ヤ〇ザが贈る正しき学園生活
池田あきふみ
第1話 鬼山学園
俺が物心ついたとき、最初に教わったのはハジキ(拳銃)の持ち方だった。
「こいつの引き金を引けば人は死ぬ」
箸の持ち方すら知らないガキに、人殺しの道具を持たせた男は、漆黒の瞳でそう言った。
「手本を見せてやる」
男は、そう言って一人の女のこめかみに銃口を押し付けた。
撃鉄を起こし引き金に指をかけるまで、未だに鮮明に脳裏に焼き付いている。
爆発音の後に残ったのは、横たわって動かなくなった女の死体と一面に広がる赤色だけだった。
涙が出てきた。
だってその死体はさっきまで俺の母親だったもので、その男はきっと俺の父親だったから。
「……ッ!」
俺は自宅の寝室で目を覚ました。
体を起こそうとするがうまく力が入らない。
視界はぼやけ、頭には靄がかかったようで何も考えられない。
腰の浮くような感覚にこれはまだ夢ではないかと錯覚させられる。
俺は無意識に枕の下に手を突っ込み、そこにあったリアルな鉄の感触でようやくこれが現実だと理解した。
全長186mm、17発の弾丸が込められたそれは『グロック17』
俺が生まれて初めて握った拳銃であり……夢で見たものと同じものだった。
そいつのグリップを握ると俺の思考は徐々にクリアになっていく。
「久々にガキの頃の夢なんてみたぜ……」
それは頭の片隅に何重もの鍵をかけてしまった記憶。
俺は拳銃にセイフティをかけるように、再び記憶に鍵をかけた。
「うげ……」
びしょびしょになったTシャツを見て声が漏れる。
夏でもないってのに、寝ている間に相当な量の汗をかいていたようだ。
胸元に貼りつくTシャツが鬱陶しい。
「パンツまでびっしょりだな」
濡れたパンツと立派なタワー(やや誇張表現あり)が建った下半身を見ながら呟いた。
股間までびっしょりだがこれは夢精ではなく汗である。
「そんなことはどうでもいい。ん……今何時だ?」
すぐに壁にかけてある時計を見た。
時刻は午前9時を示している。
完璧に遅刻だな……
今日は俺が新しく通うこととなった学園の入学式だ。
通学までの時間を考慮するとどう考えても間に合わない。
「まあいいか」
ちなみに俺は世間では不良のレッテルを貼られている。
この程度の遅刻で動揺したりはしないのだ。
とりあえず水を飲み、ゆっくりシャワーでも浴びてからいくとしよう。
「うむ、今日もイケメンすぎるな」
鏡の前で軽く身だしなみを整え、新たな制服へと袖を通す。
「さて、いくか……」
今日から俺が通う学園、『鬼山学園』通称鬼学。
創設されて間もない学園だ。確か3年程前だった気がする。
この学園には素晴らしい目的と理念があって
それは「素行不良の生徒を更生させ、社会に馴染めるよう心より支援する。」
というものだった。
要するに心優しい人たちが俺のような問題児を暖かく受け入れて、社会で生きやすいようにサポートしてくれるってことだ。
それが鬼学。素晴らしきかな。
そう。
部屋の掃除でも同じだ。自分がよく使うベッドやソファの周りだけ綺麗にして、 ゴミや埃は部屋の隅に追いやり、見ないフリをする。
その部屋は一見綺麗に見えて確実に汚れていってるんだ。
何が言いたいって?
つまり、俺がこれからいくところは掃き溜めに過ぎないという事だ。
更生施設ってのは表向きで、実際は問題をおこすような厄介な生徒を隔離しておくための施設ってのが現実。
俺は前いたところでちょっぴり揉め事を起こしてここへ入学することになってしまったのだ。
これで晴れて俺も部屋の隅の埃。社会のゴミだよおめでとう。
そんな新しい環境へ飛び込むことを憂鬱に思いながら、俺は玄関の扉のドアノブに手をかけた。
「だりぃ……」
着慣れない新しい制服を窮屈に感じながら呟く。
「行ってきます」
誰もいない自宅に挨拶を残し、家を出た。
---
「ここか……」
自宅からバスで数時間、まともに道路整備もされてないような山道を抜け、さらにそこから徒歩数十分。俺は目的地へようやく辿り着いたようだった。
周りには民家すら無く、誰も寄り付かないようなドがつく田舎。
その廃れた地域にでんと巨大な建物が佇んでいる。
明らかに周りの外観から浮いていて、ただでかいだけでディティールに全く拘らないその建物は、尋常ではない不気味な雰囲気を醸し出している。
校門の前にはでかでかと「鬼山学園」という看板が立てかけてあった。
「趣味わりぃな……」
だが何より気になったのは、学園を取り囲むように作られた高い塀だ。
その作りはまるで侵入したものは絶対に逃がさないとでも言うかのようだ。
「まるで監獄じゃねえか」
俺は見たまんま受け取ったイメージを口にした。
それは生徒を育む学びの園には見えなかった。
「今日からここで生活するのかよ……」
この学園は全寮制だ。入学すること即ちこの学園内で生活することを義務付けられている。
そして、この学園を卒業するには4年という長い歳月が必要だ。
俺は校門をくぐる前からすでに気が滅入っていたのだった。
「お邪魔しまーす」
育ちの良い俺はきちんと一言断ってからその学園に足を踏み入れた。
「新入生か?」
校門を抜けて少し歩くと、黒服の守衛らしき男が声をかけてきた。
(うおっ…)
俺はそいつの風貌を見て少しだけ面を食らった。
筋肉でぱんぱんに張った腕や胸筋。スーツの上からでも鍛えてあるのが良くわかる体格の良い男だ。
黒服にサングラス。腰には拳銃。
ただの学園の警備にしては物騒すぎる見てくれだな……。ここには大統領の娘でも通ってんのか?
「そうだ。入学式はどこでやってんだ?」
そう答えると、黒服は「ははは」と口を開けて豪快に笑った。
「初日から遅刻か坊主。入学式はもう終わったよ。今はみんな教室でガイダンスを受けているところだろう」
「まあ、だろうな」
時刻はとっくに正午をまわっていた。
「1年の教室に案内してやる。ついてこい」
そう言って黒服は俺の返事を待たずに、ぐるりと身を翻し、校舎のある方向へ歩いていく。
俺もその黒くてでかい背中の後を追い、校舎の中へと入っていった。
校舎の中は、真新しい学園だけあってそれなりに綺麗だった。
白を基調とした壁や床。
汚れらしきものは見当たらず、きちんと清掃が行き届いている。
俺はその小綺麗な内装を見て少しだけ安堵した。
「良かった。中は思ったより普通だな……」
そう思った矢先のことだ。
「ん?」
昇降口で上履きへと履き替えていた俺は、そこにあった違和感に気づいた。
「監視カメラ……?」
天井に取り付けられたそれは、黒い瞳でこちらを見ていた。
それも、一つではない。
死角を潰すように万遍なく、複数設置してある。
なんなんだ……?
警備が厳重すぎる。
最近の学校ではこれが普通なのか……?
いや、ありえないだろ。
ここへ来る途中、黒服の似たような男達も10人近く見かけた。
この手の施設にしては、セキュリティに金をかけすぎている。
何かがおかしい。そう思いながら歩いていると
「1年の教室はこの階だ」
この学園に対して猜疑心が芽生えたところで、いつの間にか目的地まで着いたようだった。
まあいい。考えても仕方ない。
俺は思考を教室の方へと切り替えた。
「ああ。助かった」
礼を言うと、黒服はすぐに元来た道へと引き返して行った。
教室はAからDの4クラスで分けられている。
1-D。それが俺が配属されたクラスだった。
「ここだな」
教室の扉の前までやってきた。中からは教師らしき女の声が聞こえる。
さて、この中にはどんな奴らがいるのだろうか。
集められたのは問題児ばかり。
尤も、俺以上に問題を抱えている奴はそうそういないだろうがな。
そうだな…、ここは舐められないように一発かましておくべきだろう。
ここで選べる選択肢は3つだ
1、静かに扉をノックする。
2、勢いよく扉を開け放つ。
3、扉を壊す。
まず1は論外だろう。そんな弱気な奴は根暗だと思われていじめられてしまうかもしれない。
そして2、これなら元気があってよろしいと思われるかもしれない。だがこれではインパクトに欠けるな。ここは迷いなく3だ。
「おらあっ!!」ドガッ!ガシャラ!!
勢いよく扉に蹴りをかますと引き戸であったはずの扉は前に倒れた。
「うわっ!! なんだあ!?」
「おはようございまーす!寝坊しましたー!」
教室に入ると、教壇には容姿の整った女教師が立っていた。
中にいた生徒の数はぱっと見30人ってとこか。
前の席にいた近くの数人は驚き硬直している。後ろの奴らはざわざわとなにやら話しているようだ。
『なんだよあいつ……』
『キチガイかよ……』
なんの話をしているのかな?俺も混ぜて欲しいな。
「き、君も新入生かな?」
笑顔のひきつった女教師が尋ねてきた。
「おう。よろしくな」
ふんぞり返りながら答える。
「お、お名前は?」
「大滝春樹だ」
こうして俺の学園生活は始まった。
とりあえず入学初日の第一印象は完璧だっただろう。
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