第22話 疑問点

 僕はいったん小屋に引き返した。

 いま白骨遺体の回収や現場の一時封鎖等の手続きに追われている。

 鴎は現場に留まったままで竹藪付近の規制をしていた。

 こんなときだっていうのに竹藪の前の通りをすこし進んだ先では例の奇術師が見世物を披露をしていた。


 もっとも、それは奇術師が悪いわけではない。

 彼がそれをおこなっている近くで事件が発覚しただけだ。

 民が娯楽を楽しんでいる場所と無数の命の散った場所。

 あの竹藪が境界線か……なんともいえない気持ちになる。


 民たちは一様になにがあったのだろうと、僕らを一瞥いちべつしては目的の場所へと向かっていった。

 そう彼らには関係のないことだ。

 道ゆくひとりひとりがこの事件に関心を持たなくてはならないという義務もない。


 ……もしかして、チュン太さんはあの竹藪の凄惨な状況を知らせたかったのかもしれない。

 僕は漠然と思った。

 昨日、僕を訪ねてきたとき直接いってくれれば良かったのに。

 ただし、チュン太さんはあの怪我で話ができる状態ではなかった。

 ……でも、会話から筆談に変更しても事件のことを伝えるとはできたはずだ……。


 事件のことを知っていても言葉はおろか文字でもいえなかったのはどうしてだろうか?

 ……身近な誰かが危険な目に合う、誰かを人質とられている。

 なにかの秘密が漏洩するいえない理由の憶測ならいくらでもできてしまう。

 探し物のキーワード”はさみ”……そこになにかがあるのかもしれない。

 チュン太さんは、言葉もままならないほど舌に大きな傷を負っていた。

 あれは誰かに加えられた傷? そしてその凶器がはさみ?ということも考えられる。


 ……別の考えもできるか。

 チュン太さんは小屋ここを訪ねることで間接的に事件を知らせた。

 無言を貫くことで僕らに事件を委ねる。

 それはつまり防人の捜査能力に懸けてくれたということ。

 まあ、これはチュン太さんがこの事件を知らせたかったかもしれないという前提の考えかただ。


 チュン太さんは本当にはさみを失くしただけで、あの雀さんたちのご遺体があることを知らなかった。

 う~ん、どれも憶測の域をでない。

 チュン太さんと、一刻も早く連絡をとりたいけれどいまはバタバタしていて家を訪ねることはできない。

 一度、伝書鳩でふみを送っておこう。

 僕はその手続きもいま開始した。



 約三時間ほどを要して、現場検証やもろもろの手続きを終えた。

 いまは一息ついているところだ。

 それによって判明したこともある。

 あの竹藪に埋まっていた雀さんたちの白骨の数はおよそ十二体。

 およそというのはバラバラになっていて回収できなかった骨もあるからだ。

 鴎にもすこし疲労の色がみえた。


 「あの見世物の奇術師。ついに見物料けんぶつりょうと参加料をとるようになったそうですよ」


 「あんな近くで事件があったのにですか……?」


 鴎が持ってきた情報は【雀さん白骨遺棄事件】とは関係のないことだった。

 でも鴎は鴎で外を駆けまわって情報を集めている。

 その過程で得た情報は大事にしないといけない。

 それにしても世の中は残酷だ。

 こんなときでも、あの見世物は大流行りしていて、いまや料金をとるまでの人気になっているなんて。

 しょせんは他人事、いや、他人事であるからこそ民たちはふつうに暮らしていけるんだ。

 当事者と関係者以外にとっては他所どこかの事件、か。


 ふ~、やりきれないな。

 でも、この事件をここでもう一度整理してみよう。

 舌に包帯を巻いたチュン太さんがやってきて筆談で失せもの”はさみ”を探してほいと依頼してきた。

 翌日、僕らが捜索にいくと雀さんたちの白骨遺体が十二体発見された。

 四時間前、チュン太さんに文を送ったけれど、いっこうに返事がない。

 これが、これまでの流れだ。

 そこまで複雑なことにはなっていない。


 チュン太さんから話が訊ければこの事件はずいぶんと前進するはず。

 ……う~ん、文を受け取ることのできない状況も考えられるか?

 あの事件を漏洩させたということなら、身の危機を感じていてどこかに避難しているとうこともありえるな。


 そうだ!?

 あれだけの舌の傷ならきっと手当てした医者がいるはずだ。

 鴎は僕以上に町医者と親しい、そっちの方向からも捜査を進めてみよう。

 僕は、どうも蘭学らんがくというものが苦手だ。

 いや、じつは薬の苦みが苦手なのだ。

 これを前に鴎にいったところ、――子どもですか? と笑われてしまった。


 「鴎。舌の怪我のほうからチュン太さんのことを調べてくれますか?」


 「はい。わかりました」


 「お願いします」


 そのあともチュン太さんが『仲裁奉行所』にやってくることはなかった。

 だからといって僕らが捜査を停滞させてはならない。

 チュン太さん……あなたはいまどこでなにを?


――――――――――――

――――――

―――


 「鴎ちゃんがきたってことは青鬼さんまた出張かい? 今回の出張はすぐだね?」


 「いいえ。今日は仕事でうかがいました」


 「えっ、そうなんだ。それで?」


 「ここ最近。だいたい一週間くらい。先生のところに半獣、あるいは物の怪の雀が治療にきませんでしたか?」


 「半獣や物の怪の雀か~? えーと」


 町医者は手をあごに当てて橋から川をのぞくような姿勢をとった。

 頭の中で今日、昨日、一昨日と患者の顔を辿る。

 ただ、一日で何十人と訪れる患者すべてのことを事細かく思いだすことは難しかった。


 「きてない、か、な?」


 町医者はここ最近の患者で鳥の種族に絞って患者を導きだした。

 それでも百パーセントと自信があったわけではない。


 「舌を怪我した雀とか」


 この怪我の情報は決定的な否定材料になった。


 「う~ん。やっぱりきてないね。舌を怪我した雀ならすぐにわかるし」


 「そうですか」

 

 「ごめんね。力になれなくて」


 「いえ」


 「鴎ちゃん、ごめんね。つぎの患者さんを診なくちゃ」


 「はい。すみません。お時間をいただき申し訳ありませんでした」


 「いいよ。いいよ。気にしないで」

 

 鴎は診察室をあとにすると廊下で、すこし前屈みの姿勢で両手を腰に回した上品な老人が前から歩いてきた。


 (あの日も患者としてきていたご老人。そうとう具合が悪いのかもしれない?)


 鴎は軽く会釈をして通りすぎた。

 おじいさんは、茶人帽子を脱ぎ頭を下げた。


――――――――――――

――――――

―――


 「こんにちは」


 町医者は挨拶から診察をはじめる。

 老人は茶人帽子を脱ぐと体の前で握りしめた。


 「今日も話を聞いてほしくてのぅ」


 「はい。かまいませんよ。ところでお仕事は大丈夫ですか?」


 「……枯れ木に花を咲かせるにもわしの心が枯れ木になってしまってはきれいな花は咲かんのじゃよ……」


 「そうでしたね。では、どうぞかけてください。この前は臼さんの頼もしい仲間、蜂さん、栗さんの話で終わったんですよね?」


 「そうじゃ、そうじゃ」


 「では、また思いの丈を吐きだしてください。話すことで心が軽くなっていきますから」


 「おお、そうかい、そうかい。では、先生聞いとくれよ。仲間には雀もいてのぅ。その雀もかわいくてかわいくてかわいくて。宝の入っ葛籠箱をあげたこともあったのぅ」


 「ずいぶん、賑やかな生活だったんですね?」


 「そうじゃなぁ。あの雀は金色のはさみも気にいってくれてのぅ」


 「なんと。金色のはさみをあげたんですか?」


 「ああ、そうじゃよ。うちの庭からはときどきお宝がでるもんで」

 

 「それは、けっこうなお話で」


――――――――――――

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―――

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