時代についていけない!
笹野にゃん吉
1.こいつは魔境だ……
俺は、今、ついに人生を始めようとしている。
おい、そこのお前「なんかこいつ、いきなり大それたこと言いだしやがった」って、俺のことバカにしたろ?
そうじゃないとしたら「どうせ定年退職して、第二の人生ってやつだろ?」とか「また異世界転生しちゃった奴かよ」みたいに、結局、俺のことバカにしてんだろ?
まあ、そう言いたくなるのも分かるぜ。人生って言葉は重くて大きいからな。
でも、これから始まるのはすげぇことなんだ。
なんの関係もなかった俺とそこのお前が、いきなり親友になって、明日には居酒屋で塩キャベツの皿を突き合っちまうくらいにな。
まあ、もう解ったろ。あれだよ。
俺はこれからTwi〇terデビューするんだ。
現実ってやつはクソだよな。バーコード頭の上司にがみがみ言われたり、やたらでかいイヤリングつけてる同僚のババアに、ねちねち嫌味を言われるんだ。そいつらの顔色を窺って、へこへこ頭を下げて、いざ愚痴を言おうと思ったら、乏しい人間関係を思い出して死にたくなる。
だがな、ナメんなよ。
俺はそれくらいでへこたれる腰抜けじゃねぇ。自己嫌悪に陥り、足踏みしかしてこなかった自分は殺すことにした。Twi〇terという新たな地平へとびだすべく、覚悟を決めたんだ。自分を高めるためには、挑戦を忘れちゃあいけないからな。
「アフゥ……」
俺はちょっと破廉恥なことをした直後みたいな変な声を出しながら、震える手でマウスを握ってる。指圧をわずかに強めるだけで、新たな世界の扉がひらく。Twi〇terの登録が完了するんだ。緊張するぜ。
スマホでやれとかいう奴もいるかもしれねぇが、そういう奴は気をつけたほうがいい。すでに毒されてるぜ。スマホはヤバいんだ。なんてったって、意識を抜かれる。多くの奴がそれを知らずに使ってる。乳母車に三台もスマホを突っ込んで散歩してたババアを見たから、これは間違いない。もう一度言うぜ。気をつけろ。
まあ、話を戻すがよ。
Twi〇terってのは、すごいもんだ。すごすぎて、わけが分からない。
キーボードをちょちょっとタッチして、むちゃくちゃ勇気を振りしぼれば、友達ができちまうんだからな!
――そう、俺はTwi〇terって場所を、とりあえず踏みこめば、パリピからちょっとヤバめの政治家まで、フランクに絡んでくれるところだと思ってた。ジ〇スティン・ビーバーのヤバさなんて知らなかった。ちょっと前までホームア〇ーンの子役は、マ〇ーレー・カルキンじゃなくて、ジ〇スティンだと思ってた。
だけど、世の中そんなに甘くねぇんだ。
破裂しそうな心臓をいさめて、やっと登録を完了させた俺が直面したのは、時代の奔流に目がくらむことじゃなかった。真っ白の壁に囲まれた、隔離施設みたいな空白に投げ出される、途方もない孤独と対峙することだった……。
はっきり言って、なにから始めていいかわからねぇんだ。
深〇恭子にいきなりツイートアタックしても、そんなの返ってくるわけねぇなんて、俺は思っちゃいなかった。そもそも深〇恭子の公式Twi〇terが存在しないなんて、そんなことすら知らなかった。どこぞのアイドルとのコミュニケーションアプリくらいにしか考えてなかった。俺はTwi〇terをナメてた。
だけど男は、一度心に決めたことをすぐに投げ出しちゃいけないもんだ。タバコ屋の隣で酒瓶呷ってたおっさんは、いつもそう言ってた。
陰気に爪を噛んで、偽深〇恭子から返信がないのにイラだったりしたが、俺は勇気をもって挑戦することを心に決めた男だ。なぜ返信がないのか、原因を探ることにした(偽物だって気付いたのは、たぶん半年くらい経ってからだった)。
そして俺は見つけたんだ。希望の光を。
それは俺の、まだ画像の貼り付けられてない無機質なアイコンを押すとあった。「設定とプライバシー」ってやつだ。日頃、犬の糞をうまく躱す勘の持ち主である俺は、ここにビビっときた。はっきり言って確信的だった。初期設定がクソだったんだ。深〇恭子と俺の関係は、きっとここに眠るなんかに阻まれた。
そして開いた。
そしてビビった。ビビっとはこなかった。
なんてったって、そりゃあ……信じられるか?
設定をいじろうと思ってた俺の前に表示されたのは「有名人と話す/話さない」みたいな項目じゃなかった。ユーザー名やらメールアドレスやらが、俺を脅すようにとびこんできやがったんだ。
そう、それは明らかに脅しとしか思えなかった!
「初期設定をいじれば、お前の個人情報をバラまくぞ」ってな!
さすがに、こいつはヤバいと思った。
Twi〇terは楽園だと思ってたが、とんだ間違いだと気付かされた。
ここは魔境だ。
人の温もりもなければ、安全もない……。
俺はすぐに戻るボタンをクリックして、設定画面から逃れた。そして、よどみないマウスさばきでログアウトした。
しばらくは、ログインどころか、パソコンを起動する気にもなれなかった。
それがただの勘違いだって気付いたのは、三日も経ってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます