第20話 声

映画館を抜けてから、傘のない彼女を家に送るために、再び相合傘をしながら丘へ向かった。

可愛い顔立ちのガールフレンドが、くっ付きそうなくらい近くにいるこの状況にいくらか慣れてきた。

しかし、この人通りの多い商店街で、この相合傘。恥ずかしいことこの上ない。クラスの人に見られなければいいのだが。


「やっぱ観て正解だった。あの映画、予告の時から目ぇつけてたんだよね〜」

僕と同じ傘の下、観たかった作品を観れた片岡さんは、ご満悦だった。


「誰かさんのせいで、公開が終わるところだった」

「うぐっ」

嫌味を十分に含ませた上目遣いで、僕を見る。ああ、耳が痛い。




映画館の最寄駅から二駅行けば、あの丘に近い駅に着く。


商店街を抜けたら、駅はもうすぐだ。


今回は誰にも見られてないみたいだから良かったけど、今度またこうして2人で歩いていると、次こそは、誰かに目撃されるかもな。今日の時点で、誰にも見られていないという保証はないけど。



雨がだいぶ止んできて、傘を差す人、差さない人が五分五分になってきたから、僕も後者になろうと傘を降ろそうとすると、真っ白い手に制された。


なにかまた、檄を飛ばしてくると思ったけど、意外なことに何も言われなかった。

黙って俯く彼女に、僕も気まずくなった。急にそんな態度取るのはずるいって。僕は、白くキレイな手に否定されたので、傘を差し続けた。


人通りが多いから、いろんな人の声が聞こえる。肉屋のおじさんの高笑いとか、主婦たちの世間話、子供たちの嬌声。あとは、左前方から「おーい!サトシー!」っていう、僕の名前を呼ぶ、僕と同じくらい若い人の声。

僕の、名前を…。



人違いだ。そうだ間違いない。


この男らしい声音は藤田君のキレイな高音とは程遠いし、家族のものでもない。



しかし、ああ、と思い出す。このハキハキとした声は。



何かに隠れるように、やや俯き加減で歩いていると、急に視界が薄暗くなった。

正面には、服の上から見ても隆起した胸筋と、その横には鍛えたように太ましい腕。



片岡さんは、警戒するように、その持ち主の顔を見上げていた。僕のTシャツの袖をしっかりと握っていた両手は微かに震えていた。



この時点で声をかけた人物が誰なのかがはっきりと分かった。わざわざ顔を見て確認するまでもないが、僕も顔を合わせる。



ほら、やっぱり。



初対面で温厚な人間を畏怖させるような不良然とした目つきと、その強面に似合わない満面の笑み。



リンゴを潰せそうなくらいたくましい右手で、僕の左肩をポンポンと叩く。



「やっぱり、サトシだ!久しぶり!無視するとか、チョットひどくね?」

「リュウ…」




中学時代、3年間同じクラスで、よくつるんでいた親友、時末隆太と再会した。

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