一夏の嘘

桜季由東

序章

序章 それは怒りの雨か、恵みの雨か

 雨が怒っているー。

 

 太く、冷たい雨粒が容赦なく全身を叩きつける。

 男は両の掌を見つめた。たった今、この手で人を殺めた。

 足元には死体が転がっている。“生命”という息吹は肉体から完全に放出されており、それは言わばただの肉の塊だった。

 遂に殺人を犯してしまったという若干の自責の念が生まれた。


 その行為に、雨が、神が怒っているのだ。

 

 怒っている?


 いや、果たしてそうだろうか。


 雨は容赦なく死体も叩きつけている。

 昨夜から続いている豪雨は激しさを増すばかりで、数メートル先の視界も奪っている。

 この雨は色々なものを流してくれている。


 遺留品も、私の罪さえも。


 そう。こいつは死んで当然の屑なのだ。

 こいつが犯した罪を考えると、司法に任せても何れにせよ死刑なのだ。

 早いか遅いか、誰がやるかだけの違いだ。


 男は顔を上げ、雨雲を見つめた。


 この雨は怒りの雨ではない。


 恵みの雨だ。

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