ソード・マジック・ワールド

蓬莱汐

新たな世界

 一体、何時からだろう。

 気付けば俺は、草原を歩いていた。

 記憶が無いわけじゃない。むしろ、鮮明に覚えている。


 あの日、俺は『ソード・マジック・ワールド』というゲームを買った。昔から続けてきた我流の剣術を駆使し、初めて出た大会で入賞した記念としてだ。発売から時間は経っていたが、今でも変わらず人気のゲームだった。

 嬉しさの余り、興奮していたのだろう。帰り道で俺は死んだ。信号無視をしたトラックによって死んだのだ。普通ならトラックが近付けば気付くだろう。だが、俺は注意力が散漫していた。そして、気付けば此処にいた。


「……あ」


 やっと、やっと見つけた。

 あの橋の向こう。

 剣と魔法が存在する、俺が夢見ていた世界、『ソード・マジック・ワールド』だ。







 俺・遠藤幸介えんどうこうすけが橋を越えると、草原は霧に包まれていった。

 あの世界とこの世界を隔てるもの。それがあの草原だったのかもしれない。ならば、俺はあの世界に感謝を伝えよう。あの草原の彼方に存在するかもしれない、俺が生きた世界に。


「…ありがとな」


 霧の方を向きながら俺は礼をした。

 周りに人が居ないことを祈り、辺りを見渡す。霧に向かってお礼をしている姿を人に見られでもすれば、俺は生きていけないだろう。

「うわ、何あの人」とか言われ、そのまま引きこもりライフを始めるかもしれない程だ。

 幸い、周囲には誰も居なかった。


「とりあえず進むか」


 俺は振り返り、巨大な門へ手を伸ばした。

 門に手が触れると、独りでに開いていく。

 俺はその先へ足を踏み出した。




 ―西国レフケティグリ―

 門の中へ入ると、頭上にそんな表示が出てきた。この国の名前らしいが、今はどうでもいい。兎にも角にも、ここは異世界だ。剣や魔法を自由に使えるような非常識の塊でもある。やばい、興奮する…!

 それは置いておくとして、取り合えず宿を探さないといけない。どんな超人でも寝床が無ければ過労死してしまう。現実で死んで、異世界でも死ぬなんて御免だ。

 ふと隣を見ると、そこには宿屋があった。この世界は俺に優しい!これはもうここに泊まれってことだろ!そうします、神様!

 なんて考えていた。


「文無し?話にならないな!帰ってくれ!」


 当たり前の返答だった。流石に無一文を泊めるほどのお人好しはいない。異世界とは言え、そんなに甘くなかった。

 俺は重い足を引き摺りながら宿屋を出た。

 浮かれていて何も考えていなかったが俺が所持しているのは、この刀だけだ。

 売るか。それしかないな、うん。

 糸口が見え、買い取ってくれそうな店を探そうとしたときだった。


 ギャアアァア…!!


 何処か遠くから鳴き声が聞こえてきた。

 それに伴い、住人たちも騒ぎだした。

 何かのイベントだろうか。そう思っていたが、明らかに様子がおかしい。まるで、何かを恐れているようだ。


「一体なにが…」


「貴様!ここで何をしている!」


 振り返ると、そこには紛うことなき美少女がいた。紅い髪に、白い肌。そして、それに似合わない鎧。あー、これあれだ。一部の変態に襲われそうな格好だ。

 そんな考えを一度頭の外へ捨て、少女の質問に答えるべく口を開く。


「何もしていない。むしろ、何をすべきか教えてくれ」


「その余裕な態度、貴様…あれが見えていないのか?」


 美少女が指差す方向へ目をやる。

 すると、彼方から飛んでくるものが見えた。間違いない。それは男の憧れであるドラゴンだった。

 それにしても、かなり小さ…いな?

 急激に加速したドラゴンは俺たち目掛けて飛翔してきた。そのサイズはさっきまで見ていたのとは全くの別物だった。


 ギャアア!!


 空中で再び叫んだドラゴンは俺たち、否、俺の前へと降りてきた。


『ほう、ここにも旨そうなのがいるな。丁度小腹が空いたところだったのだ』


「ファイアドラゴン…!」


 ファイアドラゴンと呼ばれたそれは、誰が見てもファイア!といいそうな色合いだ。

 赤っ!配色下手かよっ!


「そこの男!下がっていろ!」


「…流石に1人で戦わせる訳にはいかないだろ」


 一歩前へ出た少女の隣へ並び立つ。

 ああ、なんでこんなことを言ったのだろう。近くで見ると恐いし、何か臭いし。帰りてぇ、帰る場所無いけど。


 そんなことを考えていると、少女が声を荒げた。


「―っ!しかしっ!」


「しかしもクソも無いだろ。やらないと死ぬってんなら、やるしかない」


 俺の目的は逃げることでもなく、まして他人を救うことでもない。俺の目的は赤龍を倒した際にドロップするであろう素材だ。

 例え、役に立たない素材がドロップしたとしても売れば金になる。ドラゴン種なら、素材もそれなりの値がつくはずだ。

 これが俺の胸に仕舞い込んだ本当の目的。

 だから、俺がやらないと意味がない。


「俺がやる」


「駄目だ!」


 即答だった。だが、この少女は本当に俺を心配してくれているらしい。証拠に、少女の目には覚悟がある。それこそ、死を視野に入れているほどに。

 だが、それならば尚更俺は逃げるわけにはいかない。


「やっぱり俺がやる。やらなければならない」


「何が貴様にそこまでさせる?!命を大切にしろ!」


「その言葉、そのまま返してやるよ。俺は自分の命は大切だ。だがな、誰かの命と引き替えに延ばす命なんていらないんだよ!」


 所詮俺は1度死んだ身だ。死を体験していない少女は内心恐怖しているはず。そんな思いをするのは俺だけでいい。


 俺は言い放ち、少しずつドラゴンへ近付いていく。手は微かに震えている。

 恐怖はある。不安もある。だが、不思議と後悔は無かった。


『我に抗うか少年…!その覚悟に免じて、喰らう前に少し遊んでやろう…!』


「上等だ…!俺も試したい事があるからな。実験台にしてやるよ…!」


 後方で俺を止める声が聞こえる。

 きっと俺は、あの少女の覚悟を無駄にしたのだろう。

 振り向けば後悔で押し潰されかねない。なら、俺は前だけを見る。生き抜くために、少女に謝るために、俺はドラゴンを殺す…!


『引き裂いてくれる!』


 ドラゴンの前爪が襲いかかってくる。おそらくあれを喰らえば即死だ。それどころか、肉片1つ残らないかも知れない。

 だが、俺にも秘策はある。ずっと気になっていた。この腰の刀は何なのか。それが今分かった気がする。この世界は異世界であり、『ソード・マジック・ワールド』の、ゲーム世界でもある。

 ゲームならば、主人公が始めから持つ物はストーリー進行の必須アイテムとも言える。

 だから俺は信じよう!この刀がその必須アイテムだと!


「頼むぞ…!『神刀・神威』!」


 俺は神威を振り抜いた。






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