第271話 怪物衝突
授業も大きなトラブル等は一切起きることなく終わり、直人は無事に瑛星学園最初の一日を無事に終了することができた。授業終わりに早速理事長がやってきては「我々の授業のほうがレベルが高いだろう?」と聞いてきた件については、内心明らかなレベル差があったとは思うが「はい」とだけ返した直人。
少なくとも、大学の異能開発分野まで網羅していた山宮のレベルではない。
だがそれを正直に言っては面倒なことになると思った直人の判断だった。
「じゃあね! 葉島君!」
すっかりクラスの影と化した直人にもしっかり笑顔で挨拶してくれた上里みどりと、「今度港に戦艦を撮りにいきませぬか!」と一眼レフ片手にアタックしてきた昭雄に軽くうんうんと頷いて右から左へと受け流した直人。そんな彼にはこの学校でどうしても会っておきたい人がいた。
そして場所は学校外れのとある場所に移る。
すると早速会話が聞こえてきた。
「俺がここにいるのに驚いていないようだな」
「凛様から話は聞いてる。山宮学園を追い出されたんだろ?」
両者向かい合うようにそろって腕を組み、特に直人の相手側は直人のことをだいぶ不愉快そうな表情で睨みつけている。
「なぜよりにもよって瑛星学園を選んだんだ。凛様もお前がここに来ることまでは教えてくださらなかったぞ」
「それは教えてないからだ。そもそも、櫟原凛とは大した接点もない」
対面していたのは、赤城原翔太郎だった。
瑛星学園随一の実力を持つ彼とは、過去に何度も直人は接点を持っている。
そんな彼は直人を心底不愉快そうに見ながら続けた。
「⋯⋯まさかお前、ここに卒業までずっといるつもりか?」
と、ここで少し間を開ける直人。
その返答の間は何かを思案するようなものだった。
「⋯⋯長居はしないつもりだ」
ようやく捻りだした直人の答えに安心するようにホッと息を吐く翔太郎。
「どうせ妙な悪だくみでもしているんだろ? 得体の知れないお前が近くにいると、僕まで余計な面倒ごとに巻き込まれる」
「つまり、自分に関わるなと?」
「当たり前だろ。直接会うのもこれきりだ。明日からは視線も合わせないからな」
翔太郎はあくまで直人とは絶対に関わりたくないスタンスらしい。
それも直人は理解だけは出来た。何故なら直人と彼が関わった時は、大抵翔太郎はロクな目に合っていない。
「力を貸せ赤城原。お前の協力がないと俺はこの学校にずっと居続ける羽目になる」
だが、直人は翔太郎の意向は一切無視することにした。
案の定彼の暴論に眉を顰める、を通り越して一気に憤怒の表情に変わる翔太郎。
「⋯⋯僕を舐めてるのか?」
ガッ!と直人の胸倉を掴む翔太朗。
「絶対に嫌だ。それとも力づくで僕にまた仕事をさせるのか?」
「⋯⋯どうしてもというならな」
「最低だな。すぐにそうやってお前は力に訴える」
「別に、俺は聖人君子を名乗るつもりはない。それに荒事を好んでいるわけじゃない、そうした方が余計な手間をかける必要がないからそうしているだけだ」
二人の間で沈黙が流れる。
とはいえ、直人はここまでの流れで明らかに道理を欠いているのは自分だという自覚はあった。前のように翔太郎を脅迫して動かすことも出来たが、恐らくそれをすれば自分は目的達成以上の”何か”を失う。そんな気もしていた。
「⋯⋯なら、取引しよう」
ここで直人はある提案を翔太郎に持ちかけた。
「お前が今の欲しい物は何だ?」
すると翔太郎は少し言いよどむ。
「僕の⋯⋯欲しい物⋯⋯」
「何でもいい。もしこの件に協力してくれるなら、俺は言うことを一つだけ何でも聞いてやるし、求める物を何でも用意してやる」
更に直人は言う。
「文字通り、『何でも』だ。金が欲しいならいくらでも工面するし、物だってなんでもいい。コネが欲しいなら例え総理大臣だって紹介する」
「バ、バカ言うな⋯⋯そんなの嘘だ!」
「俺の目を見ろ赤城原。俺は、本気だぞ」
ここで翔太朗は、普段は濁った光を放つ直人の目が確かに今だけ本気の光を放っているのを見た。
「嘘はつかない。もし俺が嘘をついたのなら⋯⋯」
と、ここで直人は黒光りする短刀を一本翔太郎に握らせた。
それを握る翔太郎は、その小さな刀から異様なエネルギーが発されていることに気が付く。
「それで俺を好きにすればいい。その刀にはある”仕込み”をしてある。ほんの少し掠っただけで、この俺ですら重傷を負うほどの力だ」
鞘から恐る恐る刀を抜くと、床のコンクリートにチョンと切っ先をつける翔太郎。
するとコンクリートがあっという間に割れ、何メートルもある裂け目が生まれた。
完全に絶句し固まる翔太郎。
この刀は、直人が一切の手加減無しに発した『マトイ』のエネルギーを込めたものだ。直人のマトイを貫けるのは直人だけ、という原則のままに彼のエネルギーを限界まで込めたそれは直人に対する数少ない抑止力だ。
「信用できないならそれをお前にやる。俺に対する『対抗策』としてな。その上で⋯⋯俺の頼みを聞いてくれ」
カチン、と鞘に収めた刀を懐に仕舞う翔太郎。
聞きたいことは山ほどある、という顔だがこの刀を受け取るということは暗に『それ以上は追及するな』という直人の暗喩であることも感じ取ったらしい。
すると翔太郎は言った。
「僕の求めることは、『榊原家への復讐』だ」
「俺に、榊原一族を皆殺しにする手助けをしろと?」
「違う。そんな極端な話じゃない。僕はただ赤城原家の⋯⋯地位名誉を回復したいだけだ。だがそのためには、今居る榊原一族の存在が邪魔になっている」
「榊原への復讐は”目的”ではない、ということか」
そう思う直人だが、仮に翔太郎が”ジェノサイド”を提案していたらどうしたか。
その答えは決まりきっていたがあえてそれ以上は考えなかった。
暫くの間、翔太郎は思案する。
そして少しの間が続いた後に彼は言った。
「⋯⋯決めた」
そして、告げる。
「『榊原一族内に、赤城原家と密接に繋がる間者を用意する』 これが僕の求めるお前に協力するための条件だ」
彼の言わんとしていること。
それは榊原一族の中に、敵対勢力である赤城原家と協力関係にある人間を忍び込ませろという条件だった。
(つまり⋯⋯内部工作か)
心でそう思う直人。
過去に似たようなことをした者は全て榊原家に見つかり排除されている。
しかし翔太郎は、それを確実に遂行できる存在を直人に用意せよと求めていた。
そして直人は、それに応えた。
「いいだろう。その条件を受け入れる」
「⋯⋯本気で言ってるのか? 嘘っぱちを言ってるなら⋯⋯」
「俺の力を見くびるなよ赤城原。スパイの一匹や二匹、例えどんな場所であっても潜り込ませてやる」
直人のその言葉に強く押されるように、翔太郎は一歩後ろに下がる。
「葉島⋯⋯お前は一体何者なんだ」
そして遂に尋ねてしまった。
聞かないようにしていたそれを彼は遂に問う。
その答えが帰ってこないことくらい分かっていたはずなのに。
「⋯⋯では次は、お前にやってもらうことを俺が要求する番だ」
何も聞こえていない。
何も問われていない。
そんなことを思わせるように、直人は翔太郎の言葉を完全に無視した。
「お前にやってもらうことは⋯⋯」
そして告げた。
「指輪を外せ。それだけだ」
「⋯⋯は?」
「”指輪”だよ。分かるだろ?」
「言っている意味が⋯⋯⋯」
と、その時だった。
ビュン!、と目にも止まらぬ速さで直人の手が翔太朗の腕を掴む。
そして右腕をガッと持ち上げると彼の指にはめられていた指輪を指差した。
「強力な力を持っているはずのお前が何故最近までその力を隠し続けられたのか、それはこの『魔力を抑制する指輪』のおかげだろう?」
「痛い痛い痛い!!!」
「これを外せ。今、すぐに」
「分かったから離せ!!」
あり得ないパワーで掴む直人の手から離れると同時に指輪をむしるように取る翔太郎。すると今まで抑えられていたはずの彼の魔力が明瞭に感じられるようになった。
「クソッ⋯⋯今まで隠してきたのに」
「今は実力者で通ってるんだろう?なら隠す必要もないはずだ」
「黙れ葉島。お前だって力を隠しているくせに」
指輪をポッケに突っ込むと直人から距離を取る翔太郎。
時刻はもう夕方。多くの人は学校を下校する時間だ。
「俺がいいというまで指輪は外せ。それ以外はいつも通りでいい」
「簡単に言うな。第一、何のためにこんなこと⋯⋯」
「それは言えない。”スパイ”の話はなしでと言うなら、ここで教えてやってもいいが」
「分かって話を持ち掛けたな葉島。お前はつくづく嫌な奴だ⋯⋯」
理由を知らずに話に乗るしかない、までを見据えて翔太郎に話を持ち掛けたことを今になって気付いた彼は憎々し気にそう言う。
「⋯⋯まあいいさ。指輪を外すくらいでお前がスパイを用意してくれるならな。後になって無かったことにしようとしても無駄だぞ」
そして翔太郎はキッと直人を睨みつける。
「約束は約束だ。僕も⋯⋯お前もな」
話は終わりだとばかりに足音を立てて直人の横を通り過ぎる翔太郎。
「ちゃんと僕の要求も完遂しろよ。でなきゃ、本気でお前を刺しにいく」
そして翔太郎は去っていった。
それを見送る直人。
「⋯⋯⋯⋯」
何も言わずにその背中を追う直人だが、その胸中に浮かぶは意外な感情だった。
(”たったスパイを用意するだけで”、あの条件を飲んでくれるとはな⋯⋯)
直人の内を支配する感情。
それは彼には似つかわしくない程の、哀れみの感情だった。
(俺が目的を完遂するまで⋯⋯アイツは生きていられるだろうか)
彼が指輪を外し、真の力を見せることで直面するであろう”一大事”。
それを分かっていたからこそ、直人はそう思っていた。
では、何故彼は翔太郎にそんなことをさせるに至ったのか。
それは直人にとって歓迎できないある存在たちの目を欺くためであった。
その存在、とは一体何なのか。
それは時間を置くまでもなく明らかとなる。
「指輪がないと指がスース―して落ち着かないな」
そんなことを呟きながらその少年こと赤城原翔太郎は校門を出た。
と、ここで彼の第六感とも言うべき感覚がピンと張り詰めた。
「ううっ⋯⋯何か寒気がする」
背筋が凍るような感覚を覚えると風邪を疑う翔太朗。
しかし体は至って平常だ。ではこの感覚は何なのか。
「⋯⋯気にしすぎか」
そして家へと帰っていった翔太朗。
だがしかし、彼の姿は”ある存在”にハッキリとマークされていた。
それはとても瑛星学園の位置からはマークできないような遥か遠く。辛うじて肉眼で確認できるくらい離れた山の山頂付近でのことである。
「視えたニャ。きっとアイツだニャ」
ヒヒッと笑い声に似た声を漏らすのは一匹の美少女、に似た怪物。
風もなくなびく金髪は邪悪なオーラを纏い。金色の眼が光る。
「あのガッコーに通ってるニンゲンで一番強いのはアイツだニャ」
じゅるりと舌なめずりするそれの足元には数多の骸が転がっている。
たったその存在の近くにいてしまった、という理由だけで彼らは死の瞬間を認知する暇もなく殺されてしまったのだ。
「クロノスのことなんか待ってられないニャ⋯⋯『臥龍』はきっとアイツだニャ!」
S級DBダイナ。この恐るべきモンスターが瑛星学園を確かに視ていた。
宝玉奪還の命を受けた彼女は誰よりも先んじてこの地にやってきていたのである。
だが何よりも語られるべき翔太郎の不幸はそれではない。
それはダイナと、その後に続く後続の刺客ことクロノスが臥龍の真の正体をはっきりと認知していなかったことにある。
ダイナとクロノスが分かっていたのは、瑛星学園に臥龍と”疑わしき”人間がいるという情報であり、その情報もあくまで真偽不確かなものであった。
臥龍の正体はトップオブトップのシークレット。
それ故に彼女らでもそう容易にアクセスできるものではないのである。
しかし皮肉なことに臥龍の正体の最も近くに迫っていた存在が、今は亡きコード・ゼロとザラキエルだった。だが彼らから話を聞くことはもう出来ない。
だからダイナは、決めつけた。
瑛星学園で最も強力なオーラを放つ者。
それを臥龍と決めつけ、そして殺す。
シンプルかつ、ダイナくらい非道でなければ成せぬ決断であった。
「殺すニャ! ダイナを止められるニンゲンなんて誰も居ないニャア!!!」
翔太朗のオーラを見ればはっきりと分かる。
あの学校にいる中で一番強いのは間違いなくあの少年だと。
そしてこの程度の力しか持たぬ人間など、容易に殺せると。
所詮伝説と言われようとサルより派生した下等種族はこの程度。人形の首を捥ぐように、楽々と命を奪える。ダイナはそう確信し動くことを決めた。
が、その時だった。
「⋯⋯ニャ?」
空気が、明らかに変わった。
ダイナのオーラで支配されていた空間が他の”何か”に塗りつぶされたのを感じる。
そしてダイナの真後ろから声が聞こえた。
「アンタが新しいS級ね。名前はダイナでしょ? マイケルから聞いてる」
後ろから、そんな声がした。
その時ダイナの胸中に去来するは一つの感情。
『何故?』という疑問だった。
「あんなに殺気ビンビンにしてたらどんなに遠くにいても分かるよね」
少なくとも、人間は全員殺した。
”人語”を話せる存在はいないはず、なのである。
だが突如現れた存在はダイナのオーラを一瞬で消し飛ばし、そして塗り替えた。
まるで薄い色の上から濃いペンキを流されるかのように、瞬きする間もなく場の支配権をその存在はダイナから奪った。
「だから来ちゃった。それよりさ、今『臥龍を殺す』とか言ってなかった?」
振り返るダイナ。
がその瞬間、何者かの手がダイナの顔面にビタン!と張り付いた。
まるでダイナの顔を握りつぶさんとするかのように。
「先に生まれた『先輩』から、アンタに忠告してあげる」
そして、ダイナは放り投げられた。
それは瞬間的に音速を超える超スピードで。
「アタシが守っている限り、あの人には指一本触れさせない!!」
いかなる重機をも凌ぐ馬鹿げた力。顔面を鷲掴みにしたまま、ダイナは山頂から投げ下ろされたのである。
「ニャアアアアアッッ!!???」
地面に墜落し巨大な陥没穴をつくるダイナ。
しかしこれでは終わらなかった。
「ギニャアアアアア!!!」
音速で飛んできた何者かが、明らかに重力以上の落下速度のままに単騎突撃すると、穴の中央に転がるダイナの腹部に両足蹴りをかましたのである。人間なら臓器をまき散らして即死の殺人コンボだが、ダイナは激痛を受けるだけで済んだ。
だがマッハのスピードで飛ばされたのに、それに追いついてくる所業は最早常識では説明できない。そしてこの時ダイナは気づく。
相手は自分と同じ『同種』だと。
しかしここで相手は呪文を唱えた。
『断界八方陣』
その瞬間、ダイナの周囲を異様なほどの静寂が包み込んだ。
光が全く無い暗黒の世界。だが、ダイナの目は確かに目の前のそれを捉えていた。
「断界八方陣。ここでなら、いくら暴れても外の世界には影響しない。だから⋯⋯もう少し”強め”にアンタをシメられる」
紫の髪をなびかせる小柄な体形。しかしその眼は金色に光り輝いている。
それはダイナの本能か、はたまた本気でやらねば命を失うという危機意識か。
クロノスに一度切られてもなお超速で再生した金色の髪の一本一本が、まるで大蛇のようにうねり、そしてその相手を待ち構える。
不思議とダイナはその名前を知っていた。
「アニイイイイイイイ!!!」
爆速で飛び掛かるダイナ。
しかしそれは余りにも不用意な行動でもあった。
何故なら相手は、世界一の魔導使い。
最強の異能力者なのだから。
ダイナの突撃にも何ら動じないアニイは呟いた。
『八獄・大焦熱』
カウンターと呼ぶには一方的すぎる魔力の蹂躙。
万物を焼き焦がす死の炎が異能の結界中を包み込んだ。暗黒の結界の闇すらも吸い込むような真っ黒の炎が出現し、その矛先を哀れなダイナに向ける。
「くっ、黒桜⋯⋯!!」
せめてものカウンター異能、黒桜を発動しようとするダイナ。
「ムダ」
しかしそれを無慈悲なアニイの一言が否定する。
その時、ダイナは自分が一瞬でもアニイに勝とうとしたことの愚かさを悟った。
「ゴメンね。アンタと私じゃ、同じS級でも格が違うの」
それはダイナをアニイは敵とすら見なしていないという確かな宣言だった。
そしてその言葉を否定できぬくらいに、アニイはダイナにとって強大すぎた。
シメる、というには容赦のなさすぎる炎が近づく間際、初めてダイナはある感情を抱いた。それは、初めて感じるが故により強く感じる感情。
「怖いニャ⋯⋯怖いニャアアアアア!!!!!」
恐怖。それを初めてダイナは感じた。
しかしアニイに慈悲はない。冷徹な一言が彼女から告げられる。
「地獄を見せてあげる」
指を波打つように動かし魔力を集中させる。
その瞬間、炎がさらに激しく燃え上がりダイナを包んだ。
『八獄大焦熱・無間地獄』
暗黒の炎がダイナを包み炎の牢獄を形成する。
ダイナのS級の肉体は再生機能を持つために、”一度焼いた”だけではすぐに再生してしまう。だが、その再生機能は無限ではない。
「同族の情けで殺すまではしないであげる。けど、アンタがどこまで”再生”出来るか、試させてもらうわ」
爆炎がダイナの体を激しく焼く。
悶えるダイナは炎で肉体を焼かれるという初めての苦痛に苦しむが、炎の監獄が彼女を逃がすことはない。アニイの生み出した炎は鉄をも一瞬で蒸発させる最強の火力。それを体中に受けるダイナは己の生命力が凄まじい勢いで削られるのを感じた。
「ニャア⋯⋯アアアアアァァァァ⋯⋯⋯」
焼けては、再生。白い絹のようなダイナの肌が一瞬で炭化し、また再生。
骨まで焼き焦がされる地獄の苦しみは一体いつまで続いたか。
するとピュッ、と指をはらうアニイ。
まさに生命尽き灰と化す間際だったダイナを囲う炎がようやく消えた。
しかしもうダイナに動く気力はない。真っ黒になったダイナは最早生命維持だけでやっとの惨状であった。
彼女らを囲っていた断界八方陣も同時に消える。
身軽に崖上にスタッと降り立つアニイに対し、何もかも燃やし尽くされ生気を失ったダイナはゆっくりと空中で倒れていく。
「バイバイ。二度とあの人に近づかないで」
そう告げるアニイの殺気満ちる金色の眼は、”次はない”と雄弁に語る。
しかしダイナはそれに気づくことなく宙でグラリと身を傾ける。
生きた炭塊と化したダイナはそのまま崖底へと墜落して消えた。
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