/01-10
翌日、零士はカーテンの隙間から差し込む朝の眩しい日差しに
「ん……」
徐々に意識が覚醒していく中、しかし半分はまだ眠りのまどろみに包まれていて。そんな寝起きの心地良さと起床の気怠さが同居する不思議な感覚の中、零士はゆっくりとベッドの上で身体を起こした。
半裸の身体が起きて、ベッドの上で露わになる。カッチリと絞られた無駄のない、しかし確かに存在感を主張する、筋肉の張り詰めた肢体。そこには刀傷や弾痕など、幾つもの生々しい傷跡が刻まれていて、零士が今までに経験し潜り抜けてきた激しい修羅場の数々を暗黙の内に示していた。傷跡は割に目立たないものの、プール実習の度にどう言い訳して良いものか悩む程度には浮き上がっている。
「…………」
そうして上体を起こした格好のまま、零士はスッと指先で左眼の辺りに触れた。そこに刻まれた、一条の傷跡に。
この傷跡は、零士にとっての喪ったことへの罪の証であり、そして誓った復讐の象徴でもあった。二度と引き返せない、いや引き返さないと誓った、茨の道の道標。指でそっと触れるこの左眼の傷跡こそ、今の彼を椿零士……いや、サイファーたらしめる唯一無二の
「っと、それより何時だ……?」
上体をベッドの上に起こした格好のまま、零士はベッドサイドに置いてあったデジタル時計を見る。時刻は午前六時半をちょっと過ぎたぐらい。まだまだ学園の登校時刻までは余裕があるといった頃合いだった。
とにもかくにも、今日は何故だか寝汗が酷い。零士は半裸の格好のままでベッドを降りると、そのまま寝室を出て一階まで降りた。
冷蔵庫から取り出した、ギンギンに冷えたミネラルウォーターでとりあえず喉を潤し。その後で浴室に入り、シャワーを浴び寝汗を流す。どうにもこの、肌に張り付く汗の感触が気に入らなくて。こうして起床の度にシャワーを浴びるのが、零士にとっての半ば習慣のようなものだった。
そうしてシャワーを浴び、ほんのりと上気した身体でリビングに戻ると。ダイニング・テーブルに置きっ放しだった私物のスマートフォンに丁度着信が入り、プルプルとバイブレーションで震えているのが眼に留まった。
ディスプレイを一瞥すれば、電話を掛けてきた相手は小雪だった。大方の要件を察しつつ、やれやれと肩を竦めた零士はスマートフォンを左耳に当て、電話を取る。
『おはよー零士、今忙しい?』
「ああ忙しい、だから切るぞ」
『そんな殺生なーっ!!』
と、呑気な声音の小雪と半ば恒例となったやり取りをしつつ。零士はテーブル近くの椅子に漸うと腰掛け、ひとまずは小雪の話を聞いてやることにした。
「で、要件はまたいつもの通りか?」
『そそ。八時過ぎぐらいにさ、またウチまで迎えに来てよ』
「毎度毎度言ってるけどさ、君は俺をタクシーか何かと勘違いしてるんじゃないのか?」
『ぶー、良いじゃん減るもんじゃないし』
「いいや、減るね。ガソリンが減る」
『どうせ殆ど通り道だからって、言い出したのは零士の方じゃないのさー!』
「今日は気が乗らない、どうしてもって言うなら一キロ千円だ」
『暴利吹っ掛けすぎでしょ!?』
「冗談だよ、冗談。……八時過ぎにそっちな、分かったよ小雪。迎えに行くから、家の前で待ってろ」
『もう、零士はホントに素直じゃないんだから。……おっけー、待ってるから。ちゃんと来てよね?』
「約束はキッチリ守るのが俺の良いトコだからな、特に女の子との約束はさ」
『はいはい、分かった分かった。それじゃあね零士、頼んだよー』
「頼まれたよ」
とまあ、こんな具合だ。零士は呆れ気味に小さく溜息をついて、電話の切れたスマートフォンをテーブルの上に放った。
零士がVT250Fのオートバイで通学している関係上、こうして便乗する小雪に送迎をさせられるのは、まあいつものことだ。この間のように放課後に連れ出された時だって、あの時はシャーリィから仕事が来たからああなってしまったが、普段ならあのまま家まで送らされているのだ。その関係で小雪の親御さんと妙に親しくなってしまっているのは、まあ零士の立場からすれば結構複雑なのだが……。
とにもかくにも、こんな感じで。今日も今日とて零士は小雪のタクシー代わりとして、彼女も一緒に乗せて学園に登校する羽目になってしまったというわけだ。
幸いにして、まだ時刻は午前七時を回ったところ。まだまだ時間に余裕はある。零士は本でも読みながら、ゆっくりと朝食を摂ることにした。
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