暴れ馬


「確か、この辺りのはずだが……」

 トーガより遅れて戦場に到着したヴェルジュは、自身が率いるガルヴァス軍と共に周囲を見渡していた。

 しかし、どこを見ても頭部や胴体を分断され、体内から血にも似た液体が流れているヴィハックの死体がそこら中に転がっている。その死体はピクリとも動いておらず、確実に息の根を止められているのが分かり、地面に流れる液体の量からおそらく、戦闘から数時間が経っているのが分かる。

どれもあのアルティメスが倒したということは分かるのだが、たった一機で圧倒していたとなるとやはりアドヴェンダーたちは戦慄せずにはいられなかった。

その差を肌で感じていたヴェルジュは、自覚していないにも関わらず嫉妬にも近い感情が浮き出ている。

クレイオスのモニターにヴェリオットがそれを遮るように映り出る。

「まだ近くに反応があります! 殿下、ご指示を!」

「分かっている! ヴェリオット、グランディ、シュナイダー一個中隊は私と共に続け! 残りはその場で周囲を見張れ!」

「「「「「イエス ハイネス!」」」」」

 ヴェリオットの言葉にヴェルジュは仕切り直して、軍に指示を与える。そして、自身の配下と数機のディルオスを引き連れて、戦闘が続いている地点に走り出した。

 クレイオスの四本の足による馬のフォルムにも似たその疾走に、後ろにいるアドヴェンダーたちもついていくのが精一杯である。まるで動物との追いかけっこだ。

 主が乗るクレイオスを追いかけるヴェリオットたちはディルオスを疾走させる中で地面のあちこちにヴィハックの死体が転がっているのを視界に捉える。そこで倒したということはこの先にいるかもしれないこと、ここまで戦闘区域が広がっていることが窺える。

「……見えた!」

 先にモニターに映る何かを視界に捉えたのはやはりヴェルジュであった。

 そのヴェルジュが見たのは数体のヴィハックと戦っているアルティメスだ。その背中に生える黒い翼は誰が見ても間違えようがない。

ヴェルジュはアルティメスを視界に捉えるとそのままクレイオスを激走させ、右手に持つ大型ランスの穂先を向ける。

「はあああ‼」

「‼ ヴェルジュ殿下、お待ちを‼」

 グランディが静止の声を上げるが、ヴェルジュの耳には届かずクレイオスは激走を止めようとしない。

「⁉」

 ヴィハックと対峙するアルティメスの中にいたトーガも、警告音がコクピット内に鳴り響くと危険が迫っていることを知る。

その正面にあるモニターに【Unknown】と書かれた反応が自身の背後に表示されるとトーガは背中へ振り向く。

その視線の先にはランスを構えたクレイオスが砂埃を巻き上げながらこちらに迫っていたのだ。

クレイオスから発せられる圧力に脅威を感じたトーガは「チッ!」と舌打ちしながらアルティメスの背中にあるスラスターと二枚の翼を展開し、その場を離脱する。

 その場で受け止めることもできたのだが、目の前にいる化け物に背を向けることはできないことから思わず回避行動を取ってしまったのだ。

 しかし、この判断が正解であったことはこの後、トーガは思い知ることになる。

対峙していた敵がいきなり空中に移動したことに「?」と疑問を感じたヴィハックはアルティメスを追うように頭を空に向ける。しかし、アルティメスから目を負うべきではなかった。

アルティメスが立っていたその位置に後方からクレイオスが疾走してくるからだ。

ヴェルジュは大型ランスの穂先を回転させつつレバーを前に倒し、さらにスピードを上げる。

クレイオスは一筋の槍のごとく直線上を駆け抜けていき、そのままアルティメスがいた位置を通り過ぎるとヴィハックはようやく正面に敵が迫っていることに気づく。

だが視界には円回転する穂先を捉えていた。それが、ヴィハックが見た最後の光景であった。そして、肉体ごとランスに貫かれ、その後ろにいたもう一体のヴィハックも巻き添えにする。

ヴィハックがいた場所から通り過ぎ、数十メートル離れると前脚部に隠されている制動式のスラスターが展開、噴射する。その際、前左足でブレーキをかけるが、強大なGがコクピットにいるヴェルジュに襲い掛かった。

「グッ、ウウウ……‼」

ヴェルジュはF1を走らせるときの衝撃をその身に受けつつ体ごと急転換を行い、ヴィハックの背面を取る。

「何て無茶苦茶な……。普通だったらあれだけで死ぬぞ……」

その一連の動きを終始空中で見ていたトーガも苦笑いするしかなかった。もしこのまま地上にいたら即、串刺しだったことは明白である。

 アドヴェンダーの安全を無視した走り、そして通常ではありえない速度での急転換は操縦するアドヴェンダーの命を奪いかねないものであり、操縦するだけでも体に悲鳴を上げさせる。安全を全く考えないこの動きはまさしく暴れ馬・・・そのものだ。

壁を生身でぶち破りそうな突進にトーガもさすがに恐れを抱いた。コイツは、ヤバいと。

 ましてやコクピットの中は衝撃を和らげるようなものはなく、仮にアドヴェンドスーツを着ていてもダメージを食らうことは素人でも明らかである。まとも(・・・)な(・)アドヴェンダーなら。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 シュナイダーの操縦適性が高いヴェルジュは機体に振り回されながらも気絶せず、意識を保っていた。しかし、あまりにも荒い操縦だったためか彼女でさえも息を上がらせており、かなりの衝撃をその身に受けているのが分かる。

さらにその疲労度が目に見えるようにヴェルジュは顔を下に向けたまま視線を上げようとしない。いや、できないといった方が正しかった。

 その側面にあるモニター部に二つの画面が表示される。

『大丈夫ですか、殿下⁉ そんな無茶な操作をして……!』

『もし命に関わることがありましたら、陛下に申し訳がありません!』

「フッ、案ずるな……。これくらいでくたばるような私ではない……! しかし、キールが言っていたとおり暴れ馬だな、このクレイオスは……!」

 ヴェルジュに仕える二人が主の心配を窺う言葉をかけるが、ヴェルジュは息を切らしながらも口を横に広げつつククッと笑みを零す。

 クレイオスはランスに刺さったままのヴィハックの死体を振り回すように投げ捨てる。体全体を貫かれたため絶命しているのは間違いないだろう。さらにもう一振りするとランスに付着していたヴィハックの黒い血液が地面に浸み込んだ。

「ギィアアア! ギィアアア!」

「フン……仲間をやられて怒り心頭か。だが、ここはキサマの居場所ではないぞ!」

 咆哮を上げたヴィハックは真っすぐにクレイオスに突っ込んでくる。その体は通常よりも大きく、ドレイク型に分類されるものであることは間違いない。

「殿下‼」

 ヴェリオットが主に危険を知らせるように声を張る。それに応じてクレイオスと同じ形状の大型ランスを構える。

だがヴェルジュはクレイオスの前両足を高らかに上げて、そのドレイクに突撃をかけた。

両者はぶつかり、お互い一歩も引かずに組み合う中でヴェルジュはドレイクの後方に控えるシュナイダー部隊に通信をつなぐ。

「お前たち! 私が引きつけている間に包囲しろ! 今こそ我らの力を見せるのだ!」

『! イ、イエス ハイネス‼』

 先程まで立ち尽くしていた十数機のディルオスがヴェルジュの号令に応じてクレイオスとドレイクの周囲を中心に円を作るように囲んでいく。これでドレイクは逃げ場を封じられることになったわけである。

 それを見ていたドレイクは自身が包囲されたことを悟り、改めて正面にいるクレイオスに向かって走り出す。逃げ場がなくなった今、目の前の敵を倒すしかできないからだ。人を食らう獣にしては知性があるように見える。

「ほう、やるじゃないか。あの(・・)人・の性格なら絶対あり得ないと思っていたが……ま、無理もないか」

 空中からガルヴァス軍の動きを観察していたトーガは、ドレイクを倒そうとする動きに感心していた。

新型機を手に入れたならば、誰しもたった一人で強敵を倒そうと息巻くのだが、軍を使って相手を倒そうとしているのは冷静さを保っている証拠でもある。あるいは、その余裕が足りず、味方に頼るしかないのか……のどちらかだ。

その答えはどちらかというと後者である。それはヴェルジュのコンディションが示していた。

(クソッ、まだ体が痛む! 一人で倒すことができないのは悔しいが、今のところは預けてやる! だから、持ってくれ!)

 やはり彼女の急な操作に自身の体にダメージを負っていたのだ。額に汗を浮かべているのが何よりの証明であり、長時間の戦闘には耐えられないとヴェルジュは気づいていた。

 何よりこのクレイオスにはギャリアエンジンが二つも搭載されているため、エンジンから生み出しているギャリアニウムのパワーに彼女自身が振り回されているのだ。

今後の事を考慮して改良を行うべきだろう。

「ハァア!」

 ヴェルジュは体の悲鳴を気にせずにクレイオスの右手にあるランスを振り回してドレイクの頭部に叩きつける。その衝撃で鈍い音が響くが彼女は手を緩めず、さらに左手にあるシールドの先端を反対側から殴りつける。

 ドレイクはそれを察知して後方にジャンプして躱す。シールドによる返しは空振りとなり、ジャンプによって少しだけクレイオスとの距離を取ったドレイクは重力に任せるように地面に着地した。

「今だ、撃てっ――‼」

「斉射‼」

 ドレイクの後ろに控える数機のディルオスが両手でマシンガンを構えて引き金を引く。銃口から多数の鋼鉄でできた弾丸が発射され、ドレイクの背中に直撃する。

 ドレイクも何が起きたのかと悲鳴を上げつつ、後ろを振り向くと銃口から白煙を上げるマシンガンを構えたディルオスに血の色に似た目で矛先を向ける。

 そのまま足を動かそうとするが、またドレイクの後方・・から小さな衝撃を何回も食らった。

また後ろを振り向くと側面から白煙を上げるランスを構えるクレイオスがいた。

「おいおい、私がいることを忘れるなよ。もっとも、お前が相手にしているのは我々だがな……!」

 ドレイクは自分が舐められていることを知って、今度はクレイオスに向かっていく。クレイオスも味方に援護をドレイクと接近戦を仕掛けた。

 先程クレイオスが行ったのは機銃の斉射だ。

 大型ランスの側面には小さな穴が設けられており、そこから銃弾を撃つことができるのだ。ディルオスにはマシンガンが懸架されているものの、あくまで手持ちとして使用しているからだ。

一方、クレイオスは搭載させる武装を近接用に統一させている。

クレイオスの専用武器である【マシンガンランス】は騎士が使用するランスにマシンガンの技術を融合させることで近接戦と射撃戦を両立させた複合武器だ。

大型ランスの中間部に位置する鍔には銃口が備わっている。

これは中距離用として機銃を加えることでランスの先端が届かない中距離戦にも対応ができるため、持ち替えをせずに武装を変更できるのだ。

さらに穂先を回転させることで突撃での貫通力を上げることも可能だ。二体のリザード型を貫通したことから高い威力を持つということが分かる。当然、マシンガンでは効きづらいドレイクの肉体も貫通することもできるというわけである。

だがそれを実現するためには今のヴェルジュには難しい。その上、Gによるダメージの事を踏まえるとやはり味方の援護が必要というわけである。

 一方で文字通り高みの見物を続けるトーガは彼らが戦う場所のさらに後方を見渡すが、潰れた廃墟しか広がっておらず、何が隠れているのかも見当がつかない。

 しかし、いつまでもここに留まるようではまた、怪物どもが動き出すことも否めない。この戦闘が新たなヴィハックを引き寄せかねないからだ。そのため、今地上で戦うヴェルジュたちのボディーガードという何とも不満が募る役目を務める形となっていた。

「そろそろ終わりにしないと、また奴らが来てしまうな……。ここら辺で俺がトドメを刺すべきか……」

 いつヴィハックの大群が来るか分からない今、すぐに戦闘を終わらすべきだとトーガは臨戦態勢に移行する。ここでドレイクを倒したとしても後から来る軍勢に対処できる可能性も低い。

実際、未だにアルティメスを動かそうとしないのはヴィハックの大群に備えることを見越してのものなのだ。

トーガがアルティメスの右手に持つゼクトロンライフルの銃口をドレイクに向けようとしたその時、地上の状況が動いた。

 ドレイクの左側から四本のミサイルが飛んでくる。

三本のミサイルがそのままドレイクに直撃し、残りの一本が地上に当たって煙幕が視界を遮る中、ヴェルジュはモニターを使って熱量を観測し、ドレイクの姿を捉える。

ミサイルが作り出した煙幕に身をかがめるドレイクは今動いても目標には届かないとその場に留まり続ける。だが、ヴェルジュたちはサーモグラフィーでバッチリとその姿を熱量で捉えていた。

「好機!」

 その隙を見逃さなかったヴェルジュはタメを作るようにクレイオスの上半身ごと前足を天に掲げ、勢いよく地面を蹴って直線上にいるドレイクに向かって走り出す。

自ら煙幕の中に飛び込み、周囲が白に包まれる中で真っすぐに激走し、人とは異なる影を捉えるとランスの先端を突き出す。

「!」

クレイオスが白い煙の中を突っ切ると、煙に囲まれていたはずのドレイクがこちらに向かって動き出しているのをモニターで確認する。ヴェルジュの狙いが読まれたのかと思われるが、彼女はお構いなしにランスを一度後ろに構えたままスピードを上げる。

充満する煙を突っ切った両者は目の前の標的に食らいつこうとそれぞれの武器を前に突き出した。そして、決着は数秒にも満たずに終わりを告げた。

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