邂逅
「ま、待ってください! 私たちは争いに来たわけではありません! あなた方とお話がしたいだけです!」
「え?」
ルーヴェたちの目に前に現れたルヴィアーナから発した予想だにしない言葉に彼はキョトンと不思議そうな反応を見せ、手に持っていたナイフを下ろす。
ルヴィアーナは顔を見られないように帽子を深く被ったままルーヴェたちがいる四角い空間に足を踏み入れる。
一方、ルーヴェは目の前にいる少女が何も手に持っていないことを理解しているものの、顔を見せようとしないことが怪しいという疑いを頭の中で拭い切ろうとしない。そのため、ルーヴェは未だに警戒を続けていた。
「お待ちください、姫様(・・)!」
「へっ?」
彼女の後を追うようにサングラスをかけたノーティスも現れ、ルヴィアーナを守るように前に出る。
エルマは帽子を被る少女の後ろから放たれた言葉を聞いて気の抜けた声を漏らすが、ノーティスは手に持っていた銃をルーヴェに向けると彼もナイフを構え直す。
「ちょっと、ノーティス、銃を下ろして!」
「いいえ、なりません。この者が我々の行動に気づかれた以上、障害は排除するしか……」
「…………?」
トーガは銃を向けるノーティスを諫めようとする帽子の少女の声にどこか聞き覚えを感じていた。だが、少女に向かって凝視していると声の持ち主が、過去に出会った自分が知る人物とであることに気づく。
「! まさか……?」
「?」
ルーヴェの後ろにいたエルマは、彼の様子が最初の頃とはうって変わっていることに気づくとトーガの背中に向かって訝しい表情を取る。
四人がそれぞれ対峙する状況が続き、いつ動いてもおかしくない中で周囲を包んでいた緊迫感を壊す一言が一人の人物から飛び出た。
「もしかして、ルヴィアなのか……?」
「え……?」
「「?」」
その発言の主であるトーガは思わず少女の名前を口に出し、持っていたナイフを上着に戻しつつ、帽子を外すと同時に隠していた銀髪と共に素顔を晒した。
それを見ていたルヴィアーナも被っていた帽子を、ノーティスは銃を下ろしつつサングラスを外して素顔を晒した。
そして、両者はお互いの正体を知ることとなった。それは、懐かしいものであると同時に嬉しいものでもあった。
「まさか、ルーヴェリックお兄様……?」
「なぜ、あなたが……?」
ルーヴェの素顔を見たルヴィアーナたちは驚きを見せるように大きく目を開き、衝撃的な言葉を発する。
「えっ、どういうこと……っていうか、ルヴィアーナ様? 何がどうなって……?」
一方、エルマは状況を飲み込むどころか、頭の中がさらにぐちゃぐちゃになってしまい、困惑を広げるのであった。
目の前に憧れと言ってもいいルヴィアーナがいることもそうだが、両者がお互い親しみを感じさせる名前で呼んでいたことに気になっていたのだ。
思考が追い付かない彼女をよそにルーヴェとルヴィアーナはお互い目の前にいる人物から目を反らずにじっと見つめていた。
それは長年会えなかった恋人と再会できたことを喜ぶような嬉しさではない。二度と会うことが叶わなかった人物、会うことを望まなかった人物と会ってしまったことに嬉しさを通り越して感情が抜け落ち、彼らの頭はカラッポとなっていた。
「やっぱり生きていたんですね……。よかった……。ホントに、よかった……」
「なぜ、あなた様が……。あなた様は、あの時……」
「? ルーヴェ君、あなたはいったい……」
ルヴィアーナがようやく状況を飲み込み、両手で顔を覆ったまま喜びを表す。目の下に涙が出ている。
そんな中、エルマはルーヴェに説明を促そうとする。そして、彼の口から出たのは彼女にとって衝撃的なものであった。
「……要するに、俺も皇族ってことさ……。もっとも、十年前に「「死んだことになっているが……」
「…………!」
「で、ですが、今こうして……」
「ああ、死んではいなかったってことさ」
「だとしたら、あなたは……」
エルマの問いに、ノーティスがトーガの本当(・・)の(・)名前(・・)を割り込むように答えた。
「このお方は、ガルヴァス帝国皇帝の血を引いた第三皇子、ルーヴェリック・カルディッド・ガルヴァス殿下です」
「まあ、私の実の兄ということになりますが……」
「‼」
ルーヴェがガルヴァス皇族、さらにはルヴィアーナとは兄妹という関係であることをエルマは驚愕し、彼に視線を向ける。
そして、彼が十年前に死んだということも衝撃的だったのだが、生きていた彼が死を隠して偽名のまま学園で過ごしていたことを理解することができた。
「すいません。できれば、このことを内密にしたいのですが……」
「わ、わかりました……」
ルヴィアーナのお願いにエルマは慌てて了承する。目の前で起きていることに対処するのに精一杯であることが見て取れる。
「ハァ……」
その様子を見ていたルーヴェも今さら正体を隠しても仕方ないと諦めるように両腕を組み、ため息をつく。今頃は、ある人物に会おうとしていたのだが、同じように正体をばらされていたに違いないなと彼は頭の中で理解していた。おそらくは、義理の兄たちと会うことも避けられないだろうと。
「随分と大きくなったな。あんなに小さかったお前が……。」
「お兄様も同じではないでしょうか」
「それにノーティスも相変わらずだな」
「いえ。私は姫様をお守り続けていただけにすぎません。ただ、皇子もよくご無事で……」
「無事ではないがな……」
トーガは妹であるルヴィア―ナ、従兄妹であるノーティスと楽しく話す。ずっと会えなかったことを埋めるように言葉を交わす。
「しかし、こんなところで会うとは意外というか……。けど、なんでお前らが俺たちの後を……?」
「それは……ちょっと」
「?」
「……お兄様は、こういうのにご存知ですか?」
今度はルーヴェがルヴィアーナたちに質問を投げかける。ノーティスは目を逸らすが、ルヴィアーナはトーガに対してあるものを聞いてきた。すると彼女は手のひらで両目を覆い隠し、手を下ろすと元々水色だった目が急に輝き出した。
「! それはまさか……。だからか……見つけられたというわけか」
「ご存知なのですね。これは何なのですか? 私の体に一体何が起きたのですか?」
ルヴィア―ナが知りたがっていたこと、それは自身の体の変化であった。その変化は実は数年前からあったそうだが、それを伝えようにも兄妹はおろか、父にも切り出せなかった。
しかし、トーガがこの変化を見て、彼が何か思い当たることを知るとそのまま走るように彼に近づいた。
「教えてください、お兄様!」
「だから近いって! 相変わらずだな、そういうところは」
「…………」
エルマは目の前にある光景に不思議そうな感覚を覚えていた。映像越しでしか知ることのなかった人物が生で見られて、しかも口を尖らせたり、頬を膨らませたりと見たことのない表情を先程まで一緒にいた少年、いや血のつながった兄に見せて近づいている。
自分が思っているイメージとは全然違うルヴィア―ナの姿に彼女は言葉が出なかった。
「落ち着けって。何なら、俺たちについてくるか?」
「え? お兄様と?」
「お前の変化については俺も知っているが、先客がいてな。彼女を連れて行こうとしていたところなんだ」
「先客? もしかして、後ろの方がですか?」
「ああ。おそらくはお前と同じ変化が起きてもおかしくないはずだ。それで彼女も注意喚起を受けたんだ」
「?」
ルヴィア―ナが兄であるルーヴェの後ろにいるエルマに目を向けるが、どういうことなのかと首をかしげる。
エルマもその疑問を浮かべるが、すぐに一つの結論に辿り着く。
「! もしかして、ルヴィア―ナ様も……?」
「可能性は高い。でなければ、俺たちが見つけられたことも説明がつかないからな……」
「⁉ ではすぐに……」
「まずは準備が必要だ。……ステルス解除」
トーガは何もない広い空間に向かって言葉を発する。その際、両目が水色に光り出すと何もなかった空間に黒いシュナイダーであるアルティメスがその場で頭から姿を現した。
「なっ……! 何ですかあれは⁉」
「すぐに出発するぞ。急いでくれ」
「いや、だから……!」
エルマたちが何やら目の前にある巨人について問い質そうとするが、ルーヴェは一切耳に入れずアルティメスに近寄っていく。それに惹かれるように三人も彼の元に集まっていった。
「ちょっと邪魔です!」
「無茶言わないでください!」
「本来なら、こういう乗り方じゃないんだがなぁ……」
「いいじゃないですか。お兄様がシュナイダーを操れるなんて凄いことです」
「…………」
ルヴィア―ナの喜びの言葉に素直に喜ぼうとしないトーガ。
なぜなら、アルティメスのコクピットはシートの後ろにエルマとノーティス、シートには操縦できるルーヴェとルヴィアーナがその上に乗る大所帯となっていたのだ。
そして、四人を乗せたアルティメスはというと、ガルヴァス帝国の首都であるレディアントを抜け、大空を飛んでいた。その眼下にはボロボロのまま風化していた都市が広がっている。
エルマは念願の外の世界を見ることができたものの、予想以上に酷い有様を見て、表情を歪ませる。
「けど、まさか外の世界がこんな風になっていたなんて……」
「私も画像でしか知りませんでしたが、まだ復興も手がつかない様子なんです。あの化け物のせいで……」
「化け物?」
「ガルヴァス帝国、いやすべての国にとって潰さなければならない人類の敵だ。軍はそれに手間取って、タイタンウォールを解放できないのさ。そして、デッドレイウイルスをバラ蒔いて人々を苦しめている。もっとも、君たちには知られることのない情報の一つでもあるんだ」
「…………」
自分や首都にいる市民を含めて国が外の世界を秘密にしていることを知って、エルマは口を噤んだ。
「……お義兄様たちがこんなことをしていたとは、私(わたくし)もあまり知りませんでした。ですが、外の世界で何かが起きていることは既に知っていました」
「皇帝がシュナイダーの開発を推し進めていることにどうも不信感がありましたので、少し調べてみたら、まさか化け物退治に尽力していたとは……」
ルヴィアーナたちもどうやら国が行っていることに疑いを向けていたのだ。しかし、皇族であったことが幸いだったのか、情報を探ることは難しくなかった。
「その化け物というのは……?」
「知らなかったのか? いや、あのデータに収められているわけがないか」
「どういうことですか? お兄様」
「今から行くのは、この腐った現状の真実と、俺たちの体の変化、そしてこの世界を救うことができる手段を知る人物に会うためだ。覚悟はいいな?」
ルーヴェが伝えたかった言葉、それは覚悟。
この先に待っているのはこの世界の裏に潜む最悪の真実だ。
「覚悟って……。何をいまさら。これに乗っている時点でもう遅いって」
「そうですよ。せっかく皇子に会えたのですから、そのまま突っ走るだけです」
「お兄様と絶対に離しませんから。それにいくつもの国を出回ったのでしたら、ぜひ聞きたいですし……」
兄であるルーヴェの服をぎゅっと握りしめ、言葉通り話そうとしないルヴィア―ナ。その言葉を聞いてトーガは納得した。
彼女たちは自分の身に起きていること、外の世界で起きていることをただ見て見ぬフルなどできはしない。それは自分から逃げないという意思表示でもあった。
「よし、このまま向かうぞ」
アルティメスは目的地である場所まで飛翔を続ける。
「エルマさん……貴女、何か変な出来事はありませんでしたか?」
「え?」
「例えば、急に力が強くなったり、頭が良くなったりなど……」
「…………!」
ルヴィアーナからいきなり妙な質問をされたことに気が抜けたのか、エルマはピリピリとした空気をブチ壊すようなマヌケな声を漏らした。だが、その反応がルヴィア―ナに悟られることになる。
「……どうやら、心当たりがあるようですね。話してくれませんか?」
「そ、それは、その……」
ルヴィアーナが後に続いた質問にエルマは反射するように思い当たってしまった。聞かれたくない相手などいないのだが、彼女は言葉を濁してしまう。それを見かけたルーヴェはエルマをかばう形で助け舟を出す。
「別に伝えることではないだろ、ルヴィア。実際、俺たちは病院に行って精密検査を受けろと言われたんだからな」
「え⁉ 意味がわからないのですが……やはり教えてくれませんか? これは私にとっても由々しきことですので」
「え~⁉」
ルーヴェが言葉を遮ったにもかかわらず、ルヴィアーナはエルマに起きた異変について引き下がろうとせず、言葉を続ける。それは自分に起きた異変と何らかの関係があることを疑わらずにはいられなかったからだ。
しかし、ルヴィア―ナの尋問に近い質問はルーヴェに一蹴されることになる。
「……いや、それはこの先にとっておいてくれ。先に彼女に伝えておかなければならないのは、ヴィハックの方なんだからな」
「ヴィハック?」
「この世界に巣食う化け物さ」
ルーヴェはエルマにこの世界を脅かすヴィハックという存在を先に伝える。帝国を含めた各国が裏でそれと戦っていたことを。
ほんの少ししかルヴィアーナたちもそれを聞いて、エルマを含めた三人は一般人が知るべきではない問題であることに言葉を失うのであった。
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