第3話 柊冬美
ガイダンスを終えた後、休憩時間となった。
クラスの連中は先ほどの話のせいでかなりざわついている。
それも当然だ。あんな話を聞けばこの学園に対して少なからず不信感が生まれるだろう。
嫌いな生徒、苦手な生徒への投票……か。
森田は公表されるのは最も票を集めた人と言ったな。
あれは恐らく学園内で一人ということだろう。
つまり他の生徒と交流の少ない新入生の1年が、いきなり晒しあげられる確率は少ないはずだ。
しかし0ではない。初日から大勢に嫌われることがあれば最多票を集めることもあるだろう。
現状このクラス内に限って言えば、最有力候補は誰だ……?
いや、まだ入学初日だ。相当な悪目立ちするような奴がいなければそんな候補はいない。
まさか初日から教室の扉をぶっ壊して教師に殴られるような馬鹿がいるわけじゃあるまいし。
「……………」
どう考えても俺だった。
なんてこった……そんな公開処刑みたいな真似されるのはごめんだぜ……
「あれ?」
俺はそもそも年中公開処刑されてるような奴じゃないか?
歩く公開処刑と言ってもいい。街中で裸で盆踊りしても何とも思わんのが俺だ。
「何だ、問題無いな」
俺は自己解決した。
いや、待てよ?
流石の俺でもクラスメイトに嫌われてると知ったら傷ついてしまうかもしれない。
たぶんな。
うむ、これからの立ち回りには気を付けよう。
俺は心の中で固く誓ったのだった。
ふと窓から外に目をやると雨が上がり虹ができていた。
「うひょおおおおおおおおおおおおおお虹だあああああああ!! んほおおおああああぁぁぁぁぁああああああぁぁぉおおおおおおお虹だああああああ!!! 皆見て見て虹だ虹だよ!! うわああああああああああああああああああああああ!!!!」
俺が小躍りしながら叫ぶと周囲の生徒は皆俺の奇行にドン引きしていた。
ハッ……!しまった!つい虹を見て童心に帰ってしまった。
「すまない。取り乱した。ん……?」
皆が俺に奇異の視線を向ける中、一人だけ違った視線を向けてくる奴がいた。
隣の席の女、『柊冬美』はまたしてもこちらをじーっと見ていた。
その表情は緩みきり、頬はピンクに紅潮し、トロンとした目でこちらを見ている。
恋仲の相手に向けるならいざ知らず。初対面の俺に対して向ける表情じゃない。
はっきり言って不気味だった。
「なんだ」
「あ、ごめんなさいっ」
そしてまたしても謝られた。
「謝る必要はない。言いたいことがあるなら言え」
そう言うと女はもじもじしながらうつむき、上目づかいで話し始めた。
「あ、あのね、その……春樹くんが、」
春樹くん?
いきなり下の名前で呼んでくるとは馴れ馴れしい女だな。
こいつはあれか……?清楚系ビッチとか言う奴か?
「春樹くんが……私の初恋の人に似ててね、それで……」
あ?
俺が初恋の人に似てる……?なにを言ってるんだこいつは
「俺ほどのイケメンがそうそういるわけないだろ」
俺は自信たっぷりに言い放った。
「うん、ごめんね。そうだね。えへへ」
肯定された。
「そいつと俺を重ね合わせて見てたってことか。俺は俺だ。勝手に同一視するなよ」
「うん。ごめんね」
その表情は変わらずトロンといている。
しかし謝ってばかりだなこの女。
「まあいい。俺は無敵超人大滝春樹だ、よろしくな」
握手をしようと手を差し出した。
寛容な俺はこの馴れ馴れしい女を受け入れてやることにしたのだ。
「うん! 私は柊冬美。よろしくね♡」
柊もそれに応え、両手で俺の手を包んできた。普通に握手しろよ。
あとハートとかつけんな。
「ん、どうした? 腕怪我してんのか?」
手を前に出したとき、制服の袖が捲れちらりと手首が見えた。
柊は両腕とも白い包帯を巻きつけていたのだ。
「あ、うん。これはちょっとね……」
言葉に詰まっている。どうやら話したくないようだな。
ここにいる奴の大半は、少なからず他人に話したくないような過去を抱えているだろう。
俺もそのうちの一人だ。
腕の包帯はここに来た理由と何か関係があるのかもしれない。
「すまない。答えたくないならいいんだ」
投票の事もあるし、ここは相手を気遣うような事を言っておいた。
「ううん、大丈夫。優しいんだね」
「…………」
俺が『優しい』ね……
性に合わない言葉だぜ。
「しかしお前のような育ちの良さそうな奴が何でこんな学園に?」
少し踏み込んでみた。
問題児ばかりが集められるこの学園に、柊のような、見るからに優等生っぽい女がいるのはかなり意外だったからだ。
「それは……話したら引かれちゃうと思うよ……」
引かれちゃう、か。
俺以上にやばい過去の奴なんてそうそういない。
俺が引くほどの過去をこいつが持っているとは思えないな。
「大丈夫だ。俺はお前を拒絶したりはしない」
だから本心からそう言ってやった。
「でも……」
柊は少し迷ったような表情を見せた後、
「うん、そうかも……春樹くんには話してもいいかな。ううん、話すべきかも……」
どうやら何故か初対面の俺に過去を話す気になったらしい。
話すべき……?なにやら謎の使命感に駆られているようだ。
柊は自分の包帯が巻かれた手首をきゅっと握りしめると話し始めた。
「……あのね、私の初恋の男の子とね……イチャイチャしてる最低な女がいたの」
何やら不穏な雰囲気を発し始める。
下を向きながら話す柊の表情は伺い知れない。
背後にどす黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか……
「あのメスブタ……」ボソッ
あれ?柊さん?
……ぼそっと何か付け足したような気がしたが聞かなかった事にしよう。うん。
「……毎日、私が見てる目の前で馴れ馴れしく話しかけててね……メスブタの分際で私の春也くんといつも一緒にいてね……」
春也くんという男がこいつの好きだった男の名だろう。
柊は話しながらカタカタと震えだし、手首を握っていた手の爪を鋭く立てはじめていた。
大丈夫かこいつ?
「……キスしてるところまで見ちゃって……」
徐々に震えは大きくなっていき、爪は包帯越しとは言え、腕に強く食い込んでいる。
「……それでね、なんて言うか……我慢できなくなってね……」
ついに包帯には赤い血がじわりと滲み始めた。
おいおい……
「気づけば、手に包丁を持っててね」
なに……?包丁……?
ここで柊の震えは止まり、顔をゆっくりと上げ
「刺し殺しちゃったの」
口の端を吊り上げニヤリと笑った。
「お、おう……」
柊の目に光は無く、深い闇の色をしていた。
その表情は、裏の世界で長い間生きてきた俺すらも震え上がるほどの最高の笑顔だった。
……馬鹿な…胆で…胆で俺が圧倒されるなど……!
……こいつは只者じゃないな。
しかし、話自体は俺が生きてきた世界ではよくある話だった。
好きな女を取られたという理由で、殺し合いをおっぱじめる連中をよく見てきた俺にとっては、この程度の話日常茶飯事だ。
だから俺は柊に言ってやった。
「驚いたが大丈夫だ。その話を聞いたからといって俺はお前を嫌いにならないし、避けたりもしない」
「安心しろ。お前は普通の女の子だ」
俺は柊を落ち着かせるために彼女の頭に手をそえてポンポンと軽くはたいてやった。
柊は少し驚いた表情を見せた後、再びトロンとした表情に戻った。
さっきより頬が赤くなり、口元はだらしなく緩んでいる。
柊は俺の目を深く覗き込みながら呟いた。
「そっかぁ…受け入れてくれるんだぁ……♡」
俺はその顔を見て少しだけ後悔した……。もしかして俺は厄介な女と関わってしまったのかもしれない。
「あ、ああ……」
「ありがとう、春也くぅん♡」
そう言って俺に抱きついてきた。うっとうしいぞこのアマ!
「春也?誰だそれは?俺は春樹だ間違えんな」
人の名前を間違えるとは失礼なやつだ柊なんとか
こいつはまだ俺と初恋の男を重ね合わせて見ているようだ。
「あ、ごめん。春也くんは私の好きなアニメのキャラなの。」
「は?アニメのキャラ?」
「そうなの。『極道彼氏』っていうアニメの男の子でね!強くて優しくてかっこいいの!」
その不穏なアニメのタイトルは置いておいて、
こいつは今アニメのキャラと言ったか?……するってぇとなんだ?こいつの初恋はアニメキャラ……?
ん…?待てよ……。俺は聞いた話を頭の中で整理する。
1、こいつの初恋はアニメキャラ。
2、俺は初恋の男に似ているらしい。
3、柊は初恋の男とイチャイチャしている女を刺し殺した。
いやどう考えても3がおかしい。
アニメキャラとイチャついてる女だと?その女は二次元と三次元を行き来できるのか?
「なあ、その春也くんと仲良くしてた女ってのは……」
尋ねると柊は笑顔で言い放った。
「ああ、その女いつも春也くんのフィギュアを持ち歩いててね」
「……………」
柊冬美。
自分の好きなアニメキャラのフィギュアを持ち歩いているだけで人を刺し殺す女。
こいつも疑いようがない超問題児だった。
ていうかキチガイだろ……。俺が言うのもなんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます