっ……あった! 太陽、遥香、日代! 今からデータ送るからロングタップしろ! 説明はあとでする!」
目の前のディスプレイに正詠から送信されたものが表示された。『刀』と表示されている。焦る気持ちを必死に抑えて正詠の言う通りにそれを長押しすると、テラスが右手に刀を持った。
「テラス、どこでもいいから斬り付けろ!」
テラスは苦痛に顔を歪ませながら黒い化け物を斬り付けるが、ダメージらしきものは与えられていない。
「ロビン、連射しろ!」
ロビンは矢を何本も射るが、化け物の体に弾かれる。
「リリィ、ぶん殴って!」
勢いをつけてリリィが化け物を殴るが、やはりびくともしない。
「ノクト!」
自身と同じぐらい背丈のある大剣を振り下ろすが、それでも……それでも化け物には効いているようには見えない。
「オーライ。他相棒の排除を中止。帰還します」
化け物の背後の空間が、文字通り割れた。
割れた先には絵の具をぐちゃぐちゃにかしたような混沌が見える。
何となく、わかる。
あそこに入られたら、二度と見つからない。
「テラス! 逃げろ!」
テラスは僕の声に手を伸ばした。顔は悲痛に歪んでいた。
「テラァァァァァァァァァス!」
こちらも手を伸ばすが届かない。届くはずがない。
徐々に、化け物と共にテラスと平和島の相棒が混沌に飲まれていく。
ずきりと、激しく頭が痛む。
あぁ、またかよ、畜生。
また、僕は……。
助けられないのか。
――errorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerror大丈夫だよエラーえらーERRORerrorエラーえらー今度はERRORerror私がエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラー貴方のえらーERRORerrorエラーえらー笑顔をERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらー守るからERRORerrorエラーえらーERROR!
けたたましい警告音をテラスが発した。
――スキルオーバーロードします。マスター天広太陽。許可を。
何が起きているのか全く理解できなかった。辛うじてわかるのは、あのテラスが喋っているということだけだ。
―マスター天広太陽。応答なし。緊急のため、こちらの判断でスキルを発動します。スキル『他力本願』発動します。スキルレベルEXと確認。更にオーバーロード。処理完了。他力本願EX
化け物は進める足を止め、右腕に掴むテラスを見ていた。
――スキル、他力本願発EX
白銀の一閃が幾つも走り、化け物の腕と触手を木っ端微塵に吹き飛ばした。
――相棒セレナ、救出完了。スキル発動。緊急脱出Aを使用し、セレナをマスター平和島透子の元に帰還させます。
平和島の相棒は瞬時に転送されて消える。
――スキル他力本願、発動します。戦況分析A。完了。マスター天広 太陽。現在の我々の実力では、敵性プログラム、仮称アンノウンの処理は非常に困難と断定。勝利確率、0.000000001%未満。脱出を推奨。試行、エリア隔絶を確認。再計算開始。処理完了。スキル『他力本願』を使用することで脱出が可能。成功確率、100%。追跡可能性、計算開始。ステップ数を56232踏むことで、追跡可能性を0.01%未満に設定可能。マスター天広太陽、許可を。
テラスがガラスのような瞳をこちらに向けて、小首を傾げた。
テラスが言っていること全てが、しっかりと僕には聞こえている。彼女が言っていることが正しいだろうとも思う。しかし、それに許可を出すことには躊躇した。自分が今見ているテラスは、本当にあの天真爛漫なテラスなのだろうか。もしかしたら、違う何かではないかという不安が、頭によぎる。
「太陽! 俺にも状況はさっぱりだが、今はそいつに賭けろ! バグでも今は逃げることが最優先だ!」
正詠の叫び声に、瞬間テラスから目を離し、また戻す。
――大丈夫だよ。私が絶対に、守ってみせるから。
今までの機械的な声とは違う、あまりにも人間らしい声に自分の不信が僅かに解れた。
「頼む」
――許可確認。アンノウンへ通達します。次に……次にマスター天広太陽に手を出したなら、容赦はしません。
殺気を孕んだ言葉が、化け物に向けられた。
「オーライ。データ転送済みです。天広太陽の相棒テラスをゴッドクラスと仮定。オーライ、伝言開始します」
そんなテラスの言葉に反して、化け物は嬉しそうに大きな口を三日月形に開いた。
「待ってたよ、私の女神様」
その一言を告げると、化け物は両手を広げ笑い出した。
「はははっ! 私は待っていたんだよ、君のことを!」
――……脱出します。
体が光に包まれた。
――私は貴方を、必ず守り抜きます。
小さいが、はっきりとした声だった。
それに僕は少しだけ不安になってテラスを見ると。
――そんな顔、しないで……もっと笑顔を見せて……お願い、太陽くん……。
ずきりと、また激しく頭が痛んだ。
***
光が消えたと思った瞬間に、体が戻ったように感じた。
ヘルメットを外して、周りを見る。
「全員無事だよな!」
最初に正詠がヘルメットを外し、僕を見て頷いた。それに続いて日代、遥香も無事のようだった。
「みんなの相棒は?」
遥香が言うと、彼らの周りから相棒が現れた。
「テラス! テラス出てこい!」
思わず叫んでいた。
「テラス!」
ふよりとテラスは現れた。しかし、いつもの元気がない。
「大丈夫か!」
ぴこん。
テラスが表示されたディスプレイには『疲れた』と表示されていた。
「こいつ……」
安堵のため息をつくと、みんながいつの間にか周りに集まっていた。
「今回はテラスに助けられたな……」
正詠も僕と同じようにため息をついた。
「うんうん。テラスは良くやったよ!」
遥香は能天気な笑顔を浮かべ、リリィはテラスの頭を撫でている。
そして、全員が同時に深く息を吐いた。
「一体何だったんだ、あれ……」
筐体から降りてそう漏らしたが、みんな答えることはなかった。
「とりあえずさっさと戻るぞ」
日代が切り替えるようにそんなことを口にしたが、時既に遅し。
僕ら以外いないはずなのに、地下演習場のドアが開いた。そこからは生徒指導の先生と、僕らの担任、そして校長先生が現れた。
「何をしている!」
生徒指導の先生が、荒々しく声をあげる。
「いやぁ……ははは。こりゃあヤバイっすね」
僕らは、もう何度目かもわからないため息をついた。
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