第30話 夢であり、全てだった
木曜日の昼休み。
私は、迷っていた。
亀井くんの教室に向かうかどうか。
昨日、ああなるまでは仲良くしていたのに、嘘をつき続けられなかった自分に腹が立つ。
正直、迷惑だよね。こんな根暗女に騙されて、腹が立ってるに違いない。
それに、あの原稿の内容が目に入っていたから、私が『伏見ソウシ』として活動していたのがバレたかもしれない。
私は、小さい頃からずっと本を読むことが好きだった。
いや、好きだったという、そんな簡単な言葉では形容が追いつかない。
「聡子は賢いねえ」
母さんは、いつも私をそうやって褒めてくれた。
一方で、そんな私を、父さんは毛嫌いしていた。
「聡子が男なら、社会でも優秀な人間になれたのに、上手くいかないもんだな」や、「男に負けないくらい、強くなりなさい」が、口癖の父さん。昔から、女の子として生まれた私を男の子みたいに育てようとしたり、『女より男の方が偉い』と思っているような、典型的な古い体質の人間だった。
自分はそこそこ大きな会社にいてもそんなに偉くないくせに、家の中では威張り散らしやがって。中学の頃から、そう思っていた。
そんな父親が、哀れで、そしてバカに見えた。
父さんには内緒で、小学5年生から、本を書いてみた。授業中に、ありったけの妄想と空想を膨らませた、誰にも邪魔されない自分だけのファンタジーの世界。
いろんな世界を紙の束で見てきた私は、今度は自分が、この頭の中に広がる自分だけの世界を紙に映したい、そう思った。
通い初めてから5年の付き合いになる図書室の先生。原稿用紙に殴り書きしては、彼女に読んでもらっていた。
「すごい…」と言った彼女の反応は、子供の機嫌をとるためだけの世辞めいたものではなく、一表現者として評価してくれたもののようだった。
「聡子ちゃん、本気で目指してみない?作家」
その言葉が、私の世界に光を持ってきた。
それから私は、社会人になる前にパソコンに慣れておきたいという名目で、父さんのお下がりのパソコンで、機械のように文字を打ち続けた。
初めは慣れなかったタイピングも、今となってはピアノを弾くようにキーボードを操れるようになった。
そして、ウェブ小説で出版した作品が、サイト上で話題になり、ついには書籍化されるようになった。
編集者から電話が来たこと、約束の時間にその編集者が本当に来た時は驚いた。
父さんには内緒で、母さんと編集者の人と私で、書籍化を進めて行った。
中学生作家として、テレビ出演のオファーがあったが、全く知らない人たちにも顔を見られていると考えると恥ずかしいし、第一、作家であることを父さんに隠さないといけないから、断った。少しだけ、目立ちたいとか、チヤホヤされたいとか、そういう気持ちは、あるにはあった。
高校一年生のときに出版した『アサシンガール』で、伏見ソウシこと私は、人気作家の仲間入りを果たした。
本は、私の夢であり、私の全てだった。
私に道を与えてくれた、図書室の先生には、感謝しきれてもしきれない。
しかし。
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