第3話 森とモノリス

 10年前のある日、地球に隕石が落ちて来た。上空で隕石はいくつかのカケラに分かれて世界各地に飛び散っていく。それはまるでそれが予め決められていたかのように。


 幼いカレンはその飛び散った隕石のひとつを夢中で追いかけていた。気が付くと彼女は地元では見かけないような大きな森の中に入り込んでいく。そこがどこか分からないまま、彼女はそれでも夢中になって隕石を追いかけていた。

 そして彼女が森に入り込んで、ずんずんと奥に進んでいたその時にそれは起こった。


 落下した隕石の大爆発。


 その爆発のエネルギーが生み出す強烈な爆風と高熱。森はこの爆発を受けて一瞬の内にその姿を変えてしまう。

 それから隕石がどうなったのか――カレンはこの惨事でどうなってしまったのか。


 大爆発を起こした隕石は燃え尽きて蒸発し……そしてカレンは守られていた。その森の深い地層にあったモノリスによって。


「カレン……ごめんね……」


 その聞き覚えのある声は……そう、カレンを今この世界に導いていた声の主と同じ声。あの声はこのモノリスが喋っていたのだ。


 実はその声は隕石が落ちる少し前からカレンの夢の中に現れていた。その頃の彼女はまだ普通の少女で、周りの子供達と何ひとつ変わらなかった。

 ただひとつ、理由もなく石が好きだと言うその一点を除いては。


「カレン……」


 夢の中で不思議な声を聞いて周りを確認する幼い頃のカレン。その頃の彼女はその声の正体が何物であるのかをまだ知らない。

 けれど、その声の主が怖いものじゃない事は天性の直感で分かっていた。彼女はその見えない声の主に対して質問する。


「誰?」

「お願いだ……。僕に会いに来て欲しい」


 カレンの呼びかけにモノリスはそう答えていた。その声は優しくて、彼女は一瞬でこの声の主を気に入る。モノリスは黙って自分の話を聞いているカレンに対して話を続けた。


「無理にとは言わない……。他に大事なものがあるのなら」

「うぅん! 行くよ!」


 カレンはモノリスのこのお願いに即答する。


「有難う。その時が来れば星が導びいてくれるから……」


モノリスは彼女が自分の要請に応えてくれた事に対して感謝を示し、そう言い残してこの時の夢は終わった。



 モノリスによって隕石の爆発に守られたカレン。ついに夢の中の声の主に会えた彼女は喜びと感動で胸が一杯になっていた。


「こうなる事は前から定められていたんだ……。でも、出来れば君を巻き込みたくはなかった」

「でもあなたは私を守ってくれた。私の命の恩人だよ!」


 カレンは初めてモノリスを目にして瞳をキラキラと輝かせる。モノリスに出会えた事で、それ以外の不条理な出来事は彼女の頭の中から綺麗さっぱりと消え去っていた。


「私は何をすればいいの?」

「……そうだね。……僕達を導いて欲しい」


 カレンの質問にモノリスはまず自分の事を話し始める。


「僕達モノリスは星に生まれた生命の発展に寄与する存在として送られたんだ。長い年月をかけて生物は適切な発展を経て今の状況へと移行してきた。そして生物がある程度発展した今、次の段階として、その星の住人にその先の未来の選択権が与えられるんだ」


 その話によると、モノリスは地球ではない何処かからこの星の生物を発展させる使命を帯びてやってきたらしい。最初の計画は現住生物を高度な知的生物までバージョンアップさせる事。

 その次の計画が、グレードの上がった原生生物に次の未来を選択させる事なのだと。


「どうして私……なの?」


 カレンは根本的な質問をモノリスに投げかけた。今の彼女は特に何かの能力に秀でた人間ではない。だからこそ、モノリスに自分が選ばれた事が不思議でならなかった。


「君は石と心を通わせる事が出来る……。約束の子供なんだ」


 ちなみにカレンが石の声を聞けるようになったのはこの後の事。この時点での彼女はまだ石が好きって言うだけの普通の少女だった。

 それもあって、このモノリスの答えにも彼女は納得していなかった。


「私が未来を選ぶの? そんなのまだ分からないよ」

「分かった。……それじゃあ、また経験を積んだ頃にもう一度会おう……」


 モノリスはその彼女の答えをすぐに受け入れ、答えを先延ばしにしてくれた。この時、カレンは今の状況が夢か現実か分からなくて混乱していた。

 それで、自分を落ち着かせるためにその事をモノリスに質問する。


「ねぇ……これは夢? それとも現実?」

「君が望むのは?」

「え……? こんなの全然信じられないし、多分話しても誰も信じてくれない……」


 カレンはモノリスの質問に対して素直に今の自分の心情を吐露した。選べるとするなら、これは夢であって欲しいと――。

 そう、子供心に不条理な発言が周りに及ぼす影響を恐れたのだ。


「分かった……じゃあ、この記憶は僕が預かるよ。僕の力を使って」

「えっ? それって大丈夫なの?」

「大丈夫。少し僕の力がその瞳に宿るだけだよ」


 モノリスはそう言ってカレンを強い光で包み込む。次にカレンが意識を戻した時、不思議な事に彼女は家の近所の空き地に横たわっていた。それまでの記憶を忘れ、瞳を翡翠の色にして。


 それがずっと忘れていたカレンが翡翠の瞳になった理由だった。全ての記憶を完全に思い出した時、彼女を包む翠の光は消えていた。

 全てが終わり、カレンはゆっくりとまぶたを上げる。現実の世界に戻って来たのに、意識はまだ夢の中にいるようだった。


「そうか……。私は未来を選ばなくちゃいけないんだ……」


 この合宿で訪れた森はあの時カレンが迷い込んだ森と同じ森なのだろうか? 隕石の爆発で一瞬で燃え尽きた森がそんな簡単に復活するはずがない。だから本当のところはまだよく分からない。

 ただ、目が覚めたカレンの目の前にモノリスがある。見つけた時にただの大きな石だと思っていたそれは、あの時に遭遇したモノリスだったのだ。


 当時と形は変わっていても、醸し出す雰囲気でそれは間違いようがないと、カレンは感じていた。


「久し振りだね」


 カレンはモノリスに向かって微笑みかける。

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