第25話 からくり箱
人差し指を唇の真ん中に当ててグルっと周囲を見渡す。
たいていの民は――静かにしてほしい。という僕の意図を汲んでくれる。
僕は朝から観衆にまぎれてからくり箱の状況を遠目でながめた。
昨日からの今日まで、お宝が入っていた箱の位置は【右左左右右右左右左右右左左右左左・右右左】だ。
見世物に参加したすべての民がハズれの箱を選んでいる。
昨日、僕に情報提供してくれた民も捜査状況が気になったのかいまも横にいる。
彼は声をださずに僕の服に触れないていどの距離で僕に向かってツンツンと指さした。
そのあと右と左の人差し指を交差させたバツ印を作ってグルっと周囲に合図する。
その意図を理解している民もいれば、不思議そうにしている民もいた。
でも取り立てて騒ぎがおこるなんてことはなかった。
彼も僕の正体を明かさないように尽力してくれている。
あっ、またハズれの箱を選んだ。
これはおかしい。
けれど……この見世物の
それがイカサマじゃないという証明になるからだ。
例え民の中にサクラがまぎれていてもこの落選確率はあり得ない。
昨日から通して参加している二十九人の民、すべてがハズれだ。
サクラがひとりがまぎれれていたとしても純粋な民は二十八人ということになる。
その二十八人の民も二十八回連続でハズれ。
葛籠箱自体は単純に大と小の箱がふたつあるだけなのに……。
いままさに、総計三十人目の民が見世物に参加しようとしていた。
「さあ、お客さんはどっちの箱にしますか~?」
陽気な奇術師は両手をパッと開いて答えを待つ。
「ええと、じゃあ、右で」
その民もしばらく考えた挙句大きな葛籠の箱を選んだ。
「右ですか。本当に右でいいんですか?」
奇術師はどこか民の決意を揺るがすような口調で再度訊ねた。
「や、やっぱり左で」
心が揺らいでしまったか。
「左ですね。左は小さい箱ですよ。お宝も小さいかもしれませんよ?」
「や、やっぱり、右で」
また、選択を変えた。
こんなふうにしてハズれの箱に誘導しているのか?
「おっと、ここで変更ですね。右ですか、右は大きい箱。お宝も大きいかもしれませんね~」
やはり言葉で誘導しているようにも思える。
だとしても、だ。
これだけで三十人をハズれに誘導するなんてできるのだろうか?
「お、おう。男に二言はねー。右だ、右」
ようやく、決めたか。
ただ、もう主導権は奇術師にある。
「わかりました。右ですね。ではさっそく箱を開けてみましょうー! さあ、観客の皆さんも拍手で迎えてくださ~い!」
拍手喝采の中で奇術師は大きいほうの葛籠箱のふたを開いた。
ここでなにか怪しい動きはないか僕は目を凝らす。
「お客さん。さあ中身の確認をどうぞー!?」
「うわ~。ハズれだー!」
「残念~! ハズれでしたねー?」
またハズれ。
奇術師に怪しい動きはなかった。
なにかを仕掛けるようなことはしていない。
いまの民は右の箱を選んだ。
当然、左の箱にお宝が入っている。
奇術師は、もうお決まりの流れになった
「アタリはこっちの箱でしたー。ご参加ありがとうございましたー!」
そういいながら左の葛籠箱を開いて参加者の民にのぞかせる。
「こっちだったのかー。くう~。こんなお宝入ってるのに~」
やはりあの奇術師は……なにもしていない。
見世物が終わると奇術師は一度、両方の箱に大きな布を被せて仕切り直しをする。
僕らからは見えないけれど、毎回毎回、お宝を位置を変更しているのだろう。
当然、現状で見世物を開始すればいま右がハズれだったから、左を選べばお宝が当たることになる。
そうしないように布で葛籠の箱を隠してお宝の位置を入れ替えて見世物を再開するのだ。
ただ、この作業もそう単純ではない。
今回、右がハズれだったのだから次回は左をハズれにするなんてのは簡単すぎる。
だからその裏をかいて……というふうに奇術師は頭を使わなければならない。
もっとも、それは参加する民とて同じこと。
大きな布の裏でもモゾモゾと奇術師が動いている。
お宝の移動かつぎはどっちだ?
また別の民が見世物に挑戦しようと参加料を払った。
本当に参加者が多いな。
二分の一で、あのお宝がもらえるのだから当然か。
「さあ、お客さんはどっちの箱にしますか~?」
「右だな。即決で右。さっきは左がアタリだったから今度は右がアタリってことさ」
「いいんですか? 右で?」
「ああ、いいとも」
「本当ですか?」
――いいっていってんだろ! もう考えるの面倒なんだよ!
奇術師の言葉を遮った。
今回の民は、ずいぶんとせっかちで面倒くさがりなようだ。
それは、別の意味でいえば決断が揺らがないことでもある。
これで奇術師が言葉で誘導しているかどうかがわかる。
「わかりましたー! またまた右ですね。では開けてみましょうー!」
さっそく奇術師がふたに手をかけたと同時に民は箱の中をのぞいた。
「おっと、お客さん急がないでください」
まだふたは開かれていない。
中断を余儀なくされた奇術師は利き手を変えてふたを開いた。
「くそ~」
「残念でした。またまたハズれでした。お客さんご参加ありがとうございまーす!」
やはりハズした。
「裏の裏か」
奇術師はアタリの確認で左の葛籠箱をのぞかせている。
「ちっ」
民は捨て台詞でその場に背を向けた。
いまのところ、今日、お宝が入っていた葛籠の箱は【右右左左】。
言葉でハズれの箱を誘導しているわけではないな。
……別の可能性を探ってみるか。
だた、いまの状況なにか違和感が。
――ほら、誰も当たらない。
情報提供してくれた民がそうささやく。
そう思うのも無理はないな。
僕はまた、見世物をながめつづけたもっと推理する情報が必要だ。
この段階で、今日のアタリは【右右左左右左右】。
いまだ誰もお宝を当てた者はいない。
「残念~! お宝は右でしたー!」
つぎのアタリは右か……【右右左左右左右右】。
そして、僕がいま探っているのは別のことだ『右から左』か。
あの違和感を覚えてから、今日、その行動を確認したパターンはいまので四人目だ。
なるほど、そういうことか。
それは当たらないわけだ。
言葉でハズれの箱に誘導していたわけではないこともわかった。
ここで被害を食い止めないと。
ただ、まだ材料が足りない。
「あの、申し訳ないのですが『仲裁奉行所』にいって鴎を呼んできてもらえないでしょうか?」
「おっ、おお、おお、いいとも。いいとも。お安い御用で」
これは僕がみずからこの見世物に挑戦するしかない。
チュン太さんはあんな結末を迎えてしまった……。
いま目の前にある事件だけは必ず解決する。
これはイカサマ完全な詐欺だ。
そしてそれをさらに強固な証拠で固めるには、鴎の
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