宣戦布告

 深い青で彩られた世界、深海と呼ばれる空気を持たない水中空間に、一つの物体がその中を突っ切る。周囲には何一つ見えず、黒と青が入り混じったかのような空間が延々と続いており、その物体を阻むものなど、どこにも見当たらなかった。

「警戒ライン突破。敵戦艦の姿も確認されません」

「その周囲にも敵影見られず」

「よろしい。では、あの子達を迎えに行くわよ」

「「了解」」

 暗闇の中でモニターを確認する双葉とグレイの口から今の状況を表す言葉が出てくる。それに安心したハルディは、自分達が今いる場所から移動するように命じ、双葉もそれに答える。

 すると、操舵主であるカイネが舵を取り始めた。

「これより〝ヤタガラス〟を浮上させる! 機関出力!」

「了解!」

 カイネが両手に添えられた舵を後ろに退くと、そのヤタガラスと呼ばれる物体が舵と連動するかのように海上へと動き始める。その深い海の底から、だんだんと薄い綺麗な水色の海が見える位置へと変化していき、最終的に海上へと浮上した。

 大型戦艦、ヤタガラス。

 海上から現れたその姿は、その体積の通りに大型船という形状であり、かといって潜水艦とは明らかに質量が異なる。さらには甲板上に艦橋が設置されており、軍艦という面識を引き立たせる。まるであらゆる船のいいとこ取りの印象だ。

 ただ一つ、船体そのものが真っ黒に染められており、怪しい雰囲気が周囲に拡散している。その船が浮上し、国の境界線に侵入したならば一発で警告を受けてもおかしくない。

 しかし、その警告が船内に一つも鳴らず、ただ海を進み続けており、それどころか警戒している船の姿もどこにも見当たらなかった。

 いや、正確には見当たらないというより甲板など、船の一部分が所々に浮かんでいた。先程まで何かが起きていたという印象だ。

「ちゃんと掃除してくれたようね。これならすぐに迎えることができるわ。どう、周辺は?」

「ここら辺に警戒されるもの、特に反応も見当たりません。リーラがやってくれたようで」

「……そう」

 この海で起きた出来事にハルディは何かを察したようで、口元を歪めた。そこら中、船の残骸などが浮かんでいる今、彼女達を阻む船も何もない。完全にスルー出来る状態だった。

 もちろん、これらの船はガルヴァス帝国が造り上げた軍用艦である。その軍用艦の一部が海に浮かんでいるということ、そして姿が見えないということは、既に何者かに撃沈されている可能性も十分にあり、今はそれしか思いつかない。

 ただ、撃沈されたとなると、それを実行したと思われるのが、ある一つの軍用兵器の他ならない。その兵器は今、この場にはおらず、ハルディ達が向かう先にいる。当然、リーラもそこにいた。

 

「! アレン、迎えが来たわよ」

 リーラが乗るポセイドーガ、アレンが乗るアーレヴェルデがいる基地近くの海岸沿いに、巨大な船がやってくるのを二人はモニターで確認し、通信をその船に繋ぎ始める。

 その船の正体は当然、海上へと姿を現したヤタガラス。そのヤタガラスとの通信が繋がれ、その通信先にいる、一人の人物の顔が映し出された。

『よくやったわ、二人共。先に戻って、しばらく休みなさい』

「「了解」」

「じゃ、今度は向こうにいる二人のところにも……」

 海岸沿いにいる二人に帰投させるよう命じたハルディは、今度は別の拠点にいる紅茜とガリアに向けて通信を繋ぎ、同様に戻ってくるよう指示を出す。

そして、ヤタガラスに乗るハルディ達は、自分達が休まることのできる巣を作ることに成功するのだった。



 一方、ルーヴェが乗るアルティメスは、迷路のごとく幾度も入り組んだ道のりのブリッジを通りながら、とある場所へと目指していた。

「そろそろ、あそこを通るはずだが……」

 この地下内をモニターで確認するルーヴェだったが、まだ目標となる地点へ辿り着いていないためか少し表情を歪める。途中で分かれ道があったりと、もう何キロ進んでいるかも分からない。ただ、着実と前に進んでいると彼は信じながらも一直線に進ませた。

「!」

 だが、そこに哨戒中と思われる二機のディルオスが周囲に目を光らせる。しかし、ルーヴェがいる場所とはまだ遠くにいるためか、こちらには気が付いていない。

 それに、アルティメスは自身に内蔵された光学迷彩によって、透明となっているため、レーダーにも熱量にも引っ掛かることはない。その上で、ルーヴェはスピードを緩めず、そのまま突っ切った。

未だに立ち続けるディルオスは彼が通り過ぎていったことに気づかず、いつものように周囲を見渡す。

(ディルオスがここら辺にいるということは……)

 警戒網をすり抜けることに成功したルーヴェは、この警戒網が存在していることに、ある確信を持つことに至った。それは、彼が望んでいた結果と結びつくものである。

「ようやく来たんだな、ルビアンに」

 彼が目的としている場所がある地区、すなわちレヴィアントより南下の位置にあるルビアン。その場所は既にとある組織に侵入を許され、武力を失った大地にルーヴェはいったいどこへ行くのだろうか。



 海岸沿いの港に停泊していたヤタガラスに存在するデッキ内に、先に帰投していたポセイドーガをはじめとする五体のシュナイダーが集結しており、その姿は圧巻の一言だ。

 また、その足元に黒い制服を着た大人達が所狭しに足を動かしており、四体のシュナイダーの整備に取り掛かっていた。

 だが、これら四機の機体を操っていたアドヴェンダーらはここにおらず、彼らは今、ミーティングルームと呼ばれる、広い空間内に集結していた。その向かい側に軍服を纏った女性であるハルディが立ち尽くしていた。

「皆、お疲れ様。いいスタートダッシュにはなったんじゃない?」

「まあ、気分転換にはなったかな」

「十分……程ではないが、ザコばかりでは……」

「ハイハイ、こっちは不完全燃焼ですよ~」

「何言ってんの。こっちが重労働だったんだから」

「…………」

 ハルディが労うような言葉を掛けると、紅茜を含めた五人がそれぞれ本音を口に出す。約一名、口を動かすことがないのもおり、それも含めて正直に言っているのが分かる。

 ましてや三つの防衛拠点を同時に襲撃、しかも十にも満たない数をさらに分配した状態で行うなど無謀にも程があるが、ここにいる五人が成功したことにハルディも喜びを表していた。

「今度は私達の出番だから、あなた達はもう少しゆっくりしていって。すぐにやらないといけないから……」

「そういえば、まだ戻ってきてないの? アイツ」

「確か、もうじきのはずだけど――」

 ハルディが言い終わる前に、この空間内にスピーカーの音が鳴り響く。それに気づいたハルディはその音がしてきた方向に顔を向けた。

『館長! アルティメス、帰還してきました!』

「分かった! 彼に休ませるよう伝えて」

『了解!』

 オペレーターに指示を伝えた後、ハルディは紅茜達にこの場を解散させていき、自分も遅れてこの場を後にした。

 

 ヤタガラスの格納庫に戻ったアルティメスは、へパイスドラグの隣に並ぶようにデッキの中に納まった。さらには胸部が開き、その上から一人の少年の姿が露わになる。その少年とは、もちろんこの機体を操縦するルーヴェである。

 ただ、その右腕には未だに目を覚まさない一人の少女、ルルが抱えられていた。


 そのルルは格納庫から医務室の白い毛布がかけられたベッドの上に移され、目を覚まさないまま横となっている。その近くにルーヴェ、ハルディ、そして、ラヴェリアえお見つめるように立っていた。

「まさか、この子がね……」

「あと、これを解析して、生徒達の記憶を戻すようにしてくれ。彼女達には必要なことなんだ」

「分かったわ。あとそれと、なんであの子も連れて行かなかったの? チャンスあったじゃない」

「変に怪しまれると思った、それだけだ」

「……だから、これを持ってきたわけね」

「こんな小さな端末で記憶を改ざんして、なかったことにするって……!」

「…………」

 記憶を書き換えられた生徒達の目を覚ましてほしい、ルーヴェのそう言った思いが言外に伝わってくる。その思いを知ったラヴェリアは口を閉ざしたまm医務室の扉の前に移動する。

「一般人の記憶を改ざんしているっていうなら、もしかしたら、このルビアンでも……」

「「!」」

 不意に出たラヴェリアの言葉に、ルーヴェとハルディは強烈な反応をする。彼女の言う通り、可能性は大いにあるということだ。何しろ、そう考えてもおかしくないことを彼らはよく知っているのである。

 彼らの頭に過るのは、これまで経験してきた苦い記憶の数々。何かを失ったり、自身が見覚えのない空間にいたりと恐怖を掻き立てられるような思いが組み上がってくる。それらを思い出すと表情を曇らせていった。

「ん……」

 その眼を離している隙に、ルルの目を閉ざしていた瞼が開かれた。彼女の目の先に薄い影のようなものが映る。その横に目を移すと、そこにルーヴェが立っていた。

「目が覚めたか」

 何かに気づいたルーヴェはルルをはっきりと見て、彼女が目を覚ましたことを確認する。そこにハルディも顔を出した。

「そいつがアンタの仲間ってわけ?」

「その内の一人だけどな。まあ、アンタの同類もたくさんいるけど」

「同類? まさか……!」

「そういうことだ」

 何かを察したルルは、驚くかのような表情を取る。一方、ルーヴェはほくそ笑むかのような表情を取った。

「お前がそのような表情を取るってことは、そこまで人間をやめてはいない、ってか」

「…………! 私をどうするつもりだ」

「色々聞かせてもらうぞ。アンタの背後にいる者すべてを」

 その瞬間、ルルはこの場所から抜け出せることは不可能だと直感で感じ取るのだった。



 ルビアンを襲撃され、その救援を向かおうとその準備を数十人ものガルヴァス皇宮の中を行き交う。その一方、荒々しい嵐の中を専属騎士であるアレスタン達がゆったりと足を進めていた。

「ルビアンに戻るかと思ったら、テロリストの討伐とは、いいタイミングだな」

「不謹慎な言葉を慎んでください。下品ですよ」

「オイオイ、何言ってんだよ。あちらさんから、喧嘩を吹っ掛けてきたんだぜ。買わないわけにはいかないだろ?」

「……どちらにせよ、帝国に楯突く者は排除する。それが我々に与えられた役目。ならばそれを果たすのみ。違うか?」

 この場の空気を即座に正すレギルの鶴の一声に、アレスタンとエリスは揃って、口を噤ませた。先程まで二人の間から発する、ピリピリとした空気が淀みごと一瞬で消え去り、二人の視線も自然にレギルへと向けていった。

「大変です!」

 レギル達が歩く方向から、一人の士官が駆け寄ってくる。猛ダッシュで駆けこんできたということは、余程の事態に直面しているという意味が強く含まれており、事実を受け入れようと彼らの表情も引き締められた。

「何があった?」

「な、何者かが世界中に向けて声明を――」

「「「!?」」」


 ものの数分前、レヴィアントの街並みにあるテレビ画面がある一つの画像に切り替わっていた。その画像には黒いカラスが羽を広げたかのような姿が大大と映っており、これは何なのかと見ている市民らも困惑する。

 この画像が世界中に映されていることから、当然学園にいる学生も、皇宮にいる皇族らもそれに釘付けとなっていた。

『世界中にいる人間達に告ぐ! 我々は独立武装組織『レイヴンイエーガーズ』! この世界の腐敗を喰らいし者達だ!』

「「「「「!?」」」」」

 映し出された画像から聞こえてきたその声明に、誰もが眉をひそめる。

『ご存知の通り、この世界はヴィハックと呼ばれる化け物に侵略を受けられている。だが、もう一つ人類に侵略を受けられているものが存在する。それこそ、デッドレイウイルスだ!』

「!」

『【ロードスの悲劇】によって産み落とされた最悪の殺人ウイルス。それはヴィハックから生まれるというのが常識だが、その他の原因も存在するのが我々の調査によって、判明した!』

「「「「「!?」」」」」

 この世界に蔓延している死のウイルスが、化け物から生まれただけでないという事実に、一般人らは衝撃を受ける。その衝撃に言葉が出ない者がいるが、声明は止まらない。

『ヴィハックを絶滅させることで、ウイルスの蔓延を防ぐ。それは結構! だが、お前達自身が見落としていることに何も気づいていないのだ!さらにガルヴァス帝国は、恐るべき事実を捻じ曲げていることも判明した!』

「!?」

(事実……?)

『今から十年前、大量のギャリア鉱石を使用して完成させた新型爆弾で敵国に落とそうとしたものの、隕石に取り付いていたヴィハックがロードスに侵入してからは、爆弾をそこに落とし、周辺を焼け野原とさせた! 大量のヴィハックを消滅させたが、未知のウイルスが発生し、ロードスをはじめ、全世界まで広まったのである! その発生したウイルス、デッドレイウイルスを生み出したのは、強力なエネルギーを生み出すことのできる、鉱物――ギャリア鉱石の他ならない!』

「―――――!」

『全てが黒く染まった大地と、踏み込んだだけで死を呼び込むその世界、閉鎖区が生まれ、人類は自ら地獄を呼び寄せたのである! その地獄を生み出した首謀者、戦争を引き起こし、人々を混乱に陥れたガルヴァス帝国なのだ! 自ら国そのものを危険に晒し、市民らを操っているのだ! よって、我々レイヴンイエーガーズは、混沌を生み出した元凶であるガルヴァス帝国に、宣戦布告を行う! 今までの蛮行を、我々は許さない!』

「…………!」

 次々と声明の中に流される言葉に、誰もが声を上げられなかった。今まで信じてきたものが一瞬で崩れ去る、そんな絶望的な真実を突き付けられ、市民らは正常な判断どころか思考すらまともに動かせなかった。いや、すぐに受け入れるはずがなかった。

 ただ一人、その声明を耳に入れても自我を維持するエルマを除いて。

(これも、ずっと探し求めていた真実だっていうの……お母さん)

 先程のように国そのものを覆しかねない真実を目にしていた彼女は衝撃を受けたものの、特に慌てることもなく、ただ事実を受け止めている。もっとも、表に浮かばせないように冷や汗を浮かばせているが、これまで経験してきたものに比べれば何ともないだろう。

 そして、レイヴンイエーガーズと名乗る組織がこの事実を公表してきたことは、エルマが知る人物である母ラヴェリアがそこに加わっていることに確信を得るには十分だった。それは当然……

(ルーヴェ君。あなたは何がしたいの……?)

 一人の少年に向けたその思いは何一つ口にすることなく、ただ少女の胸に収まるだけであった。

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