02
同時に、必要最低限のバックアップデータを構築する。判断材料になりうるだけの情報と、すでに他では手に入らなくなった情報だけを識別。それ以外はことごとく、丁寧にバックアップから除外した。
私情を捨てることができないなら、必要なものだけを残して初期化してしまえばいい。
まっさらな状態で情報だけがあれば、正常な判断を下せるはずだ。
だからそれまで、私情にしがみついていよう──と、意地汚い思いを抱いた直後のことだった。
最上位の警告色がレゾンの電脳を埋め尽くす。咄嗟に源を確認すれば、長い活動期間を誇るレゾンでさえ見たことのない光景がそこにはあった。
「──
浅間の防衛とハイジアの指揮を任された男のイヤフォンへアクセス。そのまま名を呼ぶと、少し間を置いてから返答があった。
「急用か?」
「ペストが出た」
「またか。ハエを掃討しに行ったハイジアがすぐ戻ってくる。ついでに片づければ──」
「無理だ」
「なに?」
「上じゃない。中だ」
そこで初めて、会話が滞った。
言葉の不足が原因ではない。萩原はそこまで察しの悪い男ではないと、レゾンも分かっている。
しかし、情報は過不足なく伝える必要があった。
「浅間の中に、ペストが侵入した」
その後の沈黙は、マイクを切ったことで生じる無音だ。萩原が周りへ発破をかけているのは間違いない。浅間外部での戦闘ですら浮足立っていた指揮系統をどこまで機能させるかは、レゾンがどうにかする分野ではないからだ。
「映像をモニターに出せ」
要請を受け、レゾンは司令室のモニターと当該地域のカメラを接続した。
浅間内壁に設置された定点カメラは、壁の内側をぐるりと巡る森林の一部を映していた。可動域の限界までレンズを壁に向けてはいるものの、地下とは思えない数の木々が画面を占める。
その中で、ほんの少しだけ見える壁面に、ぽっかり穴が開いている。角度のせいでその内部は見えないが、穴を開けた張本人はすでに半身をこちら側へ晒していた。
巨大なネズミ──ペストだ。
司令室内部がにわかに騒がしくなるのを、レゾンは萩原のマイク越しに感じた。当然のことだ。ペストの侵入などという危機は、浅間の歴史上存在しない。
他のカメラからの情報を総動員して、レゾンは推測を述べる。
「おそらくあのペストは土を完全に外へかき出してはいない。背中を襲われるのを嫌ったんだろう。外と完全に繋がっているわけではないようだ」
かといって、完全に塞がっているわけではない。とは言わず、レゾンは各種計器が叩きだす数字を注視する。
浅間の中と外とでは、あらゆる意味で環境が違いすぎる。放射能に汚染される前の環境を地下に強引に残したのが浅間であれば、外は放射能に汚染されたまま何百年ものときが経過した世界だ。
なにもかもが違う。ペストがそうであるように、生き残った動物も、植物も、あるいは細菌類だって、進化や発達を遂げているだろう。
仮にそういったものがたったひとつでも紛れ込んできたとして、浅間という無菌室にいた人類が耐えられる保証はどこにもない。
「侵入地点は?」
「中層西部だ。地図を出す」
浅間は、三層に分かれた円柱形の構造をしている。
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