第24話 まずは下準備
次の日。俺はいつもより少し遅れて旧写真部部室へとやって来た。
「すまん。用事があって少し遅れた」
「いえ。急いでいないので問題ないですよ」
そう言って卯崎はソファに座った俺の前にティーカップを置いた。湯気が立っていない。アイスティーか。
「アールグレイのアイスティーです。ミルクは入れていないので苦く感じるようでしたら教えてください」
早速紅茶を口に含む。……うん、なんかこう、スッと抜けていく感じの爽やかさ、みたいなものがあって美味しい。あとは……うん、まあそんな感じだ。上手い表現が見つからない。
「……普通に上手いな。苦いって感じはあんまりしない」
「それは良かったです」
そう言って卯崎は微笑んだ。
あの、貼り付けたような微笑みで。
「……さて、早速奥沢先輩の依頼の件についてなんだが」
「先輩、あれから何か思いついたんですか?」
「いや、なにも。さっぱりだ。……だから卯崎、やっぱりお前の案でいこう」
「それでいいんですか?」
「ああ。あれが結局一番可能性が高いと思う」
俺が昨日一晩考えた限りでは卯崎を納得させられるような対案は思いつかなかった。
そしてそれ以上に。本当の事を言ってしまえば、あの案なら俺の目的に上手く利用出来ると思ったからだ。
今回、俺には奥沢先輩からの依頼以外にももう一つ、依頼された事があった。
つぼみさんからの、卯崎のことを止めて欲しいと言う依頼。
それを達成するため、俺は一つの作戦を考えていた。そして今日の卯崎とのこの会話は、その作戦の第一段階。
当然卯崎に知らせてなどいないし、俺がしようとしていることがバレないように細心の注意を払わなくてはいけない。
「で、どうだ? 卯崎はそれでいいか?」
「ええ、元々私の考えてきたものなので。先輩が了承してくれるのなら何の問題もありません」
「なら良かった」
「では、具体的な内容を詰めていきましょうか」
「ああ、そうだな」
そう言ってから俺は残りの紅茶を一息で飲み干し、唇を湿らせてから再び口を開いた。
「陸上部の大会は確か七月の最初の日曜日だったよな」
「そうですね。期末テストの一週間前です」
「なら作戦決行はなるべく早いほうが良いよな。……そうだな。少し早すぎる気もするが、三日後、今週の日曜日とかはどうだ」
会話の運び方はなるべく慎重に、さも今思いついたかのような口調を意識して話す。
卯崎は顎に手を当て少しだけ考える素振りを見せてから小さく頷いた。
「……多分それでいいと思います。来週になるともう大会の一週間前になってしまいますし。そこで二人の関係を悪化させてしまうとかえって大会に支障が出てしまうでしょう」
「じゃあ決まりだな。作戦決行は今週の日曜日だ。……当然、俺たちも着いていくんだよな?」
「そうですね。今回は前回の依頼と違って私たちで予行、と言うわけにも行かないでしょうし、そうなれば当日に臨機応変に対応していくしかありません」
ここまでは予定通り、上手くいっている。建前で卯崎を騙しているようで心苦しいが、しかたのない事だと強引に割り切って話を進める。
「では次に、どうやって宮本先輩と三浦先輩の二人を遊園地に行かせるかと言う問題ですが」
「それなら俺に宛がある」
俺は鞄から二枚の紙切れを出して卯崎に見せる。
「遊園地のペアチケット、ですか?」
「ああ、ここから電車で三十分、ちょうどこの間俺たちが行ったターミナル駅の逆方向。そこにある遊園地のペアチケットだ。これをあの二人に渡せば良い」
「……でも先輩、これ有効期限切れてますよね」
「お前に見せるために持ってきただけだからな。大丈夫だ、多分明日には用意できる」
「は、はあ……」
さすがの卯崎も少し困惑しているらしい。そりゃそうだろう。普通、遊園地のペアチケットをポンポンと出せる高校生はいないからな。
だが生憎、俺は普通の高校生の数倍は痛々しい中学時代を送ってきている自信がある。フハハ、正義の味方気取りのやんちゃ坊主の行動力を見くびったな!
まあ、なんてことのない話だ。昔、その遊園地で横行していたスリ事件の主犯格を捕まえたら社長にとても感謝されて、お礼にと毎年ペアチケットを送ってくれるようになったのだ。
その社長というのがとても気の良いおじさんで、断るに断れない雰囲気だったので毎年貰い続けている。まあほとんど全部桃にあげてたんだけど。だってペアチケットですよ? 僕と二人で遊園地に行く人なんていると思いますか? ええはい、勿論いないですよ。
……話を戻すが、そのペアチケット、今年はまだ貰っていないのだ。だから今日の帰りにでも遊園地に顔を出して社長から直接貰おうというわけである。たかっているようで自分が最高にクズ野郎に思えてくるのだが、これもつぼみさんのためだ。土下座ぐらいなら余裕で出来る。
「ま、だからそのチケットを奥沢先輩から二人に渡して貰えば良い」
「でもいきなりペアチケットなんて渡されたら不自然に思いませんか?」
「そしたらなんか適当な理由でもつければ良い。『ふたりはいつも頑張ってるからたまには息抜きしてきて』とかそんな感じの事を言えば納得するはずだ」
「そうでしょうか……」
俺の強引な意見に、卯崎は多少腑に落ちないといった表情をしたものの、最終的には頷いた。
「……確かに、相手の異性の事ばかり考えて部活にも身の入らない人たちがそこまで気にする訳がないですよね」
……うん、さすがにちょっと宮本先輩と三浦先輩がかわいそうになってきた。
そう思っていると、卯崎がなんでもない事のように俺に尋ねてきた。
「ところで先輩、今日はずいぶんと積極的なんですね。昨日、いえ今までとは大分違いますけど」
「……まあな。俺にもやる動機が出来たんだよ」
「そうですか」
卯崎はそれだけ言ってカップを傾けた。バレたかと思って心臓止まるくらい焦ったけどどうやら気づかれてはいないようだった。
ともあれ、これで後は日曜日になるのを待つだけだ。
***
そして、日曜日。
「…………なんですか、あれ」
無表情、無感情。ただ無機質な質問が俺に投げかけられる。
こうなる事は予想していた。
何故なら。
卯崎が見つめる先。そこにいたのは――。
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