第14話 修羅場ると思った?

「よ、よう。奇遇だな桃。お前らもここにお茶しに来たのか?」


 知り合いなのだし無視するのも悪いと思い、取りあえず適当に当たり障りのないことを言ってみる。


「え、あ、うん、そうだけど……ってそうじゃなくて! な、なんで卯崎さんと一緒にいるの、新……?」


 俺の言葉を受けて桃は震える声音でそう言った。軽く見開かれた目に見つめられ、俺は何故か軽い罪悪感に襲われる。


「や、これはだな桃。なんというかその、これには海よりも深―い事情があってだな……」


「確か先輩の幼馴染みの弥生桃先輩、ですよね?」


「卯崎?」


 俺がなんとが弁解しようと探り探りの言葉をひねり出そうとしていると、それを遮るように卯崎が口を挟んだ。


「すみません、弥生先輩。先輩には私の用事に無理を言って付き合って貰っているんです。ですよね、先輩?」


「あ、ああ。そうだな」


 卯崎の話に合わせてうなずく俺。ナイスフォローだ卯崎。全くの嘘を言っている訳でもない、という点がさすが卯崎といったところだ。


「へ、へえ、そうなんだ。二人が知り合いだなんて知らなかったなあ。……な、なんの用事なの?」


 なんだ、今日はやけにぐいぐい突っ込んでくるな、桃。そして何故だろう、急に凄い嫌な予感がしてきたぞ。


 俺の不安をよそに、桃の疑問に答えようと口を開いた卯崎。そこから出てきた言葉は、


「実はですね、デートをしていまして」


 考え得る限り最悪の答えを返した卯崎。おおい! なんでさっきは空気読めてたのに今は読んでくれないんだよ! 


「デ、デデデート!?」


「待て、落ち着け桃。落ち着いて俺の話を聞け。いいか、これはデートじゃない」


「でも今卯崎さんデートって言ってたもん!」


「それはだな……」


「お、修羅場か? 修羅場なのか?」


 食い込み気味に反論してきた桃にさらに言葉を重ねようと口を開くと、今度は桃の後ろにいた三山澪が茶々を飛ばしてくる。ええいうるせえ!


 このままでは埒があかない。そう思った俺は卯崎に視線で助けを求めた。何とかしてくれ卯崎、ていうか元はといえばお前のせいだろ!

 俺の目での訴えに気づいたのか、卯崎は軽くうなずくと、桃に視線を合わせる。


「ところで弥生先輩、一つおたずねしたいことがあるのですが」


「へ? な、なに?」


 卯崎の言葉に不意を突かれたように返す桃。何故か若干警戒しているようにも見える。


「弥生先輩は私たちがデートしていると聞いたとき、動揺しましたよね? それは何故ですか?」


「えっ? べ、別に動揺なんかしてないよ?」


 その答えを聞いた卯崎はふむ、と考えるような表情。


「もしかして弥生先輩は先輩のことが――」


「わあああああ! 違う違う違う! 違うから!」


 卯崎が何かを言おうとした途端、急に叫びだして何かを否定し始める桃。どうした、情緒不安定か?


「おい、桃。どうしたんだ?」


「な、なんもないよ!? とにかく違うの、違うから!」


「いや、何が違うのかが分からないんだが」


 もはや会話が通じなくなってしまった。必死に否定の言葉を重ねる桃の後ろでは三山がおなかと口を押さえて笑いをこらえていた。こいつはもうよく分からない。


「と、とにかくっ! 詳しいことは明日しっかり聞くから! 覚えててよ新!」


「あ、待ってよ桃ー! 古木、なかなか面白かったよ、じゃあね!」


 そして桃は悪役っぽい台詞を残し、三山は最後まで何がしたかったのか分からないまま、去って行った。……ていうか君たち、このカフェでお茶する予定じゃなかったの? 去って行ってよかったの?


「結局なんだったんだ……ていうか卯崎、桃に何を言おうとしたんだ?」


「……いえ、特に何を言おうかは考えていませんでした」


「そうか?」


 なんか今ごまかされたような気がしたんだが。


「そうです。結果的に先輩のフォローになったのですし、良いじゃないですか」


「まあ、そうだな?」


 どこか腑に落ちない部分もあったが、かといってこれ以上話を広げることも出来ず、俺は未だに一口も飲んでいなかった紅茶を口にした。冷めてるけど上手いな。


 紅茶を堪能した俺たちはカフェを後にし、そのまま上の階にあるゲームセンターへとやって来た。

 ショッピングモールにあるゲームセンターだけあって、置いてあるのはどれもファミリー向けのものばかり。ポップな音の中を卯崎の後を着いて歩いて行き、立ち止まったのはクレーンゲームが並ぶエリア。


「さて、先輩。まずはこのクレーンゲームでぬいぐるみを取ってください」


 言いながら卯崎が指さしたのはデフォルメされた熊のぬいぐるみが無造作に置かれた一台のクレーンゲーム機。そう言えばそういう予定だったな。


「ってちょっと待って? もしかしてこれ俺が金払ってやる流れなの?」


「そうですけど?」


 当然ですとばかりに答える卯崎。え、何これ当然なの?

 目で嘘だろと訴える。嘘じゃないですと目で返される。マジですか……。


「……分かったよ。取りあえず両替してくる」


 クレーンゲームなぞ最後にやったのがいつなのか思い出せないくらいにはやっていない。思わぬ出費になってしまいそうだと、俺は心の中でため息を吐いた。奇跡が起こって百円でとれないかな。



……千円かかりました。


***


 一プレイ百円のクレーンゲームを十回やった末、ようやくとれた熊のぬいぐるみをそれほど嬉しくなさそうに受け取った卯崎と共にレースゲームをし、これまた当初の予定通りの出来レースで俺が負けた後、俺たちはゲーセン最後の目的、プリクラを撮りに来ていた。

 にしてもあれだ、今のプリクラって男子のみは禁止なんだな。プリクラが置いてあるエリアにさえ立ち入らせてもらえない。女子のみはいいのに男子のみはダメって、女尊男卑じゃないですかね? まあわざわざ野郎だけでプリクラを撮ろうなんて思わないから別に良いのだが。


「先輩、何ぼーっとしてるんですか。早く入りましょう」


「んおお、悪い」


 卯崎に急かされながらブース内へと入り、百円玉を投入する。


『コースを選択してね!』


「っああ……?」


 突然機械から音声が流れて体が反応してしまった。声まで出してしまった俺の慣れてなさが恥ずかしい。


「一人撮影、大人数撮影……証明写真撮影まであるんですね」


 一方の卯崎はおそらく初プリクラだろうに、動じることもなくそんなことを呟きながら「カップル撮影」の項目をタップした。


『次は背景を選択してね!』


 だから急にしゃべるんじゃねえよ……。


「背景ですか……たくさんありすぎてどれを選べば良いのか分かりません」


「そんなの適当で良いだろ」


「そういうわけには行きません。この背景選びが南川先輩と相田先輩の距離を縮める大事な選択になるかもしれないんですよ?」


「そんな大げさな……」


 そんなものでいちいち人間関係変わってたら気を使いすぎてストレスで禿げそうだ。


 そんなやりとりをしている内に時間制限が来てしまい、結局背景は一番シンプルな「変更なし」になった。


『それじゃあ取るよ!』


 え、もう撮るの? プリクラの展開の早さについて行けない。


『さん、にー、いち』


「いや、ちょっとまっ」


 パシャッ!


 俺の制止の声も虚しく、無慈悲にもシャッターが切られる。


『次は落書きだよ!』


「どうやら前の機械でいろいろと加工が出来るみたいですね。やってみましょう、先輩」


 そんな卯崎の声で目の前の機械を見やる。そこには今撮ったばかりの写真が無加工の状態で表示されていた。さすがはプリクラと言うべきなのか、フラッシュのおかげでもうすでにかなりお肌の色が白い。俺は口が半開き、卯崎は手を後ろに組んでいつもの微笑みと、二人ともおよそプリクラに似つかわしくないポージングであることが全てをダメにしている感じはあるが。


 ともあれ、落書きとやらは機械の横に備え付けてあった電子ペンを使ってやるらしいのだが。


「画面がごちゃごちゃしすぎて分かりづらい……」


 売れてないソシャゲかよって位に画面が見づらい。なんか目の形が変えられるとか、肌の色が変えられるとか、細かすぎだろ。

 そう思いながらもいろいろいじって試してみる。あ、なんか目の大きさ変わった。


 一方隣ではもう一枚の写真の加工をしている卯崎が首をかしげていた。


「これは一体どういった理由でやるものなんでしょうか……仮装のようなもの、なんですかね?」


 卯崎の手元の写真には目がやたらでかく、顔はやたら小さい、緑色の肌色の不思議生物が二体映っていた。プリクラは俺もよく知らんが、少なくともお前のやり方は間違ってると思うぞ……。


 そんなこんなで、悪戦苦闘しながらもどうにか落書きタイムを終えた俺たちは、印刷されたプリクラを眺めていた。あの後卯崎はさすがにおかしいと思ったようで、肌色だけは元の人間らしい色に戻っていた。もっとも、目と顔のバランスは化け物のままだったので、結果的には大して変わっていなかったのだが。

そして俺の方はというと……。


「先輩、真面目にやったんですか?」


「こんな常軌を逸したものを作り上げたお前には言われたくないと答えたい位には真面目にやったさ」


「でも、これほとんど何もしてないじゃないですか」


 男の方は気持ち目をでかくして足を長くし、全体的にキラキラのエフェクトをかけただけでもう一人の方にはまさかのノータッチ。それが俺が手を加えたプリクラだ。

 いや、別に手を抜いたわけじゃない。むしろ最後の方はちょっと楽しくなってきてたまである。

言い訳をさせて貰うならば、卯崎桜という少女があまりにも完璧すぎたのだ。それはもうプリクラの加工が蛇足になってしまうくらいには。プリクラによくあるあざといポーズをしていたわけでもないのに、手を加える必要が一切無かった。


「……まあ、あれだ。何事もやり過ぎは良くないって言うだろ。そういうことだ」


 思ったことを口に出せるはずもなく、代わりにそんな中途半端な言葉でお茶を濁す。


「そうですか? ……まあいいです」


 幸い、これ以上卯崎が追及してくることもなく、俺たちはプリクラを後にした。


 そのままゲームセンターをでると、卯崎は俺に向かって言った。


「では、無事にゲームセンターでの目的も終わりましたし、最後の目的地に行きましょう」


 そう、長かったこのなんちゃってデートも後一カ所を残すのみ。俺たちはその場所、水族館へと向かうのだった。

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