第11話 亀も浦島太郎も失踪はしていない、そして犯人は自首をする。

 「青鬼さん新情報です」


 僕がふたたび小屋に戻ると鴎は忠之助くんの情報とさらに新しい情報を手に入れて戻ってきた。


 「どんな?」 


 「あれっ、なんですか? この、じゃがいもの絵は? 窃盗事件かなにかですか?」


 切株机の上に置いておいた人相書きを見た鴎の一言だ。

 たしかに僕ら防人は窃盗事件の捜査もする、でも今回は違う。

 まさか、鴎にまで僕の人相書きが伝わらないなんて。


 「えっ? いや、これは僕が描いた人相書きです」


 「じゃがいもじゃないんですか?」


 「いいえ。違います。喜作くんが見たという怪しい男の絵です」


 「ド下手ですね?」


 うっ!?

 か、鴎はすこしの躊躇ためらいいも遠慮えんりょもなく、そういい放った。

 ぼ、僕の画力はやはり……そういうことなのだろう。

 喜作くんのお母さんにも怒られてしまった。

 僕は絵が下手だったのか。

 たしかに上手ではないと思っていたのだけれど下手ではないと思っていたのに。


 「それで新情報です」


 鴎は話を進める。

 僕も冷静をよそおわなければ。

 いまさらながら徐々に効いてくるな、――ド下手。

 下手の上に”ド”がついている、これは相当下手ということだろうか?


 「青鬼さん、聞こえてますか?」


 「えっ、ああ、はい、大丈夫ですよ。それでどんな?」


 「あっ、その絵って、じゃがいもよりも剥きたてのとうもろこしのほうが近いかもしれませんね」


 はうっ!? と、とうもろこし!?

 か、鴎、そんな追い打ちをかけなくても。


 「それで、ですね。浦島太郎さんは亀さんを助けたあと失踪していませんでした。同じく亀さんもです」

 

 鴎、そんな重要な情報をいっても僕の心はまだ事件に追い付いていけないよ。

 じゃがいもじゃなくて、剥きたてのとうもろこし……。


 「どういうことですか?」


 そう返すので精一杯だった。


 「ふたりはすぐに失踪したといわれていたのですがそのご数日間はまだ町にいたそうなんです」


 「本当ですか?」


 それでも失踪したことには変わりないのだけれど。


 「その話は誰に?」


 「町の民たちです。その人たちがいうには亀さんも浦島太郎さんも『甘露屋』に出入りしていたとか」


 「『甘露屋』に?」


 ……ん?

 となると忠之助くんは……。

 ようやく心の乱れも落ち着いてきたな。


 「はい。そこで話が繋がるのですが忠之助くんの人柄がいつからか変わったようだという証言もあります」


 「どんなふうにですか?」


 「忠之助くんはもともと人見知りで大人しい子なのですが顔見知りの前でだけは活発な少年だったようです。それが顔見知りの前でも物静かになってしまったということです。不気味と証言する人もいました。気づかないうちに背後に立っているとか……子どもらしくない。人らしくないという意見もあります」


 「なにかきっかけがあったのでしょうか?」


 「きっかけかどうかわかりませんけど浦島太郎さんが『甘露屋』に出入りをはじめたころから変わったという話もありました」


 ……浦島太郎さんと、忠之助くんに接点が……それに亀さんも。

 ただ忠之助くんは亀さんのいじめとは無関係だ。

 妙な点で結ばれはじめたな。


 「そもそも浦島太郎さんは亀さんを助ける以前から『甘露屋』に出入りしていたらしいです」


 「理由は?」


 「なんでも『甘露屋』の若旦那は何種類かの出稼ぎ仕事の斡旋を請け負ってるとか」


 手広くやってるということか?

 だからあれだけ流行りの果物屋になったのかもしれない。


 「浦島太郎さんと『甘露屋』の若旦那さんはもとから知り合いだったのでしょうか?」


 「いいえ。『甘露屋』は昨今の干し柿人気で働き手を欲していたそうなんです。そこに応募してきたのが浦島太郎さんで……ただ浦島太郎さんとは希望の職種が合わずに別の仕事を紹介したそうです」


 干し柿は数ヶ月前でもすでに人気の商品だった。 

 浦島太郎さんがこの町にきたのも数ヶ月前……だとしたら『甘露屋』の若旦那さんと浦島太郎さんはそこで顔見知りになった。


 「浦島太郎さんの希望職種は?」


 「不明です。ただ”合わない”という意見だけです」


 「では、『甘露屋』の若旦那さんがやむを得ずに斡旋した仕事とは?」


 「浜仕事です」


 浦島太郎さんは出稼ぎ業の斡旋をしている『甘露屋』で浜仕事を紹介された。

 それが仕事だったのかはわからないけれど浜で亀さんを助けた。

 そのご数日間は『甘露屋』にいた……という流れか。


 「そうですか。浦島太郎さんは職種が合わないのを承知の上で応募したということですか?」


 「そこもまだわかりません。ただそうもいっていられない事情があったのでは。年老いた母と父を残しての出稼ぎですので」


 浦島太郎さんは最初どんな職種を希望したのだろうか?


 「ご両親はご健在でしたか?」


 「はい。噂では母ひとりという話もありましたが、父親と母親ともに健在だそうです。両親ふたりぶんの食い扶持も稼がなければならないとなると求職を急ぐ理由にもなりますよね? 極論をいえばなにかの仕事にありつけさえすればよかった」


 ……う~ん。

 となると……。

 一度、すべてを整理してみよう。

 浜仕事を得た浦島太郎さんは亀さんをいじめていた源太くんと喜作くんと茂吉くんから亀さんを助ける。

 いじめの現場は複数の民が目撃している。

 僕がその現場におくれていき源太くんと喜作くんと茂吉くんを注意した。

 このとき亀さんも浦島太郎さんも失踪していた、と思われたけれどその数日のあいだはまだ町にいて『甘露屋』に出入りしていた。


 同時期、裏山の竹藪はまだ鬱蒼とした竹藪で同じころ竹取の翁さんがかぐや姫さんを発見して育てはじめる。

 それから数ヶ月かけて竹藪の竹はだいぶ伐採されてしまった。

 凶器が隠されたままの竹藪前で刺殺された猪さんを発見したのが亀さんをいじめていた三人で源太くんと喜作くんと茂吉くん。


 その場にあとからやってきたのが『甘露屋』のひとり息子、忠之助くん。

 そこに浮上したひとりの怪しい男、だが、その男は喜作くんのうそで実在しない。

 時系列的にはこれでいいだろう。

 それでもすべてが繋がったわけじゃない。


 亀さんと浦島太郎さんが『甘露屋』出入りしていたのなら、当然忠之助くんとも面識があったはず。

 人が変わったという忠之助くんになにが……あるいは跡取りとしての教育で患ってしまったのか?

 これからすこし注意深く見守る必要があるな。


 若旦那さんの斡旋業……浦島太郎さんに浜仕事を斡旋できるならば、真反対な山仕事も斡旋できるのではないだろうか?

 いま鴎は斡旋している職種はいくつか・・・・あるといった。

 『甘露屋』の若旦那さんは地位も名誉もある人物。

 多くの人が『甘露屋』の恩恵にあずかっている。


 ……竹の間引は竹取の翁さんのほかにもまだ複数人の作業員がいた。

 その人物たちなら竹のからくりを知っていても問題ない。

 いや、かぐや姫さんが生まれた記念だとするならそれは逆におめでたいできごとだ。


 祝いごととすればそれは開示された情報かもしれない……ほかにも竹藪のからくりを知っていそうな候補が現れたな。


 猪さんの刺殺方法はまず子どもでは無理だ。

 それに竹藪のからくりも知らない……となればからくりを知っている大人。

 ……竹を間引いていた中に猪さんを刺殺した犯人がいる可能性が高い。

 その点では竹取の翁さんもまだ容疑者からはずすことはできない。



 この事件が一変したのは翌日だった。

 猪さんを刺したという犯人が僕らのいる『仲裁奉行所』に自首してきたのだ。

 なぜ猪さんを殺したのかを自白するために。

 犯人は汚れた服を着た大柄のもじゃもじゃ髭の男だった。

 喜作くんの証言と一致する部分が多い。

 僕は当然その男に話を訊く。


 「なぜ猪さんを?」


 「いちいち口うるさかったからな」


 「それは竹の切り倒しかたについてですか?」


 「そうだよ」


 この男は竹藪の間引き作業に参加していた出稼ぎの男だった。

 裏山は猪さんの散歩ルートでしだいに顔見知りとなっていったそうだ。

 だがあるとき関係をこじらせてしまい殺害にいたった。

 理由は竹伐採に関する些細ささいな口げんか。

 竹の伐採作業を手伝っていたこの男は、当然、切り倒した竹を裏山から運びだす作業もおこなっている。

 つまりは街中や裏山で竹を抱えてうろうろしていても誰も怪しまないとうことだ。


 男はそれを利用して裏山のあのからくりの竹に刀を持ち運んで隠していた。

 男があの竹のからくりを知ったのは竹取の翁さんと一時的に同じ職場だったからだ。

 もっとも竹取の翁さんはかぐや姫さんが誕生記念であの竹細工を作ったのだから誰かに隠す必要はなかったはずだ。

 これは僕の推測が当たっていたことになる。

 男はそれを利用したのだ。


 そして僕があんなに必死になって探っていた竹藪から足跡が消えた謎もなんてことはない。

 犯人は竹藪の中を通って逃げたわけではないし、仕事の道具の竹に刀を入れて自由に持ち運べた。

 それに竹藪に入らなくても竹細工の竹を抜くこともできる。

 結局のところ竹藪の奥にいかずともすべてそこで解決できたのだ。


 喜作くんがとっさにこの男の人相を口にしたのは、たびたび町ですれ違うことあって喜作くんの記憶の中に特徴的な部分が残っていたからだろうと推測する。

 喜作くんの家は大通りの繁華街にあり、この犯人もよく繁華街に顔をだしていた。

 裏山から喜作くんの家までの道のりと繁華街までの道のりは重複個所がとても多い。


 喜作くんがいっていた――その男は父親と同じような働き者で、朝早くに出かけ、働いたあとに帰ってくる男。

 これにも符合ふごうする。

 この男は仕事がら竹を抱えて歩いてることが多く、喜作くんは無意識に裏山の竹藪とこの犯人を結びつけてしまったのかもしれない。

 結果的に喜作くんの証言はこの犯人と一致したことになる。


 「どうやって猪さんを仰向けの態勢にしたのですか?」


 「俺が刀を持って目の前に現れたら猪のやつえらい驚きようで尻もちついてな。そのままあごを足蹴あしげにしたらまうしろにひっくり返ったんで腹の上のからザックリさ。前々から殺してやろうと思ってたから。んで刀を隠してトンズラ」


 「なぜ自首を?」


 「噂がだいぶ広まっちまったからな。ばれるのも時間の問題だと思って」


 「なるほど」


 「自首したほうが罪が軽くなるんだよな?」


 「制度上はそうです」


 「良かった。これ証拠」


 男はまるで手土産のように持参してきた鞘を僕の目の前に置いた。

 鞘にことんという無機質な音をさせた犯人は心無く冷笑している。

 僕は見逃さなかった袖に潜ませてあるとある・・・物を。


 「あの、その大判は?」


 「これ? 出稼ぎで稼いだ金だよ。けど防人って目ざといね? 俺がちょっと手をあげた隙に袖をのぞくなんて」


 「……これも仕事ですので」

  

 大判だって……そんな短期の出稼ぎで稼げる額じゃない。

 先入観は良くないといつも思ってはいるけれど。

 その汚れた着物との落差……。


 「まあ、いいや。じゃあやっちゃって」

 

 犯人は僕に両手をさしだした。

 いわれなくてもわかってる。

 僕は犯人の手首と縄のあいだにすこしのゆとりを持たせてお縄をかけた。


 「鴎」

 

 「はい。御上に連絡ですね」


 「うん。これが終わったらね」


 僕は小屋の奥から茣蓙ござを運んで切株机の上で広げた。

 保存していた刀の梱包を解き、犯人が持参してきた鞘に猪さんを刺したであろう凶器を挿入していく。

 刀はどこかでつっかえることもなく流れるようにピッタリと鞘に収まった。

 間違いないこの鞘と刀は一体いったい、完全な証拠だ。

 僕は鴎に合図を送る、鴎は足早に小屋をでで、僕はそれを見届けてから犯人の手首にがっちりと縄を結んだ。


 あまりにあっけなく、猪さん刺殺事件は解決した。

 自首してきたこの犯人に罪の意識は感じられない……それでも事件は終わった。 

 あとは御上のおさばきに一任するしかない。

 防人が捕らえた犯罪者は最終的には御上の裁きによって罪名が決まる。

 喜作くんに事件の解決ときみのいっていた人相にピッタリだったと伝えよう。

 きっとまた褒めてもらえるだろうから。

 


 喜作くんに事件解決を伝えると怪しい男の話は僕の想像通りで家の前でよく見かけていた男を犯人像にしたことがわかった。

 いま僕と鴎は喜作くんにその報告をした帰り道。


 「鴎。『甘露屋』によって干し柿でも買っていこうか?」


 「はい。お供いたします。……青鬼さんその様子だとまだ納得いってないですよね?」


 「ええ、だいぶ」


 「では。『甘露屋』にいくのは詮索せんさくがてらですか?」


 「買い物と詮索、半々はんはんでしょうか。ただ事件が解決してしまいましたのでこれ以上事件のことを根掘り葉掘り訊くわけにはいきませんけど」


 「私たちも物の怪と半妖。中途半端はんはんな種族ですしね。干し柿ごちそうしてくださいね?」


 「ええ。いいですよ」

 

 そのご亀さんはいえに帰ったとして浦島太郎さんはいったいどこに消えたのか?

 両親のもとに帰ったその可能もあるだろうけど……。

 さまざまな謎を残してはいるけれど、これで猪さん刺殺事件はいちおうの解決をみた。


1章【浦島太郎失踪事件】……終わり。

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