第6節 魔界の泥

 少年……勇也の背後から、大男が刃物を振りかぶって襲い掛かる。

 勇也が、はっとして振り返るが、その時にはもう刃先が勇也の胸元に迫っていた。

 叫び声をあげる暇もない。

 鋭い刃が勇也の心臓に突き刺さらんとした、その時。大男の身体が横に吹き飛んだ。

「へ……?」

 何が起こったのか理解できず、倒れた男と地面に転がった刃物を呆然として見つめる。

「……大丈夫?」

 凛とした声がして、勇也がその方を見上げると、そこには亜久津摩子の姿があった。

「あ、亜久津さん!? 今の、亜久津さんが助けてくれたの? あと、どうしてここに?」

「色々説明している暇は無いんだ。剣持君、眼鏡預かっておいて。」

 そう言って、亜久津摩子は勇也の眼前に来ると、眼鏡を外し、勇也の手に握らせた。そして、じっと彼の目を見つめる。きっかり三秒後、勇也は意識を失い、亜久津摩子の身体に倒れ込んだ。

 彼女は特に驚く様子も見せず、勇也をひょいと抱かかえた。


 

「まったく、君はつくづく不運な人だな……。」

 私の腕の中で眠る剣持勇也の寝顔を見て、思わずため息を吐いてしまう。

 ケーキを買ってテンションが上がって全速力で帰宅した途端、妙な気配を感じてケーキを玄関に置いてやってきてみればコレだ。

 取り急ぎ、眼鏡を外して邪眼で眠らせたので、明日の朝までは目覚めないはずだ。起きた時には、何もかも夢だと思って忘れていることだろう。

 彼を抱きかかえて、そのまま帰ろうとした私の足首を、誰かが掴む。

 先ほど蹴り飛ばした男か? 勘弁してほしい、人間相手に格闘するのは力加減が難しいから大変なんだぞ。

「離せ。それとも警察に引き渡してほしいのか。」

 足元を睨みながらそう言うと、それまで人間の大男だったものが、どろどろと泥のように崩れて、道路に溶けこんでしまう。

 オオオォォ……グゲエエエエ……と、もはや声ともいえないうめき声をあげている。

「……おい、どうしてお前がここにいるんだ。」

 こいつは、魔界の「泥」だ。元の世界ではそこらじゅうに溢れていた下級魔物である。

 この、会話もままならない「泥」に、単独で異世界転移ができる力があるはずがない。

「くそ、こいつの主はどこだ……!」

 私以外に異世界から飛んできた奴がいるなんて報告は受けていない。しかも、剣持勇也を狙っているなんて……?

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